第99話 行動あるのみです。

 モニターを見ながら考えていると、お客さんがやって来た。

「すみませーん」

「あ、はい! いらっしゃいませー! すぐにご用意しますので」

 急いで指定された装備を用意し、ダイバー達を送り出すと、すぐにまた数人のグループがやって来て、ワイワイ言いながらダンジョンへ入っていく。


「ふぅ……」


 いい感じに来てくれてるなぁ。

 ぐるぐると肩を回し、軽く身体をほぐす。


「いてて……」


 最近、ちょっとだるい感じが続いてる。

 流石に少し疲れが溜まっちゃってんのかな……。

 ネット動画で見た僧帽筋をほぐすストレッチを試していると、表から花さんが戻ってきた。


「休憩いただきました、ありがとうございます」

「お疲れ様~」

「私、見てますので、良かったらジョーンさんもどうぞー」

 花さんがきゅっとエプロンを腰に巻いた。

 そうだな、タイミングも良さそうだし、俺もちょっともらうか。

「うん、じゃあ悪いけど、ちょっともらうね」

「はい、ごゆっくりー」


 俺は持参したおにぎりとお茶を持って、お客さんから見えないように、少し離れたところで休憩を取ることにした。

 大きくて平たい石の上に座り、おにぎりのラップを外して頬張る。


「うん、うまい!」


 丁度良い塩気が、米の甘みを引き立たせている。

 食感も少しパラっとした感じで、べちゃっとしていない。

 噛むと、程よく混ざったもち麦と胡麻がプチッと弾け、う~ん、何とも香ばしい香りが口の中に広がっていく。

 やばい、マジで美味い……。鮭も油が乗っていて最高!

 なんて思いながら、裏山の景色を眺めていると、背中に柔らかい日差しが当たって身体がぽかぽかと温まってくる。


 んー、いい気持ち。

 腹も膨れたし、充電完了だ!

 お茶をぐいっと飲み干して、ダンジョンに戻った。


「休憩ありがとね、さーて」

「ジョ、ジョーンさん、これ……」

「ん?」

 花さんが差し出したタブレットを覗くと、迷宮フロアをうろついていた矢鱈さんが、いつの間にか最下層で戦っていた。


「矢鱈さん⁉」

 まさに鉄球魔人さながら、矢鱈さんは凄まじい勢いでモンスの壁を粉砕していた。

 みなごろしの鉄球をぶんぶん振り回す度に、桜の花弁のようにモンスが舞い散っていく。


「あの、さっき到着したばかりなんですけど、もう豪田さんたちと同じくらいやっつけちゃってます……」

「え……」

 見ると矢鱈さんは、遅れを取っていた右側のグループの先頭に立っていた。

 後にいるダイバー達は、矢鱈さんが吹き飛ばしたモンスに群がり、我先にと追撃を掛けている。


「す、すごい勢い……だね」

「あの鉄球って、こんなに凄かったんですか?」

「あ、うん、確かに凄い武器なんだけど……」


 いくら+999に強化済みだといっても、レイド武器でもないし、さすがにここまでは……。思うに、使い手の力が異常なのだろう。


「ジョーンさん、あれ!」と、花さんがタブレットに顔を近づけた。


 順調に、モンスの壁を掘り進んでいた矢鱈さんが、突然後ろに飛び退く。

 その瞬間、壁の中から床屋のサインポールみたいに、三色の炎が噴出した!


「あぶないっ!」

 矢鱈さんは、鉄球を目の前でぐるぐると回転させ炎を防ぐ。


「ちょ、あんな防ぎ方、漫画でしか見たことないけど……」

「ジョーンさん! 今のベロスちゃんじゃ?」

 花さんが目を少し潤ませながら声を上げた。


「ベ、ベビーベロス⁉ キ、キターーーーーっ⁉」


 ついに復活か⁉

 心臓が高鳴り、思わず俺は喉を鳴らした。

 炎が途切れた瞬間、モンスを弾き飛ばしながら、老齢のコボルトが跨るベビーベロスが躍り出た!


