ダンジョン病棟編

第136話 ダンジョン病棟編① 話題のダンジョン

 開店準備をしながら、俺は小さなため息をついた。

 条例がお蔵入りになってからというもの、世間ではにわかにダンジョン・ブームの兆しが見え始めていると言うのに、どうもいまいち乗り切れていない感が離れない。


 メダルブームの時は、あれだけダイバーでごった返していたわけだし、お客さんがいないわけではない、ウチに来ていないだけなのだ……。


「はぁ……」


 先日、紅小谷から聞いた『ダンジョン病棟』なるものを調べてみた。

 調べると言っても、スマホで簡単に検索しただけなのだが。


 俺はスマホを取り出して、ダンジョン病棟のサイトに飛んだ。


―――――――――――――――――――――――――


リピーター続出‼ 阿鼻叫喚⁉ 恐怖の連鎖がクセになる⁉


『 ダ ン ジ ョ ン 病 棟 ~君は生きて帰れるか?~』


 当ダンジョンは、『ホラー』をメインコンセプトとして、大胆なフロア構成、内装、モンス構成、及び配置物等、細部に至るまで、一流のフロアメイクデザイナーを起用し、他にはない極上のエンターテインメントを追求しています。


 ※当ダンジョンでは、専属の医療スタッフが常時出動待機しております。


―――――――――――――――――――――――――


 これですわw

 もうね、完全にプロというか、サイトの作りからして違うんですわ。


 なんか絶叫してる動画とかも流れるし、バックで心臓の鼓動音とか聞こえてくるんだよね……。


 まるで映画の特設サイトみたいで、好奇心をガンガンに煽ってくる。

 しかも、ホラーに特化している分、他にはない凄みを感じるんだよなぁ。


 大抵なら、フロア構成やモンス構成もサイトで紹介していそうだけど、このダンジョンではそれを徹底して隠していて、SNSでも『当店のモンス構成について他言しないで欲しい』などと呼びかけている。


 これだけなら誰かうっかりバラしそうなものだけど、何故か情報は流れてこない。

 まるで、訪れたダイバー達も一緒に面白がって隠しているようにも思える。

 秘密の共有? もしくは満足したお礼?

 どんな理由があるにせよ、今、一番熱いダンジョンなのは間違いない。



 本日最後のダイバーを見送り、ひとり閉店作業を行っていると、矢鱈さんと紅小谷がやって来た。


「おっつー、ジョンジョン」

「お疲れ様~」


「あれ、二人とも……どうしたんですか?」


 陽も落ちたというのに、矢鱈さんが白い歯を輝かせた。


「また近いうち海外に行くから、ジョーンくんとご飯でも食べておこうと思ってね」

「まぶっ! あ、いや……それは嬉しいです! もう終わるので、ちょっと待ってて貰えますか?」


「もちろん」

「お腹ペコペコなんだから、早くしてよねー」


「わ、わかった」


 紅小谷に急かされながら、俺は猛スピードで作業を終わらせる。

 デバイスをCLOSEにして、フェンスのカギを掛けた後、俺達は近所の居酒屋へ向かった。


 *


「本場地鶏の唐揚げ、枝豆、ホッケ、んー、紅小谷は?」

「矢鱈くんの横からつまむー」


「ジョーンくんは? 何か頼む?」

「はい、ミニお好み焼きとミニピザのハーフ&ハーフ、フライドポテト、刺身の盛り合わせをお願いします」


 紅小谷は恐ろしいものでも見るような目で俺を見る。


「あんた、どんな胃してんのよ……」

「え? そ、そんな変だったかな?」


 矢鱈さんが苦笑しながら、

「ま、まあまあ、それより乾杯しようよ」と、ジョッキを持つ。

 俺と紅小谷がジョッキを持つと、矢鱈さんが音頭を取った。

「じゃあ、色々大変だったみたいですが、無事業界も盛り上がっているって事で、みなさん頑張って行きましょう、乾杯!」


「「カンパーイ!」」


「プッハーーーッ!」

「く~、もう八割堪能したわ」


 紅小谷は口の周りに泡の髭を付けている。 


「お待っせしましたぁ! はい、本場地鶏ぃ、はい、枝豆ぇ、はい、ホッケェ~、残り後でお持ちしまぁす」

 板前風の店員が料理を運んで来た。


 早速、矢鱈さんが唐揚げを口に入れる。

「ほふほふ……うん、ほれはふまい!」

「え、わたしも食べよっと」

 横から紅小谷が唐揚げを一個、パクっと食べた。

 美味しそうに目を細めて、

「んふーっ! 柔らかーい!」と手足をバタバタさせている。


 前から不思議に思ってたが、紅小谷と矢鱈さんって、どういう関係なんだろう?

 恋人ってわけじゃなさそうだけど、友達にしては距離感が近い気がする……。


「あのー、お二人って知り合ってから長いんですか?」


「ん? あぁ、そうだね、紅小谷がこんな小さい時から……」

「あーーーーー! 言わなくていいから! ちょっとジョンジョン、そんなことよりダンジョン病棟のことは調べたの?」


 露骨に話を変えられてしまった……。


「うん、あれから一応調べてみたよ」

「で、どうなの?」


「どうって?」

「どうってじゃないわよ、感想よ、感想、何かあるでしょ!」


 イライラしているのか、ブチィッと唐揚げを噛み切る紅小谷。


「うーん、とにかく凄そう、かな。何だろう、サイトも金かかってる感じがしたし、徹底してるっていうか。何か一般的なダンジョンっぽくないというか、協会のサイトにも登録してないしさ」


「ジョーンくんはまだ行ってないの?」

「はい、茨城ですもんね、中々簡単には……」


 と、そこに残りの料理が運ばれてきた。

「はぁい! お待たせです! ミニお好み焼き、ミニピザのハァーフ、フライに、刺身盛り合わせぇ! ごゆっくりどうぞ!」

「ありがとうございます」


 ポテトを咥えながら、テーブルに料理を並べる。


「ったく、中学生みたいな頼み方してんじゃないわよ!」

「ははは……」


 紅小谷はそう言いながらも、ピザに手を伸ばした。


「定休日と繋げて二日くらいなら、休んでもいいんじゃない?」

「そうよ、今すごい話題だし、見ておくべきね」


「うん……確かに」


 その時、隣卓からもダンジョン病棟の話題が聞こえてきた。


『でさー、こいつ泣き出しちゃって』

『やだ、やーだ、言わなーい、そいうの言わなーい!』


『病棟って茨城だよね? ヤバくない?』

『やべぇよ、マジ恐怖だし』

『えーヤバーい』


『どんなモンスでんの?』

『お、来た来た、それなー! 実はさぁ……』


『いえませーん!』


『『なんだよ~! っざけんなよぉ~!』』

『はははは!』


 俺は隣の大学生らしき人達の会話を聞いて確信した。

 これは……本物だと。

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