第180話 夜、ダンジョンにて

 約束通り、絵鳩と蒔田が顔を見せた。


「ジョーンさん、おつ」

「来たよー」

「おぉ、久しぶりだなー、元気だったか?」


 絵鳩は全く変わってなかったが、蒔田の方は少し髪が伸びて大人っぽくなっていた。

 蒔田はカウンター岩に肘を置き、

「ジョンジョーン……聞いたよぉ? 狙ってんだってぇ?」とニヤニヤする。

「ちょ、言い方!」


「「あははは!」」


 ったく、このコンビは……。


「まぁ……何だかんだほっとけないし、私達がプロデュースしてあげるよ」

「本当⁉ マジで助かるよ!」


 絵鳩と蒔田はジロジロと俺を見る。


「ねぇ、これ無くない?」

「うん、マジ無い、無理」

「あー、髪もだめかなぁ」


 二人に囲まれ、色々とダメ出しを食らい続ける俺……。


「そ、そんなに駄目?」


 蒔田はふぅ……っとため息をつき、憐れむような目で笑った。


「大丈夫、一緒にがんばろ?」

「その言い方やめろ! 何か、すっげー惨めなんだがっ!」


「もう、ジョーンさんって短気なんだから……じゃ、行こっか?」

「え? 行くって……どこに?」


「どこって、1000円カットと、ジユーかな。大丈夫、カットの指示は私達でやるんで」

「ちょ……今から⁉」


「別にわてら帰ってもええんやで?」

「ええんやで?」


「ふ、二人して言うなよ、わかった、行くからちょっと待ってて!」



 * * *



 ――翌日。


「うぅ……頭がスースーするなぁ……」


 ツーブロックでナチュラルセンターパートになった俺。

 白シャツにニットを重ねて、下はコーデュロイパンツという選択。


 二人が言うには、以前の1000万倍マシらしい。

 酷い話だが……元々ファッションには疎かったからなぁ。

 これで好印象になればいいんだが……。



「おはよーございまーす」

「あ、お、おはよう……」


 き、緊張する……し、心臓が痛い。


「あれ? 髪、切ったんですか?」

「う、うん……ちょっと伸びてたから……」


「何だか……ジョーンさんじゃないみたいですね」

「え⁉ へ、変かな?」

「あ、違いますよ、何か若々しいなって……」

「そ、そっか」


 花さんは仕事の用意をしながら、俺の洋服をチラチラ見ている。

 うぅ……生きた心地がしねぇ……やっぱ背伸びするんじゃなかった!


「あの……、もしかして洋服も買いました?」

「わ、わかる? へへ、どうかな……?」


「……何かいつもと趣味が違うなぁって」

「うん、ネット見て……」

「そうなんですね……」


 何か反応が悪いなぁ……。

 やっぱ俺には似合わないのかな。


 結局その日は、あまり会話も弾まないまま、閉店を迎えた。



「お疲れ様でしたー」

「うん、お疲れさまー」


 花さんがぺこりと頭を下げて帰って行く。


「はぁ……」


 俺はカウンター岩に突っ伏した。


「何やってんだろ俺……」


 仲良くなろうとして、普段より話せなくなったら意味ねぇし……。

 もう、背伸びするのは止めよう。

 どうやっても、俺は俺だもん……。


 ええい! くよくよするな!

 俺にはダンジョンがあるじゃないか!


 そうだ、最近メンテしてなかったもんな、今日は残って作業するか……。



 * * *



 最近のジョーンさんがおかしい……。

 やたらギャグ? みたいなことを言ってくるし、会話もぎこちないっていうか。


 今日は髪型と洋服まで変えてたし、やっぱり、彼女できたのかな……。


「はぁ……」


 あの髪も彼女の趣味?

 うーっ、それは嫌だなぁ……全然、前の方が良いのにっ!


 私は獣道を下り、兄の車に乗る。


「おつかれさん」

「うん、おつかれ」


「どうした、花? 何かあったのか?」

「別に」


「……そ、そっか、今日は花の好きなハンバーグだって兄貴が言ってたぞ」

「ふーん」


「やっぱ、何かあった?」

「……何もないってば」


 兄に当たっても意味ないってわかってるんだけど、つい当たってしまう。

 家に着き、私は先に車を降りた。


「ありがとう」


 家に入り、まっすぐ自分の部屋に向かった。

 部屋に入り、ベッドに横になる。


「はぁ……何かもやもやするなぁ……」


 デスワームの抱きぐるみを持ち上げ、手でぐにぐにと揉む。


「ていうか、あの洋服選んだの誰よ? むかつく……」


 私ならもっと似合う服選んであげるのに……。


「あ~あ、つまんないな~」


 スマホをバッグから取り出そうとする。

 が、どこにもスマホがなかった――。


「やばっ⁉ え⁉ 落とした?」


 記憶を辿ると、D&Mの棚に置いたのを思い出す。


「うわ、どうしよう……」


 時計を見る。

 あー、もうこの時間じゃ家に帰っちゃってるよね……。


 でも、明日学校あるしなぁ……。

 仕方ない、ジョーンさんには悪いけど、お願いしてスマホを取らせてもらおう。


 私は洗面所で髪を直して、急いで玄関に向かう。


「おい花? どこ行くんだ? ハンバーグ焼けたぞ?」

「ごめん、先に食べてて! 忘れ物しちゃったからD&M行ってくる!」


「ちょ、車出してやるから待てよ」

「大丈夫、自転車で行ってくるから」


「あ、おい、花!」


 外に出て自分の自転車に乗って、私はジョーンさんの家に向かった。



 *



 大きな駐車場に入り、ジョーンさんの部屋を見上げる。


「あれ? 電気消えてる……」


 下でごはん食べてるのかな?

