第11話 まとめサイトで紹介されました。
皆さんは、ダンジョンでガムを捨てたことがあるだろうか?
――ガム。その歴史は古い。
ダンジョン内で、初めてガムが発見されたのは、約八〇〇〇年前のことだ。
自身もダイバーである考古学者、ウォームズリー・ゴードン氏の著書『ダンジョン起源』によれば、スウェーデン王国のオールスト島にある、小さなダンジョンに発生したリュゼルパイソン(リュゼヌルゴスの祖先とされている)が吐いた粘体を『ガム』と呼んだのが始まりとされている。
さて、モンスが生成するガムは、我々の知るガムとはその性質が違う。
モンスの粘体は自然分解されるが、我々が馴染みの深いガムは分解されることはない。誰かが掃除するまで存在し続け、やがて、それはタール状の物質と変化して、二階の岩にへばりついたガムを掃除する俺のような管理者を悩ませ続けるのだ。
「ったく誰だよクソッ、なかなか取れない……」
ガムと格闘して無事処理を終えた俺は、一階へ戻ると目を疑った。
「えっ!? オ、オムライス!?」
全身に赤い蝋のような物をつけたラキモンが、ヨロヨロとこちらへ向かってくる。
「ダ、ダンちゃん……」
慌てて駆け寄り
「ちょ、どうしたんだよ!?」
「へ、へびに……やられたラキ……」
「へび?」
力なく答えるラキモン。大分弱っているようだ。
俺は、指先で赤い粘体を少しつまんで確かめた。
……この赤い粘体はリュゼヌルゴスか?
ついに、俺のダンジョンにもそんな中堅モンスが?
おっと、そんな場合じゃなかった。
「よく無事だったなぁ」
「ラ、ラキ……」
ベッタベタに粘体が絡みついている。だが、リュゼヌルゴスの粘体ならば手はある。
デバイスから、自分のアイテムボックスへアクセスし、ケローネ油を取り出した。
天敵である蛇系モンスから身を護るために、フロッグ系モンスは粘体を溶かす油を分泌する。中でもケローネの油は即効性が高く、ダイバーの間でも必須アイテムとされているのだ。
「じっとしてろよ」
俺はケローネ油をラキモンの体に塗り込んでいく。
臭そうなイメージだが、ごま油のように香ばしい匂いがする。
「く、くすぐったいラキ……」
すぐに粘体が分解されて油に馴染んでいく。
最後に、濡らしたタオルで拭いて完了だ。
「これで大丈夫かな」
「ダ、ダンちゃん……助かったラキ」
クリっとした目をうるませて、ラキモンは俺の腕にしがみつく。
「わかったわかった。で、何でこんな事に?」
「十二階で遊んでいたら、こ~んな、おっきなへびに襲われたラキよ!」
ラキモンは精一杯背伸びをして身体を広げた。
「あんまりフロア移動してると危ないぞ? リュゼヌルゴスなんて話通じないからな」
「ラキ……」
特殊なモンスを除き、モンスは発生した階層から移動しない。
ラキモンは神出鬼没な特性があるので、ウロチョロしている事が多いのだ。
「まあ、元気出せよ。そうだ、これ食べるか?」
瘴気香をラキモンに見せると
「うっぴょーっ!! もう大丈夫ラキーっ!!」
ラキモンは瘴気香を咥えて、嬉しそうに飛び跳ねた。
「お、おう……」
本当に好きだな、瘴気香……。
そしてそのまま、何事もなかったようにダンジョンに戻っていく。
うーん、本当に大丈夫かよ……。
心なしかワントーン明るく見えるラキモンの後ろ姿。
その姿が見えなくなるまで見届けたあと、タオルと掃除道具を片付けた。
「ふぅ」
カウンター岩で、麦茶を入れて一息。
スマホを取り出して『さんダ』のサイトを開いた。
「あっ! 記事が載ってる!」
☆これは現代の秘境か!? それともオアシスか!? 紅小谷鈴音のダンジョンレポ☆
――今回は四国の香川県にあるD&Mダンジョンをレポート!!
