第13話 イベント開催です。

 ヒーッヒッヒ……魔夏の夜、満月が笑い、地に潜む魔物たちが蠢く。ヒィ~。

 生暖かく湿った空気が……グゲッグゲ……辺りを包み、シャーッ……皆の顔が暑さに歪む……ワォォーーン……。


 ――我が実家、正面空き地に集まるは総勢38名の猛者共。


 その猛者たちを前に、俺は足を震わせながら木箱の上に立った。

「えー、皆様、お暑い中お集まり頂きまして……その、ありがとうございます。えー、ほ、本日は……」

 紅小谷が俺を引っ張り耳元で

「ちょっと、いい加減にしなさいよ? みんな暑いんだから、さっさとダンジョンに行けばいいのよ!」

「あ、はい。すみません」

 俺は再び皆に向かい

「失礼しました! では、早速『魔夏のD&Mキャンプナイト』を開催します! 参加確認が終わってない方いらっしゃいますか!」

 返事はない、大丈夫のようだ。

「では、これからダンジョンへ向かいます。受付で各自装備が終わり次第、先程の班分け通り探索を始めて下さい。初心者の方は、決して無理はしないようにお願いします!」

『「「「おぉーーーーーーーーっ!!!」」」』

 皆の声の大きさに、少し鳥肌が立つ。

 俺は木箱から降りて、先にダンジョンのカウンター岩へ向かった。


 班分けは、10名☓3組、8名1組で編成。

 ベテランのダイバーさんが意外に多かったので、なるべく戦力が平均的になるように考慮した。


 俺は、8名の班で参加することに。

 メンバーは矢鱈さん、俺、絵鳩、平子B~Fだ。

 ロード討伐後のお楽しみである、BBQセットもすでに設置済み、花火も消火用バケツもおk。

 紅小谷は他の班に入ってもらった。というか本人が希望した。


 作戦としては、ヴァンパイア・ロードが七階に本体を隠していると仮定して、迷宮フロアを中心に手分けをして探索。そして発見次第、アイテムの『マンドラの実』と『共鳴針きょうめいしん』で知らせるといった具合。


 マンドラの実は潰すと、実自体が特殊な叫び声を発声するようになっており、その声に共鳴して場所を示すアイテムが共鳴針である。(実の叫び声による身体への影響なし)

 この二つを組み合わせて使うことにより、ダンジョン内でも、互いの場所を知らせる事ができるのだ。


 俺は次々と来るダイバーたちの入場受付をこなしていく。

 笹塚ダンジョン時代に培った接客スピードが功を奏し、驚くほどスムーズに人が流れていく。

 途中、ベテランダイバーの装備に驚かされながら、残すは絵鳩の受付のみとなった。


「さてと、じゃあIDを出して」

「あ、はい」

 絵鳩は少し緊張しているのか、慌ててカードを差し出す。

 ふふ、キャラ変わってんな、おい?

 俺はそんな絵鳩を微笑ましく思い

「あ、装備がないんだよね? じゃあ俺のを貸すとして、どんな武器が良いかな?」

「え……と」

 絵鳩は助けを求めるように、矢鱈さんを見た。

 白い歯を輝かせながら矢鱈さんが

「女の子だし、最初は弓とかが良いんじゃないかな? 接近戦は怖いもんね?」

 と、優しく尋ねる。

「あ、軽い剣とかが良いかなって」

「え? あ、そうなんだ? はは、じゃあジョーンくん良いの持ってる?」

「あ、はい。えーと『ヤスのポン刀+50』『ニードル+32』『キレっキレの長巻+13』とか……」

 俺はリストから順に読み上げた。

 絵鳩は髪の毛先をくるくると指で触りながら

「もっとカッコいいの無いの?」

「ぐ……、こ、これでも結構な武器なんですけど……」

「まあまあ、ジョーンくん。じゃあ僕のを貸してあげるよ」

 矢鱈さんはそう言ってIDを俺に渡す。

「んー、あれがいいかな? 『五月雨珠近』出してくれる? あ、強化してない方ね」

 俺は思わず、ブタっ鼻になる。

「ンゴッ! さ、五月雨……じゅじゅこん?」

 おいおい、矢鱈さんよ、いくら何でもやりすぎでは?

 ちょ、レイド戦でも使える武器じゃないっすか!!

