第148話 某大手のオネイロス編⑦ 営業(前)
――アンダー・グラウンドB区画、最深部。
「とぉっ! それにしても、ジョンジョンも大人になったもんね」
「ギィッ!」
紅小谷がティッククラックを切り裂いた。
ティッククラックは黒いアヒル型のモンスで、秒速で噛みついてくる事からその名が付いた。
真っ赤な嘴を鳴らすクラッタリングは、威嚇用と求愛用で使い分けているらしい。
ちなみに、威嚇用はkkkkkkkkkkkと連続するのに対し、求愛用はkkkkk-kkkkk-kkkkkと、五回刻みになっている。
「そうだねぇ、僕も何だか誇らしいよ」
「グガァッ!」
ティッククラックをなぎ払いながら、矢鱈さんが答えた。
「い、いやぁ~、それほどでも」
こんなに褒められるとは思ってなかった。
何だか照れるなぁ……。
「ま、元が子供すぎたってことだわね」
「ちょ……」
「おや、そろそろB区画も終点みたいだね」
矢鱈さんがC区画へ続く大階段を剣先で指し示す。
「どうします?」
「んー、まあ僕はもう堪能したかな」
「私も記事が書けるくらいは楽しんだわ」
そうだな……、俺もいいかな。
結局の所、オネイロスシステムはインターフェイスの改革であって、ダイブの本質が変わるわけでは無いことがわかった。
ただ、装備をリアルタイムで変更できたり、アイテムの出し入れ、初見モンスのデータなど初心者からプロまで有用な事には間違いない。
後は、これにどう立ち向かうかだよなぁ……。
「じゃあ、そろそろ戻ります?」
「そうだね」
「おっけー」
来た道を戻っていると、別のダイバー達と遭遇した。
二人組の男の人で、見た感じ社会人っぽい。
さっきの輩達とは正反対だ。
「どうもー」
向こうが先に挨拶をしてきてくれた。
「どうもこんにちは、いやぁ、オネイロスどうですか?」
俺はすかさず情報収集する。
こういう生の声に勝る情報はない。
二人は顔を見合わせた後、痩せている方の人が、
「うーん、俺は使えるなぁって思う時と、ちょっと邪魔かなって思う時と半々くらいかな」と答えてくれた。
「へぇ、なるほど、確かに装備替えとか便利ですよね?」
「あー、わかる! 相手の弱点に合わせて武器交換できるのはかなりデカいと思うよ、下手すると難易度変わるね」
「うん、確かに!」
やはり皆、思うところは似ているな。
「でも、オネイロスも時間の問題じゃね?」
「え……?」
「あ、俺、エンジニアやってんだけど、もう業界じゃオネイロスと同等のデバイスの開発が進んでるんだよ」
「そうなのっ⁉」
紅小谷が驚きの声を上げる。
「あ、あぁ、あのグリモワール社も近々発表ってIR出してたし、今は狙ってるベンチャーが多いんじゃないかな」
「……ふぅん、ありがとう、良い話を聞いたわ」
「いや、別にいいよ、じゃあな」
二人は手を上げて奥へ向かって行く。
「ありがとー」
「気を付けてー」
一階へ戻りながら考える。
さっきの話からすると、これから続々と新型デバイスが発表されるってことだよな……。
これはチャンスなのか? それとも……。
*
一階に戻ると、石原さんが駆け寄って来た。
「お疲れ様でした」
「ああ、どうも」
「お疲れ様」
俺と矢鱈さんが挨拶を返す。
後ろから来た紅小谷を見て、石原さんが緊張した様子で姿勢を正した。
「あの、お疲れ様でした!」
「おつかれー」
紅小谷は気にせず、笑顔を見せている。
ふぅ……見ているこっちがヒヤヒヤするし。
少しお茶を飲んで休憩した後、俺達はアンダーグラウンドを出ようと立ち上がる。
すると出口で石原さんが待っていた。
「あら」
「あの……紅小谷さん、今日は本当に失礼をいたしました!」
ガバッと頭を下げる。
「はい、この件はこれで終わり。もう謝ったりしないでね」
「ありがとうございます、あとこちら関係者用の資料です。良かったらさんダの記事にでも使っていただければ! あ、上司の許可は取ってますので」
「へぇ、じゃあ、ありがたく頂戴するわね」
「はい! では、またよろしくお願いします」
石原さんに見送られながら、俺達は新宿駅に向かった。
「さあ……どうしようか?」
「そうねぇ……この辺何かあったっけ」
紅小谷はスマホを見ている。
「あ、あのー、俺、ここで別れてもいいですか?」
「どうしたの?」
二人はきょとんとした顔で俺を見た。
「そのー、ちょっと寄りたいところがあって……」
「ちょっとジョンジョン、さては……」
「紅小谷」
矢鱈さんが紅小谷の言葉を遮る。
「いいよ、帰りの交通費は大丈夫?」
「あ、はい! それは大丈夫です!」
「うん、じゃあここで。無理はしないようにね」
「ちょっと何よ~!」
「ほら、いいからいいから」
不満げな紅小谷を矢鱈さんが連れて行く。
「矢鱈さん、ありがとうございます! 紅小谷もまたな~!」
二人に手を振り、俺は新宿の西口に向かった。
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