「コ、コボルトも!」

「きゃー、復活です、ジョーンさん!」

 花さんはまるでアイドルに会ったかのようにはしゃいでいる。


 コボルトは飛び出すと同時に、黒いやじりのような物を投げた。

 何人かのダイバーに命中し、カウンター前に転送されてきた。



「ひぇ~、何だよあれ」

「ヤバイぜあのコボルト……」

 俺は、転送されてきたダイバーにおしぼりを渡す。

「お疲れ様です、いやー、凄いことになってますね」


「ああ、サンキュー店長」

「あざっす」

 ダイバーはおしぼりで顔を拭き、苦笑いを浮かべた。


「矢鱈が来て、こりゃもらったと思ってたんだけどなぁ~。残念、ペナルティだわ……」

「俺なんか、今月二回目だぜ? どうする、もっかい行くか?」

 背の高いダイバーが訊いた。


「いや、今日は止めとくわ。行っても、どうせ即転送コースだろ?」

「じゃあ俺は、もう一回だけ行ってみる。すみません、再入場で」

「ではこちらどうぞ。あ、花さん、お願いします」

 もう一人のダイバーは、「サンキュー」とおしぼりを俺に渡して、更衣室に入っていった。


 カウンター岩に戻り、フロアの様子を見ようとすると大学生風の団体がやって来る。

「いらっしゃいませー!」

 一番手前のダイバーが、「どもども、何か盛り上がってんでしょ?」と訊いてくる。

「あ、今、丁度ヤバイ感じですよ~」と俺は微笑んだ。

 後ろのダイバー達は花さんを見て、何やらヒソヒソと話しているが、大体内容は想像がつく。

 急に髪型を気にし始めたりして、なんてわかりやすい……。


「では、こちらからお選びください」

 花さんがタブレットを差し出し、接客をしていると、順番待ちの男の子が食い入るように、花さんの横顔を見つめていた。これはリピーターになるな、うん。

 滞りなく接客を終え、走っていくダイバー達を見送る。

「はい、どうぞ! お気を付けて!」

「いってらっしゃいませー」


 さらにまたまた、お客さんがやって来た。

 ヤバい、様子を見たいんだけどなぁ……。

「うぅ、気になります……」

 花さんも、フロアの様子が気になっているようだ。


 その時、俺はハッと気づいた。

 こういう時こそきちんとしなければ……。


「後で矢鱈さんたちに話も聞けるし……、もうちょっと頑張ろう」

「あ、はい! そうですよね、集中しないと……」

 二人で気を引き締めながら接客を続け、気づけばもう夕方近くになっていた。


「ふぅ~、だいぶ落ち着いたね」

「はい、でも、忙しいと楽しいですね」

「うん。あ! どうなったかな……」

 二人でタブレットを覗き込む。

 石垣のようだったモンスの壁が消え、フロアは見渡せるようになっていた。


「うおっ! サイコロが見えてる!」


 確かに前よりサイコロの回転が速いような……。


「モンスもだいぶ減りましたね」

 ダイバーたちは四方バラバラになり、それぞれ残っているモンスを狩っている。


 中央付近では、矢鱈さんと豪田さんのグループが、紺柴のコボルトとベビーベロス、ナイトジャッカルに跨ったエルダー・ボーン・ウォリアー隊と対峙していた。


「ちょ、エルダー・ボーン? かなり強くなってない?」

「エルダーボーンウォリア……、あれ、コボルトさんの指示を聞いてますよね? 普通なら聞くと思えないんですが……」

 花さんが、不思議そうに画面を見つめている。


 スケルトンの上位種であるエルダーボーンは知能も高い。

 個別にスケルトンを率いることもあるくらいだし、格下のコボルトの指示を聞くなんて……。やはり、あの老齢のコボルトは、ユニークか、もしくは特別な個体なのかも知れない。

 

 その時、豪田さんと森保さんが、横一列に並ぶエルダー隊に斬り込んだ。

 すると、エルダー隊は素早く左右に分かれ、挟撃の形を取る。

 コボルトの合図で敵味方に入り乱れ、フロアは乱戦に突入した。


 この展開は良い。

 豪田さんのようなパワープレイヤーは、乱戦に強い。

 それに背後は、豪田さんをサポートするように、ダイバー仲間と森保さんが固めている。

 うーん、これは見事。素晴らしい連携プレイだ。


 正面で、コボルトと対峙していた矢鱈さんが、頭上で鉄球を回し始めた。

 凄まじい速さで、鉄球は一筋の輪に見える。


「仕掛けた!」


 矢鱈さんがベビーベロスの右側面に回り込み、胴の部分に鉄球を打ち込む。

 瞬間、弾かれたように、コボルトを乗せたベビーベロスが、岩壁に向かって一直線に吹っ飛んだ!


