ダンジョン・エキスパンション編 ~謎の名刺を拾ったら~

第172話 日常の風景

「……なんだこれ?」

俺はダンジョンの前に落ちていた名刺を拾った。


名刺には、

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と、書かれていた。


誰かお客さんが落としていったのかな?

破り捨てようとして、手を止めた。

もしかしたら、お客さんが困ってるかも知れないな……一応預かっとくか。

俺は岩のカウンターに名刺を置いて、そのまま開店準備に入った。



「確かに、そろそろウチも拡張して良い頃だと思うんだけどなぁ……」


客足は上々。

売り上げも高水準をキープしている……のだが。


「はあ……」


タブレット端末に表示されたマップを見てため息をつく。

十六階層が出来てから随分経つが、一向にダンジョンが拡張する気配がないのだ。


どうやればダンジョンが活性化するのだろう?

コアはすでにダンジョンに定着しているしなぁ……。


地道に営業を続けながら待つしかないんだろうけど、このままじゃジリ貧になってしまう。

新しい変化がなければ、お客さんは満足してくれないだろうし……。


「あーやめやめ!」


ウジウジ考えたって仕方が無い。

今日という一日を頑張るだけだ!

自分に言い聞かせるように頷き、俺は開店準備を始めた。



 *



「いらっしゃいませー!」


好調な客足に、俺はすっかり朝のモヤモヤを忘れていた。


「ふぅ……忙しいな」


花さんは冬休みで、今週いっぱいは新潟へ家族旅行に出かけている。

平子家では毎年恒例の行事らしい。


実はその話をしていて、花さんから驚愕の事実を聞いた。


『6人もお兄さんがいると大変じゃない?』

『え、うちは7人兄がいますけど……』


平子A~Fまでだと思っていた兄達に、何とGが存在した!

