第179話 全ては裏目に

「おはようございまーす」

「ああ、お、おはよー!」


 花さんが白い息を吐きながら出勤してきた。

 ほっぺと鼻先が、ほんのりピンク色になっている。

 

 ダウンジャケットは珍しいな。

 いつもはお洒落なコートを羽織ってるけど、まあ今日はかなり冷えるからな……。

 

 インナーはゆったりとしたニットで、下はデニムに白いスニーカーだ。

 荷物と上着をロッカーにしまい、エプロンをつけてカウンター岩にくる。


「さむいですねぇ~……うぅ」


 目を細めて両手を口元に当てる。

 か、かわいい……。


「掃除の前に、あったかい珈琲でも飲む?」

「いいんですか? やったぁ!」


 花さんはへへへと笑いながら、ちょこんとカウンター岩の椅子に腰掛けた。

 両手で頬杖を付き、俺が珈琲を淹れるところを見ている。


「良い匂いですねぇ……」

「お、俺の体臭かなっ! ……って、そんなわけないかーっ!」


「……ジョーンさん? 何かあったんですか?」

「い、いや、別に……」


 くそっ! 全然、ウケねぇ!

 いや、でも、あのおじさんも面白くなくて良いって言ってたもんな……。

 こういうのは数撃ちゃ当たるってもんだ、気持ちで負けちゃ駄目だ!


「そういや、大学はどう?」

「んー、いまは特に代わり映えしないかなーって」

「そ、そっか」


「…………」

「さ、さむいなぁー……」


 うぅ……キャッチボールできねぇ……!

 自分のボキャブラリーの無さに吐き気がするわ!

 内心でのたうち回っているうちに、珈琲が入った。


「どうぞー」

「わぁい、ありがとうございま~す」


 美味しそうに珈琲を飲む花さん。

 むぅ……どうすれば会話が弾むのか……。

 豆の産地とか言えば良いのか?


 デバイスでフロアのチェックをしながら、何を話そうかと考えていると、花さんが「ごちそうさまです、さぁーて、頑張ります!」と、掃除を始めてしまった。


「あ、ジョーンさんここの岩、少し欠けちゃってます」

「え? あ、ほんとだー、んこっちゃない、岩だけに欠けちゃってるねっ! ……っていうか、そのままで大丈夫です……」


 ヤバい、死ぬかと思った!

 花さんってあんな目できるんだ……。


 朝の開店作業も終わり、お客さんが来るまでの間、のんびりとした時間を過ごす。


 ああ、今チャンスなんだけどなぁ……。

 花さんはタブレットデバイスで楽しそうにモンスを観察している。


「うわぁ、バルプーニがドラミングしてますよ!」


 バルプーニは巨大な猿みたいな猛獣タイプのモンスだ。ちなみに間近でドラミングをされると鼓膜が損傷する恐れがある。


 ――ここだ!


「ウホッウホッ! ウホホホーーーッ!」


 ドドドドドドドドド……!!

 俺は思いっきり胸を叩いて真似をしてみせた。

 が、本気で叩きすぎてせてしまう。


「オホッ、オホオホッ……! ろ、肋骨が……」

「ちょ、ジョーンさん、大丈夫ですか⁉」

「ご、ごめん、大丈夫だから、はは……」

「……」


 駄目だ、全てが裏目に出てしまう!


