第12話 イベントの用意をします。

 紅小谷べにこや矢鱈やたらさんがカウンター岩の前で腕組みをしている。


「まあ、いいんじゃん? ヴァンパイア・ロードでしょ? あ、紅小谷さぁ、あのクラスの復活率って、どのぐらいまで落ちるんだっけ?」と矢鱈さん。

「ロードだと、一応上位種だから最大三回まで。運が悪けりゃ一回も復活なしね」

 紅小谷が腕組みをしたまま答える。


 、召喚したモンスには、復活する際に法則がある。


 ご存知の通り、自然発生したモンスは、コアがある限り復活するのだが、召喚したモンスには

『弱いモンスほど、復活しやすく、強いモンスほど復活しにくい』

 という法則が働く。


 上位種になると、復活しにくいうえに回数制限という制約が掛かり、逆に下位種には回数制限は無く、自然発生したモンスと同等というのが現在の共通認識だ。


 厳密に言えば下位種にも制限があるのかもしれないが、現時点では確認されていない。(これが『おみくじモンス』で多頭崩壊が起きている理由)


 この法則を、ダイバーたちの間では復活率と呼んでいる。


「あ、じゃあ運が良ければ三回イケるかも?」

 軽く笑って矢鱈さんが言った。

「はぁ?、そりゃあ、運良く三回復活して、三回とも独りで倒せれば総取りだわよ? でも、そんな都合の良いことあると思う? それに、あんたみたいなチートダイバーじゃない限り、無理にきまってるでしょ! バカなの? しかも、そんな事したらイベントやる意味なくなるでしょうがっ! このたわけーっ!」

 紅小谷が捲し立てるが、矢鱈さんは表情一つ変えない。


「まあまあ、お二人とも……麦茶でも」

 俺は麦茶を差し出す。

「あんたのせいでしょうがっ!!」

「す、すみません、つい気負って手元が……」


 紅小谷が麦茶をぐいっと飲み干して、眉根を寄せる。

「ったく、仕方ないけど、このままやるしかないわね」

 そう言って俺の目を見据えると

「いい? こういうイベントはね、召喚モンスの復活が何度あるかで、費用回収までの時間が決まるのよ。私はそこを見越して、ある程度復活しやすい、ノーマルのヴァンパイアを選んでたってわけ」


 一言も聞き漏らすまいと、俺は真剣な顔で頷く。

「すぐに回収できるって言ったのはそういう意味。イベント客もそれを狙って、次は普通に足を運ぶだろうしね」

 俺には返す言葉もなかった。

 そこまで深く考えてくれていたとは……。


「大丈夫大丈夫、いざとなったら僕だけでもイケるから」

 と矢鱈さんが笑う。

「だーかーらー、それじゃ意味ねぇっつってんでしょうが!!」

 紅小谷が俺にグラスを突き出すので、俺は慌てて麦茶を注いだ。


「はは、そんな怒るなって」と矢鱈さん。

 本当にこの人はどこまでも飄々としてるなぁ。

「いい? 皆で倒すから楽しいのよ? あんた独りで倒しちゃったら誰も来なくなるでしょ!! 間違ってもやりすぎないでよね? わかった?」

「わかってるって、ねぇ? ジョーンくん」

「え? は、ははは……」

 笑って誤魔化していると紅小谷が

「で、参加者は今どのぐらいなの?」と訊いてきた。

「はい、えーと、20人程です」

「あと10人は欲しいわね……」

 紅小谷は立ったまま、片手で頬杖を付き何やら考え込む。


 確かに20人でヴァンパイア・ロードを相手にするのはキツい。

 あれは分身する上に本体を隠す。

 なので、手分けして本体を探しつつ、分身を相手せねばならない、非常に面倒な相手なのだ。


 だが、その面倒な上位種だけあって、得られるDPは高い。

 さらに、分身からも倒せばDPが、本体からは、DPに加えてレアアイテムもドロップする。

 ヴァンパイア系モンスの人気が高い秘密でもある。

 分身の数には個体差があるが、経験上、ロードの場合3~5体に収まる事が多い。

 紅小谷が言うように、これがノーマルのヴァンパイアなら、難易度や復活率などを考えると、イベントに最適のモンスと言えるだろう。


 矢鱈さんが何かシュッと思いついたように口を開いた。

「別に初心者でもいいよね? 本体を探す手伝いとか他のモンスを相手してくれるだけでも助かると思うんだけど?」

 紅小谷は納得した顔をして

「確かにそうね……そうだジョンジョン! 告知に初心者も歓迎って入れなさい、それとベテランダイバーがサポートしますってのも」

「はい! すぐやりますっ!」

 俺は言われたとおりに、告知文面を付け足した。


 紅小谷は、残っていた麦茶を自分で注いで飲み干すと

「ぷはっ。じゃあ、私は、このイベントが終わったら東京に帰るんだから、これ以上面倒は起こさないでよね? わかった?」

「はい、もちろんです!」

 俺は背筋を正して、帰って行く紅小谷に頭を下げた。


「ははは、ジョーンくんは謝ってばっかだなぁ」

 と、呑気に矢鱈さんが笑う。

「は、はは……」

 俺は頭を掻いて誤魔化して

「そういえば矢鱈さん、また本出したんですね? 『ダンジョンにやたら行くのは間違ってない』ってやつ。ネットで結構話題になってましたよ」

「そうなの? 以前書いてたやつだけど、やっと決まってね。今回は参考書じゃなくて、指南書とでもいう感じかなぁ」

「凄いですねぇ、アマ○ンランキングにも載ってるし」

「ははは、最初だけ。すぐに落ちるって」

 と、嫌味のない笑顔で答えた。


 さすがプロだなぁ、それに比べて俺ときたら……。


 くよくよしても仕方がない、汚名返上すれば良いだけのこと!