「あーーーーーーっ‼」

「ベロスちゃーーん‼」

 コボルトを乗せたベロスは岩壁に激突し、辺りにもくもくと土煙が舞った。


「な、なんて力だ……」

 凄いとは思ってたけど、やっぱりあの人は次元が違う……。


 矢鱈さんは回転を続けるサイコロを指差して、近くのダイバーに声を掛けている。


「あー、肩車か!」

 一番下が矢鱈さん、上は小柄なダイバーが三人も乗った。


「よく三人も乗せられますね……」

 感心したように花さんが言う。

「やっぱ、俺も筋トレしないと……」


 矢鱈さんはふらつくことなく三人を支え、一番上のダイバーがサイコロに手をかけた。


「や、やったのか――⁉」


 ***


 ――その日の閉店後。

 商店街にある居酒屋『仲見世』で、俺はイベントの打ち上げをしていた。


「いやぁー、マジでキツかったわ」

「まさか、ベロスが襲ってくるとは思わなかったな」

 豪田さんが、生ビール(大)をぐいっと飲み干す。


「吹っ飛んだあと、もう一回来たもんね~、矢鱈くんいなかったら無理だったんじゃない?」

 森保さんが梅酒のロックを片手に言った。


「うーん、どうだろう? でも、紅小谷に聞いてたよりは強かったね」

 矢鱈さんがシュッと答える。


「ま、矢鱈のお蔭で、俺らはだいぶ稼がせてもらったよ」

 奥の席のダイバー達がにんまりと笑うと豪田さんが、

「じゃあ、今日はお前らの奢りだよな? すみませーん、冷酒も追加で」と店員さんに注文する。

 ダイバー達が一斉に立ち上がり、「払いは豪田だろー!」「そうだそうだ! 逆に追加してしまえー!」などと盛り上がっている姿を横目に、俺はあの時のことを思い返していた。


 あの時、矢鱈さん達がサイコロを止めようとした瞬間、壁からベロスが飛び出してきてフロアはまた乱戦に縺れ込んだのだ。


 そして、豪田さん達がベロスを食い止めている隙に、矢鱈さん達はサイコロを止めることに成功したけど、その後の撤退戦で追撃を受けて、数人のダイバーがやられてしまった。


 最終的に緊急討伐依頼ハンティング・オーダーの賞品であるカスタマイズ権は、矢鱈さんの提案で、サイコロを止めてくれた小柄なダイバーに進呈することになった。そのダイバーとは、後日打ち合わせの約束をしている。


「あのー、矢鱈さん、最初にどうして十六階層に行かなかったんですか?」

 俺は気になっていたことを訊いてみた。

「ん? ああ、紅小谷に言われててさ、イベントの邪魔するなーって。酷いよね~、あははは」


 そうだったのか……、てっきりラキモンでも探しているのかと思ってた。

 前のレイドの時も、紅小谷は気を使ってくれてたもんなぁ……ありがたい。


「矢鱈が強すぎなんだよ! おら、飲め飲め~! ガハハハ!」

 いい感じになった豪田さんと仲間のダイバー達が、矢鱈さんを囲んだ。


 その様子を楽しそうに見ていた花さんが、

「ジョーンさん、それでシステムは大丈夫だったんですか?」と訊いてきた。

「うん、母さんからはもう大丈夫だろうって」

「よかったですねぇ」

「へへ、あと何日もないけど、これで無事イベントが続けられるよ」

 そこに豪田さん達から逃れてきた矢鱈さんが戻る。

 

「ふぅ~、まいったまいった」

「大丈夫ですか?」

「うん、いや~日本酒は効くね? ははは。あ、そうだ! ジョーンくん最近、武器作りにハマってるんだって?」

「はい、意外とこれが難しくって……へへ」

「ふーん、そういや勉強会とかあるみたいだよ?」

「え……⁉ べ、勉強会⁉」

 テーブルに唐揚げが届き、俺は皆に取り皿を配った。

「ありがと」

 取り皿を受け取った矢鱈さんが、

「僕がお世話になってる出版社の編集さんから聞いたんだけどね、名古屋で……確か、ウェポン勉強会って言ってたかな、そういうのがあるんだって」と唐揚げを取りながら言った。

