第127話 ダンジョン協会へ行きました。

『大手……団九郎氏が……一新すると……IRが発表されました』


「――ブホッ⁉」

 テレビから流れるニュースを聞き、啜っていたうどんを噴き出した!


「こらこら、汚いのぉ……何をしとんじゃお前は」

 爺ちゃんが布巾をポンと投げた。


「あ、ごめんごめん……」

 俺はちゃぶ台に飛び散ったうどんを片付ける。


 まさかダンクロが経営陣を一新とは……、それだけ条例の影響が大きいと判断したって事なのか?

 これは大変な事になってきたぞ……。


「何や大事おおごとになっとるのぉ? どや、ダンジョンはもう辞めて、ワシの仕事を手伝わんか? 最近、スマート農業も始めとってな、稼げるぞ?」


 ウシシシと歯を見せて笑う爺ちゃん。


「うっ……」

 た、確かに魅力的な話ではある。

 だが、金じゃない、俺はダンジョンが好きなのだ!


 ありがてぇ、ありがてぇが爺ちゃん、それは最後の砦にさせてくれ!


 家訓に反するスネかじり根性全開の思考を巡らせながらも、

「んー、俺はダンジョンで頑張るよ」と答えた。


 *


 カウンター岩で珈琲を淹れ、マグカップに注ぐ。

 条例のニュースから二日、業界ではかなり話題になっている。


 情報を集めるにも、ネットではソース元の怪しい情報もあり判断が難しい。

 他のダンジョンも、ダンクロ以外は様子見といった感じだ。


「どうしたものか……」


 珈琲に口を付け、ほぅ……と息を吐く。

 正しい情報を知らない事には話にならないよな……。


「あ!」


 そうだ、何てことはない。

 ついついネットだけで調べ物を済ませようとしていた。


 うどん県に住んでいるというのに、何故ネット情報を頼っていたのか……。

 直接聞きに行けば済むことじゃないか!

 

 俺は有権者で納税者だ!

 誰も俺を止めることなどできない!


 よし、今日はまだダイバーは来ていないな。

 そうと決まれば……。


 俺はダンジョンを一旦昼休みにして、ダンジョン協会うどん県出張所に原付を走らせた。


 パルルルル……。


 *


 ダンジョン協会の出張所は、中央通り沿いにある古いビルの一階にある。

 中は去年リフォームしたばかりで、古びた外観とのギャップが凄い。

 働いている人達も、役所と違って若い人が多いような気がした。


「あのー、すみません」

 受付で感じの良さそうなお姉さんに声を掛けた。


「はい、ご相談でしょうか?」

「あ、はい、ちょっと条例のことで色々お聞きしたくて」


「あー、あれですよねぇ、わかりました、担当をお呼び致しますので、IDをお預かりしてもよろしいですか?」

 俺は自分のIDをお姉さんに渡し、案内されたソファに腰を下ろした。


 パーティションで区切られた簡易応接室で、協会のパンフなどに目を通しながら担当が来るのを待った。


 へぇ、グリモワールってまだ開発続いてたんだなぁ。

 あの時は大変だった、まあお蔭でサイトのTOPページにも載れたし、得した事もあったけど……。


「どうも、お待たせしました、担当させていただきます、大石と申します」


 新卒のような爽やかさを、これでもかと前面に押し出した職員が名刺を差し出した。

 髪も短くてツヤツヤして、地黒なのか日焼けなのか、健康的な小麦色の肌をしている。


「あ、壇ジョーンといいます、よろしくお願いします!」

「こちらこそ、よろしくお願いいたします。えっと……、今日は例の条例についてですよね?」

 大石さんは机に資料を広げながら俺に尋ねた。


「はい、ちょっと良くわからなくて相談に……」

「そうですよね~。あのニュースから結構、電話の問い合わせも増えてまして」

「やっぱり」と、俺は頷く。

 皆考えることは同じなのかな。


「ただ、現状……、協会としては皆様にアナウンスできる事がないんです」

「え?」

 申し訳なさそうに、大石さんは頭を掻いた。


「今のところ、議会に提出されただけですし、審議はこれからです。結果が出ないことには、協会としても……何とも言い難いのが正直なところでして」

「それは確かに……。あ、でも一応心構えとか、対策はしておきたいので、もし可決した場合はどうなりますか?」


「そうですねぇ、何らかのお達しがある可能性はありますが、法的に拘束力のあるものではないですし、協力を求められる程度ではないかと」

「へ? そうなんですか?」


 大石さんが前屈みになって、声のトーンを落とした。

「個人的な意見ですが……、あれは別の目的があるんじゃないかなと思ってます」

「別の目的⁉」


「大石、課長が呼んでるぞ」

 その時、パーティションの影から、強面な中年男性職員がぬっと顔を覗かせた。


「え? 課長ですか?」

「いいから、行ってこい。ここは俺が代わるから」


 男性職員は、きょとんとする大石さんの肩を叩き、気持ち悪いぐらい張り付いた笑顔で俺の前に座る。


「えーっと、壇さんですね、バタバタしてすみませんねぇ、私は沢木といいます。今回は条例の件だとか?」

「あ、はい、そうなんです」


「んー、そうですか、まあ相談といっても、協会では何ともなりませんねぇ、いやいや、ほんとに皆さん大変そうで」

「え……」


 一見、低姿勢だが、笑顔の奥に見える、有無を言わさぬ空気に違和感を覚えた。


 俺の態度が悪かったのか? いや、そんなことはないだろう。

 しかし大抵、協会の人って親切なイメージなんだが……。


「えっと、それはわかるんですが、その……ダンジョン経営的に、何か注意するような事とか知りたくて……」

「はい、それはもう、お若い壇さんのアイデアと手腕にかかってます! 私どもも協力出来ることがあれば何なりと! まあ、審議の結果次第ですなぁ、わははは!」


「はぁ……」

 駄目だこの人、まったく聞く気がない。


 なんで? 意味がわからないんだけど……。


「じゃ、そういうことですので、あ、そうそう、役所の方で聞いてみてはどうでしょうか?」

 沢木さんは早々に切り上げ、笑顔を張り付かせたまま席を立った。


「……わかりました」


 ここは我慢だ。

 何かがおかしい、一旦引き上げよう。


 帰り際、大石さんと目が合ったので声を掛けようとすると、会釈をして逃げるように奥の部屋に入ってしまった。


 ど……どういうこと?


 *


 ダンジョンに戻った俺は、紅小谷に相談をしていた。

「なわけでさ……何か腹が立つってよりは変だなって思ってさ」

「そう、それはきな臭いわね……」


「一応、役所でも聞いてみたんだけど、お答えできないの一点張りで……」

「ふぅん、わかった。じゃあ、こっちでも調べてみるわね」


「うん、マジ助かる、うん、よろしく、はーい」


 さてと……。

 とにかく今は待つしかないか。


 カウンター岩周りの清掃をしていると、ふと手が止まった。

 ……そういえば、母さんに聞けば何か知ってるんじゃ⁉


 すぐに電話しようとスマホを手に取るが、思いとどまる。

 うーん、電話だと爺ちゃんのことでまた色々聞かれそうだし……。


 あ! そうだ、メールなら大丈夫かな。

 えーっと、『母さん、オレオレ、条例について何か知ってる?』……これでよし。


 ふぅー。

 ま、考えても仕方ない、仕事仕事!


 俺は掃除の続きを始めた。

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