第94話 やっぱり凄いです。

「「ふぅ~」」

 藤堂さんがダンジョンへ潜り、二人同時に肩の力が抜ける。

 俺は後ろの棚に凭れ、花さんはカウンター岩にふにゃ~っと空気が抜けたように半身を預けた。


「なんだか、すごく緊張しました~……」

「悪い人じゃないんだけど、オーラというか、独特の空気感がね~」

 花さんがうんうんと同意する。


「やっぱり、藤堂さんって強いんでしょうか?」

「そりゃあ、なんたってあの『京都十傑』だし、相当だと思うよ」

 実際に戦いをこの目で見たわけじゃないけど、あのレムナント・マザーを一撃で落とすんだもんなぁ……。俺もワンパンで退場だったし。


「いま、どの辺だろう……」

 タブレットで藤堂さんを探す。


「あ! ここですね」

 十三階層の密林フロアでポケットに手を突っ込んだまま、ぶらぶらと歩いているのが見えた。

 こうやって見ると、公園でも散歩しているみたいだな……。

 と、その時、藤堂さんの頭上からバルプーニが舞い降りた。


「あぶないっ!」

 タブレットに向かって花さんが声を上げた。 


 藤堂さんはスウェーバックで攻撃を躱すと、そのまま気にする様子もなく奥へ歩いていく。後ろからバルプーニが追撃してくるが、それもひらりひらりと躱してしまった。


「す、すごい!」

 でも、何でやり返さないんだろう? 余裕で勝てるはずなんだけどなぁ……。

 不思議に思っていると、突然藤堂さんが駆け出した。


「うわー、パルクールみたいですね」

「ホ、ホントだ……」

 樹々の間を駆け抜け、障害物を半回転しながら飛び越える。見てる分には簡単そうに思えるが、あの動きには鍛えられた体幹と相当な運動能力が必要なはず……。矢鱈さんとの特訓を経験した俺にはわかる。それに、初見にも拘らず一切の迷いがない。まるで、幾度も潜り慣れたダンジョンのようだ。


 あっという間に最下層まで辿り着くと、藤堂さんは伸脚や上体を反らしてストレッチをはじめた。


「あ! ジョーンさん、ほらほら! コボルトさんが、また陣形組んでますよっ!」

 花さんが興奮気味に俺の背中を叩く。


 画面の中では、またもやモンス達がコボルト指揮のもと、何やら不穏な動きを見せていた。


「こ、これは……車懸かりの陣⁉」


 二体のデスワームが二重円を描き、モクモクと土煙を立てながら周回を始める。

 フレイムジャッカルに跨るスケルトン隊も内側から姿を現し、流れに合わせて行進を始めた。

 その円の中央では、ベビーベロスとコボルトが状況を見守っている。

「むぅ……何という連携」

「うわぁ、ちょっと運動会みたいで可愛いですね。あ、藤堂さん大丈夫でしょうか?」

 固唾を飲んで見守る俺と、楽しそうな花さん。


 準備運動を終えた藤堂さんが、ゆっくりと迷宮エリアの入り口から中に入っていくのが見えた。迷宮の中を散策しながら、洞窟エリアとの接合部に着く。


 そして、ぐるぐると回るモンス達を見た瞬間――、凄まじい勢いで走り出した。


「は、速っ⁉」


 攻撃したのだろうか?