 それから営業が終わるまで、何度か起死回生のギャグをかましてみるが、結果は言わずもがな……。とりあえず、俺のことはそっとしておいて欲しい。



 * * *



 ――高松市内、とある喫茶店。


「ははは、それで俺に相談ってわけか」

「はい……」


「まあ、俺に聞いたのは正解だったな、こう見えて俺はで森保を落としたからな」

「えっ⁉ ほ、本当ですか⁉」


「おうよ、男、豪田に二言はねぇ」

「兄貴!」

「ははは、くすぐってぇよ。よし、俺のとっておきギャグを教えてやる」

「お、お願いします!」


「いいか……手をこうして……」

「はい……」

「そこで……」



 *



 ――次の日。


「おはよーございまーす」

「うーっ、ペンタゴン、大納言ーっ、おはよう、一青窈!」


「ジョーン……さん?」

「…………」



 *



 ――高松市内、とある喫茶店。


「もう! ぜんっぜん、だめじゃないですかっ!」


 豪田さんは苦笑いを浮かべる。


「まあまあ、落ち着けって、可笑しいな……ちゃんと手も付けたか?」

「はい、ちゃんとこう、すしざんまいっぽく……」


「ま、まあ、こういうのは慣れもあるからな、突然やっても驚きの方が勝つんじゃないのか?」

「たしかに……」


「でも、店長の場合は……ギャグは向いてねぇかもなぁ」

「そんなぁ……」



 *



 結局、豪田さんから得られるものはなく――

 俺は家に帰り、部屋で考えを巡らせていた。


 うーん、女性経験が豊富そうな人……。

 リーダーは俺以上に駄目なタイプだし……モーリーには全力でからかわれそうだ。


 丸井くんは……違うよな。

 となると……あの方に頼るしかあるまい。


「あ、もしもし矢鱈さん? いまって大丈夫ですか?」

『うん、大丈夫だけど、どうしたの?』


「実は……」


 俺は花さんとは明言せずに、女性と仲良くなる方法を尋ねた。


『へぇー、ジョーンくんからそんな相談を受けるとは思ってなかったよ』

「何か良い方法ないですかね……」


『うーん……じゃあ、こういうのはどうかな……』

「ふむふむ……」



 *



 ――次の日。


「おはようございまーす」

「おはようございま……シュッ!」


 俺は高速で髪を掻き上げた。


「ジョーンさん?」

「ん、何? どうかしたんで……シュッ?」


 歯を見せて笑い、筋肉を見せつけるようにポージングする。


「…………」

「シュッ?」



 *



 俺は泣きながら矢鱈さんに電話を掛けた。


「ひどいですよぉおおお! 絶対嫌われましたもん!」

『え、ええー……何かごめんね、あ、そうだ、紅小谷に相談してみればいいんじゃないかな?』


「紅小谷⁉」

 そ、そうだ、何で気づかなかったんだ!


『やっぱ女性のことは女性に聞かないとね』

「はい! ちょっと聞いてみます!」


『うん、じゃあ頑張って』

「はい、ありがとうございます!」



 *



「あ、もしもし紅小谷ー? 俺俺、ジョーンだけどー」

『何? 忙しいのよ』


 うぅっ、機嫌悪そう……。


「いや、そのぉー、女の子とどうやったら仲良くなれるかなぁ~なんて……」

『二度目はないわよ――』


「え、お……ちょ、紅小……谷さん?」


 駄目だ、切られてしまった。

 くそっ、これだけは避けたかったが……仕方あるまい。


 俺は絵鳩に電話を掛けた。


『え? マジですか……』

「お前、第一声おかしくない?」


『いやだって、直電してくるとか思わないじゃないですか……』

「あ、うん、まあ、それは謝る……。実は折り入って相談があってさ」


『ジョーンさんが? 私に? 冗談ですよね?』

「ちょ、酷くない?」


『まあ、いいですけど……相談って何ですか?』

「オホン、実はそのぉ……お、女の子と仲良くなる方法を教えて欲しいっていうか……」


『……』

「あれ? おーい、聞こえてる?」


『……あ、すみません、もう一回いいですか?』

「うん、女の子と仲良くなるにはどうすればいいのか知りたいんだよ」


『それ、女子高生の私に聞きます?』

「いや、気持ち悪いのはわかってる! ただ、紅小谷とかも忙しくて他に聞ける人がいないんだよ……ほんと悪いと思うけどさ、ちゃんとお礼はするから、お願いします!」


『……そもそも、女の子って広すぎません? 具体的な相手を教えてくれないと』

「あー、うん、それなぁ……ちょっと……」


『答えようが無いんで切りますね、見たいライブあるんで――んじゃ』

「わかった! わかったから待って!」


『……誰なんです?』

「は、はー、花……さんなんだけどさ……」


『身の程って知ってます?』

「ちょ、わ、わかってるよ、そりゃ向こうは頭も良いしモデルだし綺麗だし……」


『あの、山河大学の平子花って、もはやブランドですよ? ウチの高校にもファンがいるくらいなんで』

「そ、そんなに⁉」


『見ればわかるじゃないですか……あのルックス見て、普通だと思います? 普通じゃないですよね?』

「たしかに……」


 そうだ、慣れちゃってたけど、花さんってマジ綺麗だもんなぁ……。


『まあ、ジョーンさんの場合、話すチャンスはあるわけだから……あとはお洒落に気を遣ってみるとか……』

「オシャレ――!! それだっ! どういう格好が人気あるのかな?」


『んー……じゃあ、明日でもまっきーと学校の帰り寄りますよ』

「ほんとに⁉ よっしゃぁあああ! ありがとう! 絵鳩は良い奴だなぁー!」


『……もう、お礼はちゃんと用意してくださいね、んじゃ――』

「ああ、よろしくー!」


 ふぅ……よし、これでバッチリお洒落になった姿を見てもらえば……花さんも、きっと見直してくれるに違いないっ!

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