 しかも、二振り持ってるとか……。

「こ、こんな、わ、わ、業物を……」

「じゃ、それ」

 俺の慌てぶりを見て、気に入ったのか、察したのか、絵鳩は即決しやがった。

 ぐぬ……。

「い、良いんですよね?」と矢鱈さんを見る。

「うん、全然。ほら、早くしないと」

「わかりました、では」

 俺は五月雨珠近を取り出す。

 おお、何という名刀。ずっしりではなく、しっとりと言った上品な重さがある。

 その細身の刀は長く、鞘に収まっているにもかかわらず、全体が朧気に発光して見えた。

「ん」

 絵鳩が早く渡せと言わんばかりに手を突き出す。

 こ……この小娘がぁ~……。

 俺は仕方なく

「丁寧に扱わなきゃ駄目だよ」と渡した。

「大丈夫大丈夫、別にガンガン使ってくれて構わないよ。それより楽しまなきゃね」

 そう言って矢鱈さんが笑うと、絵鳩がチラッと俺を見て鼻で笑った。

 くっ! この……。キーッ。

 ……ま、まあいい。


 次に防具だが、これは事前に決めて来たのか、絵鳩からリクエストがあった。

 多分、何かの雑誌で見たのだろう、女子人気の高い『フェザーメイル』だった。

 ふわふわの白い羽が女子力を上げると言う、俺には理解不能だ。

 俺は一度も袖は通していない、と念を押してから、絵鳩にフェザーメイルを貸してやった。


 さて、俺はいつもの『ルシール+99』に『ダイバースーツ+60』盾は持たない主義だ。

 矢鱈さんは『野太刀』に『たびびとの服』『皮のたて』と心配になるほど簡素な装備。

 紅小谷は『こいつはこれぐらいで丁度いい』と言っていたが……。


 絵鳩が女性用更衣室で着替えをしている間に、俺は人数分のマンドラの実と、共鳴針を手渡した。

「いやぁ、久しぶりなんで緊張します」と平子C。

 すると平子Eが

「俺とDはたまにいってるけどな」と笑う。

 そう言えば、平子Eは初めて会うが……やはり区別がつかない。

 初めてみる眼鏡ではあるが、もし眼鏡を交換されたら判別不能だ。

 それはさておき、俺は皆に向かって、お礼と自分の意気込みを伝える。

「今日はありがとうございます、皆で楽しみながら、がんばりましょう!!」

「「「「「もちろんです!」」」」」

 さすがに五人同時に言われると、音圧を感じる。

 ちょうど着替えから戻った絵鳩も、ビクッと肩を震わせた。


 平子兄弟が着替え終わった絵鳩を見て

「「「「「おぉ~~~!!」」」」」

 と歓声を上げる。

 絵鳩が照れくさそうに「へへ」と髪を触った。

 白い羽に包まれているように、ふわふわ感が凄い。 

 まあ、そりゃあ可愛いよ?

 可愛いとは思うが、そんな声をあげる程かと俺は思う。


 準備も終わり、いよいよ俺たちの班もダンジョンへ入る。

「じゃあ、用意はいいですね?」

「「「「「「「おーーーー!!!」」」」」」」

 掛け声とともに、皆で天高く拳を上げた。


 一階奥の階段から二階へ向かう。

「きゃっ、こ、これ何!?」

 絵鳩がスライムを見て騒ぐ。

「スライムだよ。ちょっと倒してみる?」

「あ、う、うん……」

 ギクシャクした動きで五月雨珠近を鞘から抜く。

 ――フヮンッ――。現れた刀身の波動だけでスライムは霧散してしまった。

「え?」

 絵鳩は目を丸くして、髪を耳にかけ直した。

 首を傾げながら、剣を鞘へ戻す。


 だからその武器強すぎなんだってば……。

「ま、まあ仕方ないね。じゃあ先に進もうか?」

 

 俺たちは、ヒカリゴケが織りなすオーロラのような光に

「おぉ……」

「うわぁ」

「すごいですねぇ」

 などと言いながら、順調に三階へ降りる。

 急に洞窟タイプに変わり

「おぉ、こ、怖いっすね」と平子Dが呟いた。

 この先の階段のペイントを見たらどうなるのだろうと、俺はクククと悪戯っぽい笑みを浮かべる。

 ぞろぞろと着いてくる平子たちの武器は、なぜか全員が『モーニングスター』鎧は『鎖帷子くさりかたびら』であった。

 その真面目そうな外見に全くそぐわない感じが、逆に良いと俺は思う。


 ――バタバタバタッ!