 元気に外周を走っていたデスワームが、突然跡形もなく消えた。


 土煙の隙間から藤堂さんがチラッと見える。すかさず、フレイムジャッカル隊がワーっとなだれ込み、藤堂さんの目の前で散開し全方位から襲いかかった。


 だが、藤堂さんは狼狽えることなく、軽いフットワークを刻みながら拳を振る。

 瞬く間にスケルトンの骨片が飛び散り、フレイムジャッカルは水面を跳ねる魚のように打ち上げられ、空中で次々に霧散していく。


「めちゃくちゃ強い……ですね」

 たった数秒の間に起こった出来事に、花さんがボソッと声を漏らした。

「……」

 俺は同意するのも忘れ、言葉を失う。

 こ、これほどまでとは、もはや矢鱈さんクラスじゃ……。


 だが、驚きも束の間――。

 陣の中央に鎮座するベビーベロス&コボルトと藤堂さんが対峙した。


「コボルトさんはどうする気なんでしょう?」

「うーん、慌ててはなさそうだけど……」

 コボルトは『よう来たのワレ』と言わんばかりに、ベビーベロスの上で腕組みをして藤堂さんを見下ろしている。鷹揚なその態度はまるで古強者のそれだった。


「うわ~、見てるこっちが緊張する」

「どっちも応援したいところですが……、個人的にはコボルトさんに頑張って欲しいですね!」


 ――藤堂さんが動いた。

 素早く接近すると、ベビーベロスの左頭部に強烈な右フックを打ち込む。

「うおっ⁉ 頭が揺れたぞ!」

 しかし、残りの頭部から、白と赤の炎が混ざり合った強烈な息吹ブレスが吐かれる。

 藤堂さんが地面を転がり避けるが、その上からコボルトが小さな何かを投げつけた。

「危ない!」

 源氏ナックルで弾き、体勢を立て直す。

 地面には数本の黒いナイフのようなものが突き刺さっていた。


「ふぉ~っ! すげぇ~!」

 少し距離を取った藤堂さんが、肩を回し様子を伺っていると、項垂れていたベビーベロスの左頭部がブルルッと頭を振り復活、すぐさま青い炎を吐いた。それに呼応するように、残りの頭部も一斉に炎を吐き散らす。

「つ、強い!」

「ベロスちゃん、頑張って!」

 花さんはもう、ベビーベロスしか見えていない。

 ――その時、なぜかコボルトが飛び降り、藤堂さん目掛けて斬り掛かった。


「うぉっ⁉」

 激しい剣撃が繰り出されるが、藤堂さんは完全に剣筋を見切っているようだ。

 軽く往なしながら、小刻みにジャブを入れて様子を見ている。


「乗ったままの方が良かったんじゃ……」

「何か狙ってるんでしょうか?」

 すると、ベビーベロスが溶岩溜まりまで走りペロペロと舐め始めた。


「え? 花さん、あれって……」

「何でしょう。炎を吐くのに補給が必要なのかもしれませんね。興味深いです……」

 てことは、コボルトは時間を稼いでいるのか?


「あ!」

 花さんが声を上げた瞬間、コボルトの鳩尾みぞおちに藤堂さんの拳がめり込んだ。

 コボルトが膝を付くと同時に霧散した。


「あーーーっ!」

「や、やられたーーっ!」


 ベビーベロスが振り返り、怒りを表すかのように足を踏み鳴らし、猛烈な勢いで突進する。迫りくる犬王に怯むどころか、同時に藤堂さんも駆け出した。


 両者がぶつかり合う――その時。

 ベビーベロスから、三色混合となった極大火炎が吐かれた!


「や、やられる⁉」

 そう思った瞬間、炎の息吹を掻い潜った藤堂さんの右ストレートが、ベビーベロスの胸中央を叩く。犬王の身体に水紋が走り、強烈な力が伝わったのが画面越しにわかる。吐きかけた炎が途絶え、無敗の犬王ベビーベロスは、灰色の粒子となり消え去った。