ちなみに平子Gは眼鏡を掛けていないらしい。

しかも、メンサの会員で今は国立のダンジョン環境研究機関に勤めているのだと言う……。


「花さんもいずれ研究者になるんだろうなぁ……」

と、独りごちていると、中年のダイバーがダンジョンから出て来た。


「お疲れ様でした!」

俺は暖かいおしぼりを渡した。


「ん? ああ、ありがと。へぇ~こういうの地味に嬉しいね」

「本当ですか! ありがとうございます!」


今日が初めてだと言っていたダイバーさんだ。

これを機に常連さんになってくれたらいいなぁ……。


「でもさ……ちょっと、ここ……狭いよね?」

「え……」


「まあ、仕方ないんだろうけどさ、ほら、ダンクロとかだともっと階層あんじゃん?」

「そ、そうですね……」


「せめて20階層は欲しいよなぁ?」

「ですね、はい……」


「まあこればっかりは店長に言っても無理だもんな? わははは!」

「……ははは」


中年ダイバーは着替えを済ませた後、他の店が拡張した時の話や、ダンジョンコアのオカルト活性方法などを語り始めた。


「でさ……とまあ……ってわけ」

「はあ、なるほど」

「んじゃ、ま、そういうことだな」

「あ、はい! 色々と教えてくださって、ありがとうございました! またお待ちしてまーす!」


中年ダイバーを見送った後、俺はカウンター岩に戻った。


「さて……ちょうど客足も途切れたし、休憩するか……」


俺はコーヒーの豆を挽き、珈琲を淹れる。


「そろそろ豆も買わなきゃな……あ!」


いつもの癖で2人分淹れてしまった。

いまごろ花さん、楽しんでるかなぁ……。


 *


――翌日。


今日は豪田さんがグループで来てくれていた。

そのお陰もあって、カウンター岩前には、ちょっとしたイベントくらい人が集まっている。


「相変わらずベビーベロスは強えよなー」

「あいつらの連携どうにかなんないっすかね~」


楽しそうに談笑するダイバー達。

久しぶりに森保さんも来てくれていた。


「ケットシーパレスの場所、変わったんだね」

「あ、そうなんですよ、何かたまに変えるらしくて」

「ふーん、そういうとこも可愛いわね……」

「そ、そうですね……ははは」


森保さんは筋金入りの猫派である。

ケットシーパレスから出てこなくなったこともある程だ。


「ったく、こいつは猫ばっか可愛がってよぉ」

と豪田さんが横から話に加わる。


「こいつ?」

森保さんが豪田さんを睨んだ。

クール系の森保さんが睨むとかなり迫力がある。


「あ、いや……」

「ふーん外だと『こいつ』とか言っちゃうんだ?」

「い、いやそれは、その……」

豪田さんは口をパクパクさせている。

「それともなに? 私と付き合ってんの言いたく無いんだ?」


「「え⁉」」


森保さんの一言に、俺を含め、その場に居合わせたダイバー達が一斉に反応した。


「ご、豪田さん……マジっすか?」

「こ、こんな美人と豪田が? 嘘だろ……」

「お前、どんな手を使ったんだ!」


豪田さんは顔を真っ赤にして、

「あー! うるせぇうるせぇ! だったらどうしたってんだ!」と開き直った。

「豪田~、ちょっと話を聞かせてもらおうか!」

「豪田さん、洗いざらいぶちまけてもらいますよ」

「ちょ、お前ら! こら! お、おい!」

豪田さんが仲間に連れ去られていく。


「ふふ、かわいい」

森保さんはそれを見て喜んでいるようだ。


それからしばらくして、グループの仲間から揉みくちゃにされた豪田さんが帰ってきた。


「ったく、偉い目にあったぜ……」

「これで変な気を遣わなくていいでしょ?」

「そりゃそうだけど……」


俺は二人の前に珈琲を置く。

「驚きましたよ、いつの間に付き合うようになったんですか?」


「それはねー」

「あ! て、店長、それはいいだろ? 俺、そういう話苦手なんだよ……照れくさくって」

「ごめんねージョーンくん、今度一人で来た時に教えてあげるー」

「あ、はい、その時はぜひ」


「そういや、ここに初めて来たのはいつだったかな?」

「えっと……二年くらい前ですかね」


豪田さんは目を細めて、

「もうそんなに経つのか……いやぁ、ここは変わんねぇなぁ」と珈琲に口を付けた。

「……」


変わらない、か……。

常連の豪田さんが言うんだ、他の人はもっとそう感じているのかも知れない。

自分では、色々と変化を付けてきたつもりだったけど、やっぱり根本のダンジョン自体に変化がないってのは厳しい……。


「あ、いや! 違う違う、悪い意味じゃないからな⁉」

豪田さんが何か感じ取ったのか、慌てて訂正してくれる。


「ちょっと豪くん、ジョーンくんに失礼でしょ!」

「す、すまん、俺は居心地が良いってことを伝えようと……」


「豪田さんは悪くないです、実は……」


俺は豪田さんと森保さんに、最近の悩みである拡張について相談した。


「でも、それってジョーンくんにはどうしようもないことじゃない? それに、ちゃんとイベントやほら、この石けんだって、ここしかないものだし……私はちゃんと営業努力してると思うけどなぁー」

「そうだぜ店長、悩んでも仕方ねぇことは忘れて、自分にできることを頑張ればいいんだよ」

「そう……ですよね」


「今度はもっと大勢連れてくっからよ! 元気だしなって!」

「そうよ、私だってここに来るの楽しみにしてるんだから」


「豪田さん、森保さん……ありがとうございます!」


「じゃあ、また来るよ」

「頑張ってね」


「店長またー」

「がんば店長!」

「じゃあなー」


「ありがとうございましたー!」


俺は獣道から見えなくなるまで、豪田さん達の背中を見送った。


そうだよな、俺にできることをやろう!

よーし、今日はメンテナンスだ!

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