第200話 見に行くことになりました。
まてまて、ちょっと、叔父さんが何言ってるかわからないぞ……。
いったん整理してみよう。
今日の朝、母さんから連絡があった。
何でも、小さい頃、毎年クワガタをくれてた叔父さんが、俺に相談があると言う。
んで、久しぶりに叔父さんと会ってみたら、虫好きの趣味が高じて、虫系に特化した小さなダンジョンを買ったらしい。
そして、そのダンジョンに入り浸ったせいで、奥さんとお子さんが家から出て行ってしまったと……。
しかも、叔父さんは、俺にそのダンジョンを譲りたいと言っている。
目の前でアイスコーヒーをストローで混ぜた後、なぜかストローを使わずにそのまま飲む叔父さんを見ながら、俺はどうしたものかと答えあぐねていた。
「ちょっと突然すぎて……何て言うか……」
「わかる! わかるでジョーンくんの気持ちは、おっちゃん、ようわかるっ! でもな、ジョーンくんなら身内やし……ちゃんと、実家も継いで経営しとるから安心や。ほんで姉ちゃんもおるやろ? そんなら鉄板で安心やん?」
うーん、叔父さんは母さんに絶対の信頼を持ってるのか……。
あまり、母さんからそういう話は聞いたことがないけど、なんとなく力関係が想像できるな……。
「でも、さすがにもらうっていうのは……」
「かまんかまん! 遠慮せんとって! もう、おっちゃん虫は卒業よ、後は年イチくらいでチョロ~ッと顔出せたらええんよ! なっ? このとおりっ!」
両手を合わせて俺を拝む。
叔父さん、それ、卒業してませんが……。
「費用的な問題もあると思いますし……」
「あぁ、それなんええけん、元々、ツレの不動産屋が処分に困っとったんを虫が出るゆうたけんタダ同然で買うたんや。営業もしとらんし、払ろとん固定資産税くらいやで。ほだけん、そのままもろてくれたら万々歳や!」
「うぅん……」
虫系特化ダンジョンか……。
興味はある。
でも、俺にそんなマニアックなダンジョンを管理できるんだろうか……。
「うぅっ……ジョーンくんがもろてくれんかったら……もう、おっちゃん首つるしかないけん……うぅっ……最後に一目、娘に会いたかったわ……うぅ……」
急に叔父さんが泣き始めた。
「ちょ! 叔父さん、勘弁してくださいよ! さすがに大袈裟ですって!」
俺が言うと、叔父さんはケロっとした顔に戻った。
「あ、ほんま? まぁ……こんくらい切羽詰まっとるっちゅう話やな」
「はあ……」
「ジョーンくんが大変なんはわかる! 二つも四つも六つもダンジョン見るゆうたらしんどいやろうしな……。でも、ホンマこんまいダンジョンやけん、そんな手間かからんと思うんよ。そや、あれやったら、いまからちょっと見にいかん?」
「……近いんですか?」
「うん、すぐそこやで」
「……じゃあ、ちょっと見るだけなら」
「よっしゃ! ほないこか、おっちゃんの車乗っていきー」
「あ、すみません、ありがとうございます」
叔父さんは伝票を持って、俺の分も会計をすませてくれた。
「あの、いいんですか?」
「え! 何よん普通やん!」
「じゃあ、ありがたく……ごちそうさまです」
「どしたん? 東京に魂売ったんちゃうの? 身内でそんな遠慮せんでええよ」
「は、はあ……」
うーん、小さい頃からのブランクが長すぎて、どうも距離感が掴めない……。
身内って言われても、初対面のおじさんって方がしっくりくるもんなぁ。
「乗って乗って」
「あ、はい……えっ⁉」
叔父さんの車には、
『害虫駆除ならコロッと簡単、実績と信頼のバグズクリーン壇にお任せを!』
と書かれていた。
しかも、車体はカブトムシカラーで、丸みを帯びたボディに改造してある。
「どしたん?」
いやいや、どしたん? じゃねぇし……。
虫好きなのに……いや、虫好きだからこそなのか?
叔父さんという人がわからないまま、俺は助手席に乗り込んだ。
「いてっ⁉」
お尻に何か刺さる。
見ると、クワガタのフィギュアだった。
「ああ、ごめんな、仕事道具出しっぱなしやったわぁ~、ははは……」
叔父さんは慌てて昆虫フィギュアを後部座席に放り投げた。
「さ、いこか?」
「はい……」
車が駐車場を出る。
さてさて、どんなダンジョンなんだろう……。
なんだかんだ言っても、やっぱり気になるよなぁ。
虫系ってことは、武器の素材的には美味しいかも?
甲虫系は軽くて頑丈な武器に加工しやすいから人気もあるし……。
「ついたで」
「えっ⁉ はやっ!」
まだ、5分も経ってないんだがっ!
「そう? ジョーンくんは変なこと気にするなぁ」
「……」
田舎あるあるか……。
どんな近場でも車で移動するもんな。
叔父さんと車を降りる。
そこは、ただの道沿いにある空き地に見えた。
「この奥やけん、ついてきて」
叔父さんが草をかき分けると、石畳の細い道があった。
「へぇ……」
いいな、こういう雰囲気は好きだ。
叔父さんの後に続いて奥に入っていくと、小さな祠が建っていた。
土台が高く、ちょうど目線の高さにある。
俺がじっと見ていると、叔父さんが耳元で言った。
「ジョーンくん、これ壊したら……死ぬで」
「ひっ……⁉」
「わはは! 冗談、冗談、ただの飾りみたいなもんや。これ、防犯センサーの目隠しになっとんよ。最近、たち悪いん増えとるやろ? 念のため付けたんよ」
叔父さんが祠の扉をパカッと開き、俺に中の防犯センサーを見せた。
「そうだったんですか……」
「さ、ほいで、ここがおっちゃんのダンジョン『虫広場』や。おっちゃんはムシヒロ言うとる」
「ムシヒロ……!」
あえて何も言うまい……。
ジャラリと鍵束を取り出し、おっちゃんが錆びた鉄扉に掛けられた錠前を外した。
ギギギギギ……。
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