第128話 中目黒のギーザス

 西新宿にあるオフィスビル最上階。

 エレベーターを降りてすぐに見える『To:Mind』と書かれた手描き風の企業ロゴの向こうには、タブレット片手にバランスボールで弾みながらミーティングをする男性社員や、エアロバイクに跨がる女性社員、カフェのようなカウンターでは数人の社員達が談笑していた。


 オフィス内には決まった席や仕切がない。

 それぞれが好きな場所で仕事をするのがこの会社のスタイルのようだ。


 皆、男女関係なく、思い思いの私服姿で、スーツを着ている社員など一人もいなかった。

 ただ、奥に一つだけ個室があり、そこにいる男だけは全身ハイブランドのスーツで固めている。


「そうそう、要はエビデンス代わりってこと。可決さえすりゃいいのよ。わかってんじゃん、うん、おけおけ、じゃあDVDの方はウチで――」


 電話を切った男は、満足そうな表情を浮かべ、ふん、と鼻を鳴らした。

 電子タバコ片手にネクタイを緩め、高級なリクライニングチェアに凭れる。


「くくく……かーーっかっかっか!!」


 男はひとしきり笑った後、おもむろに電話を掛ける。


「あ、もしもし、俺っす、東海林さんやりました、DVDおっけーっす!」

「おぉ、やるじゃん銀丸ぅ~、最近乗ってんねぇ?」

「いやいや、東海林さんが口利いてくれたからチョロかったっすよー」

 機嫌良く銀丸が答えると、急に東海林が冷めた口調になった。

「はは、当たり前だろ。お前のステージじゃぜってー回ってこねぇ案件だってわかってる? ま、いいや、上がりは7:3な、おつかれさん」

「ちょ――」

 返事をする間もなく、電話が切られた。


「な、七:三だとぉ……クソがっ!」

 銀丸は思いっきり携帯をぶん投げた。

 ドアに当たった音で、外の社員達がビクッとなる。


「くそっ! いつか見てろよ……あのクソボンボンがぁ……」


 銀丸は部屋を出て、近くに居た社員に「おい車、回せ!」と不機嫌そうに言った後、オフィスを後にした。

 