 自転車を降りて、私は玄関の扉を開けて声を掛けた。


「ごめんくださーい……夜分遅くにすみません……」


 居間からジョーンさんのお爺さんが顔を出した。


「おぉ、花さんか、どしたんな?」

「あの、ジョーンさんは……」


「ジョーンはまだ帰っとらんと思うで、ちょっと待ってや」

 お爺さんは居間に向かって、

「陽子ぉー、ジョーンは帰っとんか?」と声を上げた。


 すると、居間から綺麗な女性がひょこっと顔を見せる。


「あらまぁ、ジョーンくんもやるわねぇ。ふふ、まだ帰ってきてないですよ、多分、ダンジョンにいるんじゃないかしら」

「ほな、ちょっと行ってみな。おらんかったら部屋で待っとってもええからの」

「ありがとうございます、じゃあ、ちょっと行ってみますね」

「はいはい~気いつけての」


 二人に頭を下げ、私はダンジョンに向かった。


 獣道を上がって行くと、まだフェンスが開いている。

 やっぱり、まだ仕事してるんだ……。


 別にやましいことは無いのだが、何となく足音を立てないようにしてダンジョンに近づく。


 入り口からオレンジ色の灯りが漏れている。

 そっと中を覗くと、ツナギに着替えたジョーンさんが、欠けた岩を補修しているのが見えた。


 すごく楽しそうな横顔……。

 夢中になっているのがわかる。


 カウンター岩に置いたノートに何か書き込んでいる。

 あ、何か考えてる時の顔だ。

 そうやってる姿が格好いいのになぁ……。


 パキッと木枝を踏み割る音が響いた。

 ジョーンさんと目が合う。


「あ、あれ⁉ 花さん⁉」


 私は慌てて中に入り、

「すみません、スマホ忘れちゃって……お爺さんに聞いたらダンジョンだって言ってたので」と説明する。


「あ、そうだったんだ、びっくりしたー。へへへ」

「こんな遅くまで仕事ですか?」


「ん? あ、いや……軽くやるつもりだったんだけど、つい……」

「改装でもするのかと」

「あ、そうそう、このフロアをさ、こことここをこう繋げて……どう?」


 ジョーンさんが私にノートを見せてくれる。

 そこにはフロアの地図が描かれていた。


「あ~なるほど、いいですね、これなら導線もはっきりしてますし」

「ホント⁉ どうしよっかなぁ~、次のイベントと絡めて……いや、普通にやっちゃうかな……あ、何か飲んでく?」

「え? いいんですか?」


「うん、えっとね、紅茶があるからミルクティーもできるよ」

「じゃあミルクティーで!」


「はーい、ちょっと待っててね」


 カウンター岩の椅子に座って、私は手際よく紅茶を淹れるジョーンさんを眺める。

 使い込まれたノート、棚に飾られたダンジョロイド、モンス石けん、ここは……ジョーンさんの『好き』でいっぱいだ。


「はい、熱いから気を付けて」

「わぁー、ありがとうございます」


 あったかくて甘い……。

 ジョーンさんがペラペラとノートをめくって私の前に広げた。


「あの、ごめんね、ちょっと聞きたかったんだけどさ、この場合のアンデッド比率って、モンス・コア・アレンジメントだとどうなるのかな? ネット見たんだけど良くわからなくて……」

「ああ、迷宮タイプですよね……えっと、この場合だとアンデッド1に対して、植物系なら0.3、魔獣系なら0.2の割合を目安に投入するのが基本ですね、現状で考えるとスケルトンが52体いたはずですから、植物系15体もあれば安定するはずですよ」


「え、じゃあ、魔獣系はやめておいた方が無難?」

「いや、その方向なら……」


「え、じゃあ……」

「あはは、でもそれは……」


「……」


 ジョーンさんと楽しいダンジョン談義は続いた。

 ああ、この時間がずっと続けばいいのにな……。


 でも、楽しい時間が終わるのは早い。


「花ぁあああーーーーーっ!! 大丈夫か⁉」

「……え? お兄ちゃん?」


 汗だくの兄が息を切らせて駆け込んできた。


「はぁはぁ……ずっと電話してるのに出ないから……何かあったのかと……」

「あ、ごめん、マナーモードになってた」


「ほら、もう遅いし帰ろう、ジョーンさんもすみませんね、遅くまで……」

「いえ、僕の方こそ呼び止めちゃって……」


「もう、お兄ちゃんは過保護すぎるのよ!」

「だって、ほら、最近は何かと物騒だし……」


 兄に悪気がないのはわかる。

 心配してくれるのはありがたいと思うけど……。

 あ、でも、もうこんな時間か……ジョーンさんにも悪いよね。


「すみませんジョーンさん、遅くまでありがとうございます。あの、ミルクティーごちそうさまでした……」

「ああ、いいよいいよ、気にしないで。じゃ、また明日よろしくね」


「はい! また明日!」


 ジョーンさんにおやすみなさいと言って、ダンジョンを後にする。


「明日か……ふふっ」

「どうしたの?」

「ううん、何でもなーい」


 明日という響きに、何だか胸があたたかくなった。

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