第149話 某大手のオネイロス編⑧ 営業(後)

 ――新宿西口小田急ハルク前。

 いやぁ、久しぶりに来たけど、相変わらずの人混みだな……。


 行き交う人をすり抜け、壁際に避けてスマホを取り出す。

 さてと……。


 これから俺は、デバイスを開発している会社に、片っ端から営業をするつもりだ。

 まあ、こっちは地方の零細ダンジョン、相手にされるとは思っていない。

 だが、万が一にも導入させてくれる会社があるかも知れない。

 ならばやってみる価値はあるはずだ。


 SNSでもそれらしいベンチャーが無いか探し、ある程度ピックアップできたので、早速営業を開始した。


 ――一社目。

「申し訳ございません、ただいま担当は席を外しております、改めてアポイントメントをお取りいただけますでしょうか」


 ――二社目。

「あー、申し訳ないですね、ウチは法人じゃないと……」


 ――三社目。

「へぇ、お若いのにご自分で? いやぁ、大したもんだ! じゃ、また機会があれば、どうも-!」


 ――四社目。

「申し訳ございませんが、ご期待に添えかねます」


 ――五社目。

「ふーん、香川ねぇ、あ、うどんの。そうっすねぇ、一般流通始まったらまた連絡くださいよ」


 ――六社目。

「あー、ウチ個人はやってないんですよ、はい、どうもー」


 ――七社目。

「まだ開発段階なんでなんとも……」


 ――八社目。

「んー、東京ならねー、申し訳ない!」


 ――九社目。

「え? SNSを見た? いまちょっと立て込んでてねー、また出直して貰える? ごめんねー」


 ――十社目。

「良い話だとは思うんですけどねー、香川となると、ちょっとコストが掛かりますからねー、うん、今回はご縁がなかったと言うことで……」



 気付くと、外はもう真っ暗になっていた。


「はあ……お腹空いたな」


 やっぱり駄目かぁ……。

 何だかんだ言っても、法人成りしてない個人事業主じゃ相手にされないか……。


 いかん、お腹が空いて弱気になっている。

 飯でも食って元気だそうっと……。


 何がいいかな?

 お?


「雲呑麺か……」


 赤い店構えで、大きく雲呑麺の写真が飾ってあった。

 値段も手頃だし、たまにはうどん以外も食べないとな。


「ぃらっしゃいめせー! お一人さまで?」

「はい」


「どっぞぉー! 奥でっす!」


 元気の良い店員さんに案内されてテーブル席に座る。

 ふぅ……足がパンパンだ……。


「雲呑麺で」

「あいよ! ワンタンいっちょー!」


 店内は活気があり、サラリーマンから若いカップルまで色んな人達で賑わっていた。


 この後どうしよう……。

 もう、回れるところは殆ど回ったし、会社も終わる時間か。

 初めから駄目元ではあったけど、こうも撃沈すると精神的に辛いものがある。


「雲呑麺おまちぃ!」

「ありがとうございまーす」


 うほぉ……良い匂い!

 思ったよりもボリュームあるし、本当にこの値段でいいのかな?


 雲呑をレンゲに乗せ、ふーふーと冷ましながらかぶりつく。


「はふ……はふ……」


 う、うまい……!

 雲呑ってこんなに美味かったっけ?

 一瞬だけど、うどんの事を忘れてたし!


「いや! だから、デモで良いんで一度試させてください、え、いや、そこを何とか……あ」


 隣のテーブルのビジネスマン風の若い男がスマホを置いて、大きなため息を吐く。

 だが、その悔しそうな表情には思い詰めた感じも無く、むしろ、生き生きとした印象を受けた。


 うーん、商談? 皆大変そうだな……。

 俺もがんばらなきゃ。


 しかし、この雲呑、うめぇな。


「あー、もしもし、俺、あぁ、駄目だった。すまん、もう何件か当たって……、ああ、オネイロスの状況見てからそっち戻るよ、はいー」


 お、オネイロス⁉

 もしかして、この人……。


 でも、突然声掛けるのも……。

 

 ――いや! ビビるな!

 ここで、一歩を踏み出すんだ!


 じゃなきゃ、一生後悔するぞ!

 俺は必死に自分を奮い立たせた。


「あ、あのー、すみません……」

「え? 私ですか?」

 男はキョロキョロと周りを見た。


「あ、はい、実はちょっと会話が聞こえてしまって……、その、僕は香川でダンジョンを経営しているのですが……」

「えっ⁉ ダンジョンを⁉」


 男が勢いよく立ち上がり、雲呑麺のスープが少しだけこぼれた。

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