「ま、負けた……D&M最強の犬王が……」

「ベロスちゃん……」

 目の前で起きた桁違いの戦いぶりに思わず呆然とする。


 ……さすが十傑、というべきか。

 豪田さん達が束になっても敵わなかった十六階層をたった一人で……。


 いかんいかん、ぼうっとしてる場合じゃない。十六階層が空きフロアになってしまった。

 スケルトンやフレイムジャッカルはすぐに復活するにしても、ベビーベロスとコボルトは時間がかかりそうだぞ……。


「花さん、復活までどのくらいかかるかな?」

「んー、召喚したモンスではないですから、回数制限はかからないと思いますけど……。ベロスちゃんとコボルトさんは早くても三日以上はかかりそうですね」

「そっか……」

「はい……」

 花さんと二人、ため息を吐くと藤堂さんが戻ってきた。


「あ、お疲れ様です!」

「お疲れ様でした」

「おう」と言って装備を外す藤堂さんに、用意しておいた珈琲を差し出す。


「悪いな、いやぁ~強かった。途中ヤバかったわ」

「ぜ、全然、そんなふうに見えなかったですけど……」

 藤堂さんがいやいやと頭を振り、

「運が良かった、最後コボルトが降りなかったら負けてたかもな」と苦笑する。


「え? そうなんですか?」

「あいつ石矢みたいなもん投げやがってさー、あれやばいな。たぶん当たると不味い感じがぷんぷんする」

「何か塗っているのかも知れませんね」と、横から花さんが言った。


「お! なに、詳しいの?」

「いや、そのー、詳しくはないんですが、武器を扱うモンスで毒を塗るモンスは意外と多いんです。ゴブリンアーチャーが一番有名ですが、ヘルボーンナイトなんかも、同じフロアに毒を持つ植物やモンスが発生していると、それを利用するケースもあるそうです」

「いやいや、めっちゃ詳しいじゃん⁉」

 藤堂さんが珍しいものを見るように目を見開いた。


「えっと、花さんは、モンス診断士を目指してるんですよ」

「へぇ~、頭良いんだな!」

「ま、まだ、勉強中で……」

 花さんが恥ずかしそうに俯く。


「そういや藤堂さん、ドロップありました?」

「いや、なーんもなかった。ま、面白かったからいいけどさ」

「そうですか……」

 ふーむ、ドロップ率が低いのかな?

 何かドロップしてもよさそうだけど……。


 そんなことを考えていると、目の前に珈琲カップが置かれた。

「じゃ、そろそろ帰るわ、ごちそうさん。またな」と手を上げた。

「え、あ、ありがとうございます! モーリーにもよろしく伝えてください」

「それくらい自分で言えって。ま、たまには連絡でもしてやれよ」

 そう言って笑いながら藤堂さんは帰っていった。


「なんか、すごい人でしたね」

「うん……」

 それから、二人でベロスロスを乗り越えたあと、気持ちを切り替えて仕事に励んだ。

 時折、花さんがぼーっとしている時もあったが、特にトラブルもなく時間は流れた。


「ふぅ……」

 お客さんは待ってはくれない。

 犬王とコボルトが復活するまでに何か手を打たなければ……。


 イベントでもしようかと考えていると、花さんが「そうだ」と手を叩いた。

「今日、閉店後に十六階の掃除しませんか?」

「おぉ! それいいね」

 今なら掃除し放題だし、色々チェックも出来る。ついでに配置も少し考えてみるか?

 あれこれ思案を巡らせていると、花さんがタブレットを見ながら、

「ついでに、もう少し陣形が組みやすい配置に変えましょう。あ、溶岩も増やして……高台があった方が有利かも……」と呟き始めた。


「あ、あのー、花さん?」

「どうせならデスワームの隠れる場所も……うーん、落とし穴とか……」

「……花さん?」


 夢中でレイアウトを考える花さん、このままでは超絶難易度のフロアになりそうだ。

 でも、それはそれで楽しいかも知れない。難攻不落の十六階層か……。


「ロマンがある!」


「え?」俺の声に目を丸くする花さん。

 タブレットを指差し、俺も悪ノリして参加する。

「ほら、ここに竹槍とか……」

「それはちょっと……」

「じゃあ、全部溶岩に……」

「ジョーンさん?」


 その日の閉店後。

 心配した平子Bが迎えに来るまで、花さんは配置について熱く語っていた。

 兄の姿を見て我に返った花さんを見送った後、二人で話し合った内容を忘れないように書き留め、スマホの時計に目を向けた。


「うわ、もうこんな時間か……」

 帰り支度を済ませて外に出る。

 てっきり真っ暗かと思ったが、辺りは少し薄暗い程度。

 随分と陽が長くなってきたなぁと思いながら獣道を下る――風はまだ冷たかった。

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