風情のある獣道を進んでいくと、岩肌に苔や蔦の葉が絡み、良い雰囲気を出している洞窟が顔を見せる。ここが、今回取材で訪れたD&Mダンジョンだ。
業界最安クラスの入場500DP。
フロアは十五階層と比較的浅いが、そのバランスの取れた構成は必見。
まず、一、二階は、ヒカリゴケの幻想的な光がダイバーたちを出迎え、美しい光景を目にする事ができる。※カップルにオススメ。
そして、三階~五階はオーソドックスな洞窟タイプ、ここには管理者の心憎い演出があり(要チェック)、五階最深部にはマッドなGKが控えているぞ。
さらに、六階~十階は、ダイバー心をくすぐる迷宮タイプのフロアが広がり、床に散らばるスケルトンの骨が程よい退廃感を、小部屋の数も多くて好奇心をくすぐる。
十一階~十五階までは、様々なモンスが出現する密林タイプのフロアになっており、来るものを飽きさせない! これは諸君、見逃せないぞ!
おぉ、すごく褒めてくれてる!
これは、紅小谷にお礼を言わないとな。
すっかり満足して、他の記事にも目を通していると、スマホの画面にメッセージ通知がポップアップした。
お、リーダー曽根崎だ。
『おいおい、さんダ見たぞ! 凄いじゃん、アイツに教えてやったら顔真っ赤にしてたぞw』
アイツって多分、元上司の事だろう。
『ウケますね、そっちはどうですか?』
『うーん、暇だね。あ、夏休み取ったら一回そっちに遊びに行くよ』
『え、本当ですか? ぜひ! 楽しみにしてます』
『おう、じゃあラキモンによろしくなww』
あ、バレてたか。
さすがリーダー曽根崎、良くチェックしてらっしゃる。
『すみません、バレちゃいました?』
『大丈夫大丈夫、どうせ、他の奴がやろうとしても無理なんだし、気にすんなよ』
『そう言って貰えると気が楽です、じゃあ待ってますね!』
『おう、またな』
俺はスマホをカウンター岩の上に置き、考えを巡らせた。
知名度も上がるだろうし、そろそろイベントを……。
しかし暑いな……。ん?
夏といえば海。
海といえば水着回……?
だが、ダンジョン一筋の俺には無用の長物、女の水着になど興味はないっ!
男なら……そう、キャンプだ!!!
ダイバーたちに参加を募って、一日貸切でダンジョンキャンプをやってはどうだろうか?
早速、俺はイベント内容の作成に入った。
訪れるダイバーたちの受付をこなしながら、合間でA4用紙にアイデアを書き留めていく。
というわけで、ジャジャーンッ!
11:00~ 余裕の11時集合、ダンジョン前で参加者確認。
12:30~ 各自に弁当を支給(うどんは禁止)GKを皆で狩る。
14:00~ 迷宮で宝探し、一番に見つけた人に特典。(あとで決める)
16:00~ 密林で食料調達、武器の見せ合いなど交流を深める。
17:00~ 皆でBBQ、後片付けをして終了。
「なかなか良いんじゃん?」
参加費は3000DP、いや高いか……2000DPなら大丈夫かな?
何人来るかが問題だけど……。
「何をブツブツいってんの?」
ハッと声がした方を見ると、両手を腰にあてた紅小谷が、怪訝そうな顔で俺を見ていた。
「あ! 記事ありがとうございます! いやぁ、あんなに褒めて貰えるなんて……」
「礼なら、しおりさんに言うことね、ジョンジョン」
うつむき加減で、かぶりを振りながら言った。
「ジョ……、え? 何で母が……?」
紅小谷は、祈るように両手を組んで
「ああ、しおりさんは天才だわ!」と天を仰いだ。
「ど、どうしたんです?」
何だろうこの変わり様は……母が何かしたのだろうか?