 必ずこのイベントを成功させて見せるぞ!


「良かったら読む?」

 と、矢鱈さんがバッグから本を取り出す。

「え? 良いんですか!」

 いや、でもこれはさすがに悪いよな……。


 俺が遠慮をしていると

「大丈夫だって、ジョーンくんだし、俺は気にならないよ?」

「や、矢鱈さん……」

 何て良い人なんだ! うぅ、これは有り難く頂戴すべきか。

「じゃあ、お言葉に甘えて」

「うん、じゃあ俺もそろそろ行くわ、これご馳走様」

 矢鱈さんがグラスをカウンター岩に乗せる。

「はい、ありがとうございました! また!」


 手を振る矢鱈さんを見送って、俺はデバイスを確認する。

「参加者は……お! 25人か、結構増えてる!」

 しかし、東京などと違って、田舎では絶対数が少ない。

 レイドならともかく、只の自主イベントでは思ったより集まらないのが現状。

 だが、ヴァンパイア・ロードは人気も高い。

 倒したいダイバーは多いはずだが……。


 その時、スマホが鳴った。

 画面を見ると『ホームセンター島中しまなか』とある。

「え?」

 島中が何の用だろう?

 不思議に思いながらも画面をタップした。


『どうも、お世話になっております。ホームセンター島中の平子でございます。壇様の携帯でお間違いないでしょうか?』

「あ、どうも壇です」

 どの平子だろうか? この感じ……Aか?


『あー、これは壇様。突然すみません。あの、あれからフェンスの不具合など起きてませんか?』

「ああ、問題ないですよ! バッチリです」

 アフターサービスかな?


『それはそれは、もし何かあればすぐにお伺いしますので』

「どうも、ありがとうございます。えっと、何かありました?」


『ついでの様で申し訳ありません、実は壇様のダンジョンでイベントが行われると告知されていたものですから、何かご入用の物がないかとお電話差し上げた次第です』

「あー、なるほど! ……ちょっと待って下さいね?」


 丁度、BBQセットと花火を買おうと思っていた所だった。

 このまま注文をしてしまおうかと思ったが、ふと、妙案が浮かんだ。


「あの、平子さんってご兄弟は何人いらっしゃるんですか?」

『え? あ、ああ、全部で6人兄弟ですが……』


「ダイバー免許って持ってたりします?」

『はい、もちろん。仕事柄、全員取得済みです』


 俺は、声を出さないようにガッツポーズを取る。

 その後、気持ちを落ち着けて

「イベントに、参加してもらえませんか? 代わりにBBQセットとか花火とか、イベントで使う物は全部そちらでお願いするので」と言った。

『本当ですか!! それはありがたい話です! あ、人数は何人ほど必要でしょうか?』


「5人って……どうですか?」

『大丈夫ですよ、5人ですね? では、必要なものは、当店のHPからご注文頂ければと思います。あと、当日は弟たちを参加させます。いやぁ、弟たちも喜びますよ』


「本当ですか、ありがとうございます! へへ、じゃあ、よろしくお願いします」

『はい、承りました。では失礼致します』


 ふぅ……。


 これで人数は最低限揃った。

 あとは、開催までに少しでも参加者が増えてくれれば……。

 おっと、忘れないうちに、イベントで使う物を島中で注文しておこう。


 ロード討伐が終われば、実家の前でBBQと花火だな。

 食材は、買い出しに行くとして、あとは……。

 おっと、お客さんだ。

「こんにちは~」



 ――その頃、同市内・ファーストフード店。


 制服姿で、窓際の席に座って頬杖を付きながら、独りスマホを眺める絵鳩理俐えばとりりの姿があった。

 見ているサイトはD&Mのイベント情報欄。


『魔夏のD&Mキャンプナイト参加希望の方はこちら』


「ださっ……」


 そう呟いて、画面を見つめている。

『こちら』の文字を、押そうとしてはやめ、また、押そうとしてやめる。

 氷が溶けて薄まったオレンジジュースを一口飲んだ後、絵鳩は画面をタップした。


『ありがとうございます、参加受付が完了致しました。ご来店心よりお待ちしております』


 画面の文字を見て、絵鳩は気が抜けたようにカウンターテーブルに倒れ込む。

 ふやけた紙コップに付いた水滴に、ストローの空き袋をくっつけた。


「はぁ」


 気だるく身を起こして、スマホのSNSアプリを起動させると、絵鳩は両手で素早く操作し投稿する。

『初めてのダイブ! イベントに参加するよ~』

 と、画面に表示された。

 同時に、同意や好意を示すハートマークの横にある数字が、見る見るうちに増えていく。

 絵鳩はそれを見てスマホの画面を消した。

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