第159話 主の間
「はぁ……はぁ……」
「何とか
四方を襖に囲まれた部屋で、俺と紅小谷はその場に座り込んだ。
「どんどん数が増えてる……」
「厄介なのはあの蜘蛛型モンスね」
「ホントだよ、人面蜘蛛なんて悪趣味だ……」
落ち武者のような顔部に、女郎蜘蛛の体を持つモンス。
襖の色が金色に変わったあたりから、急に出現するようになった。
それだけ奥に来たってことなんだろうけど……。
「力はそれほどでもないんだけど……あの糸がなぁ」
「あれだけの数だもの……必ず親蜘蛛がいるはずよ、きっとそいつがこの禁足地の主……」
紅小谷の言葉に俺は喉を鳴らした。
蜘蛛型といえばレイド級の牛鬼を思い出す。
藤堂さんもいない……。
さすがにあのクラスだと、俺達だけじゃ太刀打ちできないぞ……。
その時、廊下で蜘蛛の足音が響いた。
ドドドド……ドドド。
ドドドドドドド……。
俺と紅小谷は襖の端に身を寄せ、息を潜めた。
襖の向こうで、蜘蛛の気配がする――。
ドド……。
紅小谷と目を合わせ、息を整える。
だが疲労の蓄積か、ルシール改を握る手にも上手く力が入らない……。
クソッ! ここでやられるわけにはいかない。
何としてもリーダーを探さないと。
ドドドド……。
足音が遠ざかっていく。
緊張が解け、俺は大きくため息をつくと、その場にへたり込んだ。
「た、助かった……」
「行ったみたいね、ジョンジョン……あんたもう限界近いでしょ?」
「ま、まだ大丈夫だよ! ポーションもあるし……」
「馬鹿ね、あれだけ飲んだらもう効かないわよ」
襖に凭れながら、肩に
「そんな言い方はないだろ⁉ 紅小谷だって、スピードが落ちてるじゃないか!」
「うるさいわね! そもそも私はさんダの管理人であって、プロダイバーじゃないのよ⁉」
「なんだよ!」
「なによ!」
立ち上がり、互いに睨み合う。
その時、俺のバックパックからラキモンがひょこっと顔を出した。
『ぴょ~……ダンちゃん、どうしたラキ~?』
「ラキモン……」
「ふふっ、私としたことが……スタイリッシュじゃなかったわね。ジョンジョン、謝るわ。私、ちょっと焦ってたみたい」
「紅小谷……ご、ごめん! 俺も悪かった、このとおり!」
俺は紅小谷に頭を下げた。
「あーやめてやめて、お互い悪かったってことでいいじゃない。それより……このままダラダラ探索してると、いずれ詰むのは明白ね、どうする?」
「そうだよな……ったく、ここは一体どこまで続いてるんだか……」
『ぴょ~、ダンちゃんダンちゃん、良い匂いがするラキよ~』
バックパックから体を伸ばしたラキモンが、スンスンと匂いを嗅いでいる。
「何かしら……」
「ラキモン、何の匂いがするんだ?」
『うぴょ、わかんないラキ!』
あっけらかんと答えるラキモン。
「「……」」
「仕方ないわね、何の確証もないけど……ラキモンに賭けてみる?」
「……いいのか?」
「どうせ、闇雲に奥へ進むしかないんだから、どっちでも同じよ」
紅小谷がおどけたように、肩を竦めて見せた。
「そうだよな……よし! ラキモン、匂いのする方向を教えてくれ」
『ん~、あっちラキね』
俺は紅小谷と顔を見合わせて頷く。
「さぁ、行くわよジョンジョン!」
「よーし、突撃ぃーーーっ!!」
勢いよく襖を蹴り倒し、廊下に躍り出た。
散らばっていた人面蜘蛛が、一斉に俺達を見る。
「これでも喰らえ!」
ありったけのバブルボムを投げつけながら、廊下を全速力で走る。
後ろを振り返ると、バブルボムに足を取られた人面蜘蛛がもがいていた。
「よし! 今のうちに……」
『ダンちゃん、あっちラキ!』
ラキモンがギュッと俺の右耳を引っ張った。
「いててっ! 紅小谷、右だ!」
「おっけー!」
紅小谷はさらに速度を上げる。
俺も遅れを取るまいと、必死に腕を振って走った。
「うぉおおおおーーーーっ!!!」
『うぴょー♪ 早い早い~! 次はこっちラキよ~!』
ラキモンに言われるままに、俺達はひたすら廊下を駆け抜けた。
ふと気付くと、ぱったりと人面蜘蛛が現れなくなっていた。
「紅小谷、ちょっとストップ!」
「はぁ、はぁ……かなり来たけど……どの辺なのかしら」
「蜘蛛が出なくなった、何かおかしい気がする」
「確かに、静かすぎるわね……」
俺達は周りを見回しながら、廊下を進んでいく。
その時、何かが視界の隅をかすめた。
「ん? いま何か……」
気のせいか? 何かいたような……。
『ダンちゃん、あそこから匂うラキよ~』
「え?」
一番奥の襖を指さすラキモン。
目を凝らすと、美しい桜の絵が描かれた襖が見えた。
「あれは……」
「主の間……かな?」
「どうする?」
「ふん、私を誰だと思ってるの? スタイリッシュ・ダイバー、紅小谷鈴音よ!」
「へへ、俺も負けないよ」
俺と紅小谷は拳を突き合わせ、襖に向かって突進した!
中は畳が敷かれた大広間が広がっていた。
「ここは……」
ふと、何かうめき声のような音が聞こえた。
「ン……もご……もご」
「ん⁉ なぁ、紅小谷、いま何か言った?」
「何よこれからって時に、調子狂うじゃない!」
「いや、いま何か聞こえたような……」
だが、辺りを見回しても、特に変わったところは無かった。
広間は不気味に静まりかえっている。
俺はどうしようもなく胸騒ぎを覚えた。
「もぬけの殻ね……」
「いや、何か変な感じがする……」
『ぴょ……スンスン……良い匂いラキ……』
部屋の四隅に置かれた篝火の灯りに照らされ、俺と紅小谷の影が揺れる。
「ボス戦の前って大抵こ――⁉」
次の瞬間、体が宙に浮いた。
「――うわっ⁉」
「ジョンジョン⁉」
そう叫んだ紅小谷の体も浮く。
「きゃっ⁉」
こ、これは糸……一体、どこから……⁉
必死にもがいていると、薄闇の中から白髪の老人が現れた。
『これはまた……珍しきことは続くものよのぉ……』
「だ、誰だ⁉ ここの主か!」
「モ、モンスなの⁉」
着物姿の老人は音も無く近づいてくる。
俺達の足下近くまで来ると、ゆっくりと顔を上げた。
「ひ、ひぃっ⁉」
「きゃああああーーーーーっ!! きっも! きっも!」
老人には八つの眼球があり、そのどれもが独立した生物のように蠢いている。
口は両側に大きく裂け、鋭い牙が剥き出しになっていた。
『これ、騒ぐでない……順に相手をしてやるでな……』
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