叔父さんのダンジョン編

第199話 叔父さんのダンジョン

Circle Pitサークルピット主催のイベントから、はや三ヶ月が経とうとしていた。


予想通りというべきか、ニコラスさんの提案『Brave New World Link』は業界に大きな波紋を呼んだ。


コアの移設が容易になる――、それは革命に近いインパクトを持つ。


イベント翌日の株式市場では、ダンジョン関連銘柄は軒並み暴騰を見せ、先導株であるダンクロ・ホールディングスは連日のS高となった。


それに伴い、実体経済の面でも大きな動きがあった。


赤蟻深淵集団レッド・アントと呼ばれる外資系企業が、日本のダンジョン市場に本格参入を決定。資本力に物を言わせ、中堅どころのダンジョン企業に対し、片っ端から敵対的TOBを仕掛けていた。


その強引な手法に、国内外から批判の声が上がっていたが、赤蟻深淵集団レッド・アントCCO、王民明ワン・ミンメイは、「あくまで商法上認められた行動であり、何ら問題はない」と会見している。

*CCO……最高顧客責任者


そんなこんなで、世間は大変賑わっているのだが……。

俺はと言えば、当然、そんな大波ビッグウェーブに乗る度胸もなく、地道にダンジョン経営を続けている。


「えっと……染め物の準備はOKっと」


あとは、トイレの備品もチェックしておかないとな……。


――ブブブブ……。


ん? 誰だろう?

ポケットの中でスマホが震える。


取り出して表示を見ると、電話は母さんからだった。


『ジョーン? いまお店?』

「うん、そうだけど……」


『あのさぁ、あんたタケオ叔父さん覚えてる?』

「えー……っと、あ! もしかして、毎年クワガタくれてた人?」


『そうそう、クワガタの叔父さん、でね? 叔父さんがあんたに相談したいことがあるっていうのよ』

「お、俺に⁉」


いくら親戚と言っても、小さい頃の話だし……クワガタのインパクトが強くて、叔父さんのことは顔も覚えていない。


『まあ、どうせ大した相談じゃないと思うから。ジョーン、叔父さんのとこ覚えてる?』

「たしか、峰山の方だよね?」

『そ、今日のお昼に行かせるって言ってあるから、悪いけど頼まれてくれない?』


「ちょ⁉ そんな急に言われても……」


『ごめん、ほら、いまCircle Pitサークルピットの件でこっちも大変なのよ……だから、ジョーンには悪いんだけど、叔父さんを助けると思って、ね? じゃ、よろしく~』


「あっ……! ったく、いっつもこれだもんなぁ……」


まあ、叔父さんにはクワガタもらった恩もあるもんなぁ。

今日は昼までにして、叔父さんのところに行ってみるか。

やれやれ……。



 * * *



俺は原付に乗って、峰山の叔父の家へと向かった。


「たしかこの辺だったと……」


辺りを見回していると、駐車場のところで手を振る男性の姿が見えた。


「あ、たぶんあの人だ……」


顔はハッキリと思い出せないが、直感的に叔父さんだとわかった。

俺は原付を駐車場に停めて、叔父さんの元へ向かう。


「こんにちはー」

「やあやあ、ジョーン……くん?」


叔父さんは恐る恐るといった感じで俺の顔を伺う。


「あ、はい、そうです、ジョーンです。お久しぶりです」

『いやぁ~……おおきぃなってもうて……何食うとんな自分、えぇ?』


(訳:やあ、久しぶりだね。立派になって見違えたよ)


「いやいや、母さんから聞いて来たんですけど、何か僕に相談があるとか?」

『そうなんよ~、ほら、ここやとあれやけん、そこの喫茶店いくな?』


(訳:そうなんだよ、でもここだと何だし、そこの喫茶店に入ろうか?)


俺は叔父さんに誘われ、喫茶店に入った。

叔父さんはアイスコーヒーを二つ頼み、大きくため息をついた。


『ほんま、どうしょうか思て……嫁はんと子供、出てってもうたし、ダンジョンやって、買うたんはええけどおっちゃんには荷が重ぅてなぁ……何やねんデバイスっちゅうて……わけわからんわ』


(訳:本当、大変でね。家族にも愛想尽かされてしまって、ダンジョンを買ったものの、私にはとてもじゃないけど管理ができないんだ)


「ちょ、叔父さん……あの、もうちょっと経緯というか、何がどうなってるか教えてくれないと……」


『ああ、ほぅか、そらそうやわな。何から説明したらええんか……ジョーンくん、おっちゃんが虫好きなん知っとるやろ?』


「ああ、はい。毎年クワガタくれてましたもんね」


『おぉ! 覚えとんな⁉ あれはええクワやでぇ……いや、それはどうでもええわ。そう、虫好っきゃろ? それがエスカレートしてもうて……5年前かのぉ、こんまいダンジョン買うたんよ、虫がぎょうさん出るゆうけん』


(訳:覚えてくれてたんだね。あれは良いクワガタだったよね。いや、それよりも叔父さんは虫好きでしょ? だからそれがエスカレートして、五年前に小さなダンジョンを買ったんだ。何でも虫が出るって話だったから)


「虫が出る?」

『そやで、虫系モンスしか出んダンジョンや』


「珍しいですね……」

『そうなん? おっちゃん、詳しいことわからんけど、たしかに中で虫しか見てないわ……』


虫系特化のダンジョンか。

上手くやれば流行りそうだけどなぁ……。

ただ、虫系モンスは比較的討伐難易度が高くて、個体数も多い傾向がある。

相性も難しそうだし、なかなか一筋縄ではいかないだろうな。


『ほんだけん、ダンジョンに入り浸るようになってしもてな……気ぃついたら実家がもぬけの殻や、じょんならんでホンマ……』

(訳:それでダンジョンに入り浸るようになって、気付いたら実家に誰もいなくなってしまった。やりきれないよ)


「……でも、経営されてたんなら」

『あー、ちゃうちゃう、ちゃうで! おっちゃんの完全趣味や、趣味でやっとったんよ』と、叔父さんが被せるように言った。


「そうなんですか⁉ それは……なんとも……」

『だけん、ジョーンくん、おっちゃん、もう虫やめよう思て。一人は嫌なんよ……。ホンマこんな無理言うてごめんやけど……おっちゃんのダンジョン、もろてくれん?』


(訳:だからジョーンくん、叔父さんはもう虫は卒業する。無理を言って悪いんだけど、叔父さんのダンジョンをもらってくれないか?)


「え……?」

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