「ひぇ~、社長いつにも増して機嫌わりぃな~」

「ま、あれ以外は良い社長だよ、金払いは良いし、口出ししないし」

 と、小太りの男性社員が言った。


「そうだな。あ、それよりギーザスさんのダンジョン配信、準備できてるー?」

 眼鏡の男性社員が、離れたところにいる女性社員に声を掛ける。

「はい、OKでーす」


「いいよな~、ギーザスめっちゃ当たってんじゃん……」

「はは、お前も頑張れよ、ちゃんと企画練ってんのか?」

「うーん、どーっすっかなぁ~、アプリは外しっぱなしだし、誰か顔良いの引っ張ってきてナイトルーティンでもやろっかなー」

 小太りの男は、バランスボールを弾ませながらため息を吐いた。


 ***


 ――歌舞伎町アンダーグラウンド。

 言わずと知れたダンクロ旗艦店である。

 店前には、機材を抱えたTo:Mindお抱えの撮影スタッフが集まっていた。


「ギーザスさんはいりまーす!」


 スタッフが声を張ると、近くに止めてあった車から若い男が降りてきた。

 遠巻きに見ていた若い女の子達からキャーという悲鳴にも似た声援が飛ぶ。


「ぎーざすー!」

「きゃー! こっち見てー!」


 ギーザスは軽く手を上げて微笑む。

 それを見た女の子達は半狂乱で声を上げた。


「「ぎゃーっ!」」


 すぐにダンクロスタッフが女の子達を遠ざけながら、店前の混雑をテキパキとさばいていく。 

 さすが精鋭スタッフが揃う旗艦店、と言わざるを得ない動きだった。


「じゃあ、今日は十七階層から十九階層までを予定しています、あ、もしノッてきたらガンガンいっちゃっていいんで!」

 スタッフがギーザスに説明する。

「わかりました、では、よろしくお願いします」

 ギーザス丸井は丁寧に頭を下げた。


 そう、ギーザス丸井こと、メダルコレクターの丸井くんは、今や人気動画配信者として知る人ぞ知る存在になっていた。

 全ては丸井くんのSNSを見たTo:Mindの社員から送られた、『ダンジョンプレイ動画の配信をやってみませんか?』という一通のDMから始まった。


 最初は気恥ずかしさもあって断っていた丸井くんだが、社員の猛プッシュもあり一度だけやってみたところ……、これがまさかの馬鹿当たり。

 トークショーでもその片鱗は見えていたが、丸井くんはカメラの前で自然にキャラを演じることが出来る才能があった。


 その強烈なキャラクターが支持され、再生数はうなぎ登り、あっという間に人気コンテンツとなってしまった。

 通帳には見たことのない桁数の額が振り込まれ、中目黒に仮住まいのマンションを借りるまでになっている……。


 スタッフ一行は、受付を済ませて十七階層へ向かった。

「あれ~ギーザスさん、それって新しいウォーハンマーっすか?」

「あ、わかります? これ奇聖鉄ワンダーコアのアタックスミスってシリーズで」

「マ、マジっすか⁉ 超ハイブランドじゃないっすか! すげー! あ、今日の掴み、それでいきましょう!」

「何だか照れますね……」

 丸井くんは恥ずかしそうに、ピカピカのアタックスミスを撫でた。


 十七階層に着き、スタッフの準備が終わると、カメラの前にギーザスがスタンバイする。

 スタッフが指を折り、カウントダウンを始めた。


 3、2、1――、丸井くんがギーザス丸井になった。


「はいは~い、みんなのギーザスですよ~。え? ちゃうって? そんな寂しいこといいなさんなって、ほら、ほらほら、これ、何かわかる? ほら、ほらほら、ほらほらのほーら」

 甲高いハイテンションな声で、アタックスミスをチラ見せするギーザス。

「そう、まさか! そのまさかやで! やっぱ、みんなわかっとるわ~w そうそう、アタックスイス、ってなんでやねん! ここで中立表明してどないすんねん!w は? いや、こっちが、は? やわww」

 ギーザスはオーバーアクションで捲し立てるように続けた。

「そ、アタックスミスな! この大きなイチモツ前からから欲しかってん、えw パクんなやって?w 大丈夫大丈夫! こんなショボい動画見てへんってw まあ、そんなわけで、今日もギーザス松井の……松井って誰よ?w ちゃうちゃう、ギーザス丸井のダンジョン潜ったろ! モンスレポ含めて、これでどつき回したるから、みんな最後まで~、よろギ~ザスッ!」

 キメポーズが決まると、スタッフが声を掛けた。


「はい、OKでーす!」


「お疲れ様でぇす!」

 スタッフがギーザスに飲み物を差し出す。

「あ、すみません、ありがとうございます」

 先ほどとは人が変わったように大人しくなる丸井くん。

「いや、マジ半端なかったっすよ、マジ時代感じちゃってます」

「本当ですか? ありがとうございます!」

「マジ謙虚すぎっすよ! やっぱ、マジ数字持ってる人は違うなぁ~」

 頭を下げる丸井くんに、スタッフは感心したように頷いた。


 ――小一時間後。


「……てな感じで、明日もガンガンどつくから見てなーっ! よろギ~ザスッ!」

「はい、OKですお疲れ様でしたーっ!」


 スタッフ全員が丸井くんに向かって拍手をした。


「あ、どうも、ありがとうございます、どうも」

 一人一人に頭を下げる丸井くんに、To:Mindの社員が満面の笑みで駆け寄ってくる。

「いや~、ギーさん、マジ神! 素晴らしい! 今日の数字も記録更新ですよ~、どうです、この調子でもう一本番組増やしませんか?」

「い、いえ、これが精一杯で……」


「またまた~! そんなこと言って、ギーさんV回るとスイッチ入っちゃうんだから~」

「いや、ホントに今はこれで一杯一杯なので……」

 伏し目がちに、手を小さく横に振る丸井くん。


「ははは、まあ、それはおいおい相談しましょう。どうですかこの後? あれだったら女の子呼びますけど?」

「いえ、僕はそういうのは苦手なので……すみません」


「やだなぁ、謝んないでくださいよぉ~、俺とギーさんの仲じゃないっすか! じゃあ、明日また同じ時間にお迎え出しますんで!」

「ありがとうございます、よろしくお願いいたします」

 丸井くんは皆に挨拶をした後、小走りで受付に戻っていった。

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