 バババットの群れが襲ってくる。

「おまかせを!」平子B~Dが迎撃する。

「あ、ずるい!」

 絵鳩が五月雨珠近を抜く。

 その瞬間――フヮンッ――刀身の波動でバババットが全滅する。

「ちょ、おまw」

「ご、ごめん」

 絵鳩が平子兄弟に珍しく素直に謝った。

 だが、お前が謝っているのは丸い黒縁眼鏡。平子Fだ。

「大丈夫ですよ、絵鳩ちゃん」

 平子兄弟が全員で絵鳩を甘やかしている。

 所詮は男。悲しい生き物だ。


 階段を降りる。

 途中、後ろから平子の悲鳴が聞こえた。

 どうやらペイント(8話参照)を見たようだ。ククク……。


 俺は隣の矢鱈さんに

「先行組はどの辺まで行ってますかね?」と訊く。

「うーん、GKゲートキーパーは倒しちゃってるかもね。強そうな人結構いたし」

「ですよねー」


 五階へ着くと、やはりGKの姿はなかった。

「あー、やっぱ倒されてますね」

「仕方ないね、先へ行こうか」


 ――その時。

 バババババババッ!!!!


 無数のバババットが、凄まじい勢いで飛んできた!

 空中にまるで波のように、形を変えて広がったり、集まったりしている。


 そして、次の瞬間、バババットが一点に集まり始める。

 段々と輪郭がはっきりして、人の形があらわれた。


 矢鱈さんが楽しそうに笑い

「ロードじゃん! やった、ついてるねジョーンくん」

「ちょ、矢鱈さん、余裕すぎますって!」

 俺はルシール+99を構え、絵鳩に矢鱈さんの後ろに下がる様に伝える。

 そして、平子兄弟を3人と2人に分け、俺の方に3、矢鱈さんに2と振り分けた。


 ロードはその姿を完全に形成した。

 ヴァンパイアの王、ヴァンパイア・ロード。

 その真っ白な肌、美しい銀髪、紅く燃えるような瞳孔。

 中世貴族を思わせる、華美な洋服でさえも、その美しい容姿に霞んでしまう。

 鷹揚にこちらを向くと、笑うその口元には鋭い犬歯が光った。


『羽虫共か……、長き眠りから覚めたというのに。おや? 女、気に入ったぞ? こちらへ来い』


 ロードが絵鳩を見て、手を差し出す。

「目を見るな! 幻惑だ!」

 慌てて絵鳩が平子Eの背中に隠れた。

 手早く野太刀を構えた矢鱈さんは、シュッと俺を見て

「ジョーンくん、一緒にやる?」

「はい、矢鱈さん! 平子さんたちは絵鳩のガードを頼みます!」

「「「「「おうよ!」」」」」


 それを合図に、俺と矢鱈さんは同時に飛び出す!

 左右に別れ、俺は足を、矢鱈さんは顔を目掛けて攻撃を繰り出した。


『ふむ、こんなものか?』


 ロードが黒いマントごと手を払うと、俺は凄まじい風圧で吹き飛ばされる。

「うわわっ」

 ゴロゴロと床を転がり、壁にぶつかる。急いで体勢を立て直した。

 矢鱈さんは「ふぅ~危ない危ない」と言って笑っている。


「こっのぉ!!」

 平子BとCがモーニングスターで殴りかかった!

 しかし、攻撃が当たる瞬間、ロードは身体をバババットに変え散開し、少し離れた場所でまた合体した。

 その美しい顔は歪み、本来の醜悪な魔物の姿をさらけ出す。

『無駄なことよ、愚かなりぃ! 汚れた人間ども! 貴様らの血、一滴も……』


 ――サクッ!


『ガッ? うぅ……?』


 ロードの頭に刀が刺さった。

 そして、その刀はそのまま足元まで、ロードを真っ二つに切り裂いた。

 ロードが霧散する、どうやら分身だったようだが……。


 おいおい、マンドラの実を潰す暇もなかったぞ。


「いぇい!」

 片手で五月雨珠近を肩に担いだ絵鳩がピースサインを見せる。

「「「「「うぉぉぉぉ!」」」」」

 平子兄弟たちが歓声を上げる。


「あらら……お見事」と矢鱈さんが俺を見て肩をすくめた。

「て、ていうか、マジで……」

 もはや、苦笑いするしかない俺。

 てか、いくら分身っつても……。


 矢鱈さんは片手で顎を撫でながら

「ははは、もう少し弱い武器にした方が良かったかな?」

「そりゃそうですよ」と俺は呆れ顔で見る。

「あ、紅小谷には内緒だよ?」

 弱めにシュッと笑った矢鱈さんは、平子兄弟と絵鳩の側に行き、一緒になって「凄い凄い」と大袈裟に褒め始めた。


「みんな、楽しそうだ」

 その光景を見て、改めてダイブっていいなと頷く。

 そう、俺はこれを皆に味わって欲しいのだ。

 ――楽しいは正義。

 そう思った後、俺は皆の元へ走った。

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