「どうもこうも、しおりさんに『さんダ』のサーバーを見てもらったの。そしたら処理速度が倍以上になって、それはもう……感・激よ!」
「そ、そうだったんですか……」と、若干引き気味の俺。
すると、紅小谷は俺がアイデアを書いた紙を素早く手に取った。
「あ! ちょっと……」
「いいじゃない! えーっと何これ?」
「イベントをやろうと思って……」
紙を俺に向けてひらひらさせて、チチチと舌を鳴らす。
「これだからシロートは……。いい? イベントってのは大枠だけ決まってれば良いのよ。それに、この内容じゃ弱いし、夕方まで持たないわ」
「そ、そうっすか……」
俺は肩を落として、自分の不甲斐なさを痛感する。
そんな俺の様子を見た紅小谷は、やれやれと短く息を吐き
「あんたさぁ、目の前にプロがいるんだから任せなさいって」と片目を瞑る。
「べ、紅小谷さん!」
「これは、しおりさんへのお礼でもあるんだから、ちゃんと言っといてよね!」
と、俺に念を押した。
「はい、ちゃんと伝えます! で、具体的に何かいい方法が?」
紅小谷はふっと笑い
「何が起きるかわからないから面白いのよ、ダンジョンは! 私が手本を見せてあげるわ!」
――数日後。
紅小谷から一通のメールが届いた。
【タイトル】
☆★魔夏のD&Mキャンプナイト★☆
【サブタイトル】
~ダンジョンに隠れたヴァンパイアを倒そう~
【イベント内容】
全十五階層のダンジョンの何処かにイベントボス・ヴァンパイアが出現!
(これはあんたが用意しなさい)
まさかのヴァンパイアの力が最も上がる満月の夜に開催!!
(次の満月は三日後だから、すぐに告知をしなさいよ)
ボス討伐後には、皆でBBQ・花火も!
(BBQ、花火も用意しておくこと)
参加費……お一人様3000DP。
「うーむ、流石はプロ」
しかし、ヴァンパイアとなるとかなりのDPが……。
いや、ここは勝負だ!
これが成功すれば、ウチを気に入ってくれるダイバーも増えるだろうし。
「よしっ!」
俺はデバイスから協会サイトへアクセスをして、告知内容を入力する。
これは楽しみだぞ、へへへ。
そして、入力後にヴァンパイアのDPを調べる。
「えーっと、ヴァンパイア~っと……」
・ヴァンパイア……250000DP
「ちょっ!!」
俺は慌てて紅小谷へ電話をする。
数回のコールが続き
『なんで直電なの? バカなの?』という怒りの声が聞こえた。
「あ、その本当すみません! 例のイベントなんですが……」
『何?』
「あのですね、ヴァンパイアの召喚DPが思ったより高いかなぁ、なんて……」
『はぁ(溜息)、いい? これは宣伝も兼ねてるの、まさか『さんダ』の、あの程度の記事で客が来るとでも思ってるわけ? そもそも、このイベントで儲けを出そうなんて考えてないの! このたわけっ!』
「は、はい!」
『ったく、すぐに回収できんだからビビってんじゃないわよ、もう』
「すみません……」
『じゃあもう、
「わかりました!」
――通話が切れる。
ああ、怒らせてしまった……。
折角、紅小谷が知恵を貸してくれているというのに。
だが、落ち込んではいられない。
すぐに行動しなければ!
デバイスを前に、深く息を吸い込み「よし」と気合を入れる。
そして、ヴァンパイアの召喚画面に行き「ええい!」と目を瞑ってタップした。
・ヴァンパイア・ロード……500000DP
チャリーン -500000DP。
「えーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?」
ちょちょちょちょちょっと、まってぇぇぇぇぇ!!??
チャリーンって額じゃねぇぞ!?
何で? 何で? ふぁ?
ちょ……えっ!?
うそだろぉぉぉぉーーーー!!!
デバイスの 画面が滲む ダンジョンの夜。
ああ、悲しきかな、悲しきかな。
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