「へぇ、名古屋……、ちょっとすみません」

 俺はスマホから『ウェポン勉強会 名古屋』と検索する。


「あっ⁉」

 出るわ出るわ……、俺の認識ではかなりマイナーな世界だと思っていたのだが、検索結果上位には、各地域でのイベントや、講演会がずらっと並び、一番上に表示されたのは、矢鱈さんが言った『ウェポン勉強会in名古屋』だ。

「意外と多いんですね……」

「ふぉうみたいだね。ん⁉ ふぉの、唐揚げ美味いな⁉」

 矢鱈さんは皿に盛られた唐揚げを感心したように頷きながら見つめる。

 

「まー、そこは編集さんの知り合いらしいから大丈夫だと思うけどさ、中には変な詐欺まがいのセミナーもあるらしいからね。気を付けないと駄目だよ?」

「なるふぉど……」

 俺は唐揚げを一個口に入れ、そのページを開いてみた。



 ウェポン作家を繋ぐ、勉強会支援プラットフォーム


 【 K O T O B U K I 】


[ウェポン勉強会in名古屋]

 主催:ウェポン勉強会

 場所:名古屋

 講師:小林(AXICIS)

 

[この勉強会で学べること]

 ①効率的な素材加工法

 ②揃えておくべき基本素材

 ③武器を作った後の販路等

 

[こんな方におすすめします]

 ・ウェポンの素材や技術の基礎について学びたい

 ・ウェポン製作者として活躍したい、あるいはダンジョン業界で働きたい方

 ・制作技術を生かしてビジネスを展開、あるいはブランドを立ち上げたい方など


[主催者よりメッセージ]

 ますます盛り上がっているインディーズ・ウェポン界隈の第一線で、常に活躍されている『AXICISアクシズ』の小林代表を招いての勉強会になります。前回の勉強会も即満員御礼となりました、ご予約はお早めに!



「あーっ! こ、小林さん⁉」

 なんと、小林さんが講師だなんて!

 行きたい! なんとしても行きたいっ!


「ふぉのひと、ジョーンくんふぉふぃり合い?」

 はふはふしながら、矢鱈さんが訊いてきた。

「あ、実際にお会いしたのは一度だけなんですが、メールで何度か相談に乗ってもらったことがあるんですよ。」

「すごく、丁寧な方ですよねぇ」

 花さんが唐揚げを小皿に取りながら言った。

「ふーん、名古屋だし、そんな遠くないじゃん?」

「そうですよね……」


 確かに名古屋ならそんなに時間もかからないか……。


 スキルアップにもなるし、自己投資もしていかないと生き残れないよな、うん!

 オーダー武器のクオリティが上がれば、お客さんにも喜んで貰えるだろう。


 こういうのは勢いが大事だし、何事も挑戦だ。

 俺は見ていたページから予約を済ませた。


「よ、予約入れちゃいました……」

「へぇ~、やるねぇジョーンくん」

「前から思ってたんですけど、ジョーンさんってアクティブですよね」

「何をひそひそやってんだぁ~! ガハハ! おら店長、飲みが足りないぞ~!」

「ご、豪田さん⁉」

 上機嫌の豪田さんが荒波のように押し寄せ、矢鱈さんを見るなり、

「おっ! 矢鱈先生発見~! なぁ、ちょっと教えてくれよ、あのコボルトどうやって倒しゃいいんだ?」と身体を寄せた。

「あぁ、あの紺柴ね」

「おい、みんな! 先生が教えてくれるってよ!」

「ちょちょ……」

 矢鱈さんは波に攫われるように、皆の待つテーブルに連れ去られてしまった。


「うわ~、矢鱈さんモテモテですね」

「うん、でもコボルトの話は面白そうだな。行ってみる?」

「そうですね!」

 そう言って二人で顔を見合わせて笑うと、俺は最後の唐揚げを口に投げ入れ、豪田さん達のテーブルに追加の唐揚げを頼んだ。

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