第135話 風が吹けばダンジョンが流行る?

 西新宿オフィスビル最上階にある『To:Mind』の社長室では、机に足を投げ出した銀丸がスマホ片手に誰かと話していた。


「ああ、俺だ。……そうか、ご苦労だった。ああ、本当に仮想通貨で良いのか? いや、問題ない。ああ、じゃあまたよろしく頼む――」


 乱暴にスマホを机に投げ、立ち上がると窓から外を眺めた。


 九十九に調べさせた結果、『LIFE TREE』では、既に『健康促進ダンジョンFit』なるアプリが審査を通過。

 社内の新規事業として本格的に今夏からプロモーションが始まるという……。


 ――タイミングが良すぎる。

 あの話は文部科学省のトップである東海林の父からの肝いり。

 そう簡単に立ち消える話でもないとは思うが、あの東海林だ。

 儲け話を易々と手放すわけがない……恐らく何かある。


 東海林自体は気に食わない奴だが、銀丸はその才覚だけは認めていた。


「チッ……」

 顔を歪め、吐き捨てるように言った後、銀丸はスマホを取り、社員に指示を出した。


「例のDVD、あれ回収。記録も全て消せ、いいか、最優先だ――」


 再びスマホを投げ、

「……萎えた。飯でも食お」と、部屋を後にする。



 * * *



 居間で爺ちゃんとニュースを見ていると、条例の速報が入った。

『議決を間近に控えていたダンジョン依存症対策条例ですが、どうやら激震が走りそうです――』


「お、これジョーンが言ってたやつか?」


 ずるずるとうどんを啜りながら、爺ちゃんが言った。


「うん……」


 あの後、母から大石さんに連絡をしてもらったのだが、一体どうなったのか、中々こちらから訊ねるタイミングも無いまま時間が過ぎていた。


『ダンジョン協会香川支部から中継が入っております』


 画面が協会前に切り替わる。

 たくさんの報道陣が、協会から出てくる初老の男性を取り囲んでいた。


「支部長! 議会との癒着があったという情報がでてますが⁉」

「今回の不正に関して何かありますか⁉」


 ぐいぐいとマイクを押しつけられる支部長。

「不正ではありません!」


「支部長! 既にネットでは条例対策関連の業者からの納品書も出回っているわけですが⁉」

「そのような事実はありません!」


「支部長! 初めから条例が制定されるとご存知だったのではないですか⁉」

「……」

 ガードマンが報道陣から支部長を遠ざける。


「支部長!」

「おい! 説明責任を果たせ!」

「お逃げになるんですか⁉」

「……!」

「支部長!」


『えー、現場は大変な騒ぎとなっておりますが……、ここで各方面の専門家の方々の意見を伺っていきます。えー、山河大学モンス学部教授の鳴瀬ミトさんです』

『どうも、よろしくお願いします』


「えっ⁉ 鳴瀬教授⁉」

「なんじゃ、知り合いか? えらい綺麗な人やけど」

「花さんの通ってる大学の教授なんだよ、この前うちに調査に来てもらったばっかで……」

「ほぉー」


『えー、もう一人お越し頂いております、プロダイバーの矢鱈堀介さんです』


 ブホーーーッ!!!

 思わずうどんを噴き出す!


「こ、こら! ジョーン! 汚いのぉ……」

「ご、ごめん……」


 慌ててちゃぶ台を拭きながら、俺はテレビに目を向ける。


『初めまして、どうぞよろしく』

『はい、ではまず鳴瀬さん、今回の騒動ですが……そもそもこの条例というのは必要だったんでしょうか?』


 鳴瀬さんにカメラが向けられる。


『必要か必要で無いか――、これはあくまで主観によるものによって、意見が分かれるところでしょう。ですので、ここで議論を交わしても、満足のいく結果は得られないと私は考えています。この騒動の問題は、事前に協会側と議会側が示し合わせ、談合にも似た形で、自分達の新たな利権を生み出そうとしたがあるということではないでしょうか。もちろん、まだ確かな情報ではありませんから、一刻も早い調査をお願いしたいと思ってます』


『ありがとうございます、これに関し、矢鱈さんはプロダイバーとして、どう思われますか?』


 矢鱈さんは白い歯を輝かせ、爽やかな笑みを浮かべる。

『そうですね……、僕としては、世界規模でプロがどんどん増え続けている状況で、むしろダイブを推奨する動きになってもおかしくないと考えていたものですから、本当に残念だと思っています。でも、これを切っ掛けに少しでも皆さんの興味がダンジョンへ向けば、風向きも変わってくるのかなと期待していたりもします』


『なるほど、世界ではもうプロというのはメジャーなことなんでしょうか?』

『ええ、SNSでもフォロワー数の世界トップはプロダイバーのサミュエルですし、日本でもプロダイバーとして活躍している方は大勢いらっしゃいますよ』


 キャスターは照れ笑いを浮かべ、

『それは知りませんでした……勉強します』と、話を繋ぐ。

『――さて、CMの後は、引き続き条例問題です』


「なんか大変な騒ぎやな」

「うん、あ! やばい、そろそろ行かなきゃ!」


「気を付けろよ」

「わかったー、行ってくる!」


 俺はおにぎりとお茶を持って、ダンジョンに向かった。



 * * *



 ――数日後。

 あれから世間の注目が集まり、協会は営業課長であった沢木という男が不正を働いていたと発表した。


 母さんが言うには、何者かがサーバーに侵入しデータを消去したが、バックアップを取っていたので上層部は無視できなかったそうだ。


 大石さんは有給休暇を取って、今は沖縄で彼女さんとバカンス中だと連絡があった。純粋に羨ましいが、あれだけ大変だったことを思えば足りないくらいだと俺は思う。有給消化後は、また協会で頑張るそうだ。戻って来たら顔を出さないとな。


 肝心の条例、これに関しては全国規模で動きがあった。

 議会議員の逮捕を受け、各都道府県で抗議運動が始まったのだ。

 それにより、議決中止が発表され、条例は晴れてお蔵入りとなった。


 さらに、今回の件が追い風となったのか、各方面でダンジョン関連商品が人気を博し、中でも『健康促進ダンジョンFit』というアプリは爆発的ヒットとなった。


 また、このダンジョンブームのお蔭でD&Mの売り上げも上がると思えたが、世の中そんなに甘いわけがなく、いつもの売り上げに、少し毛が生えた程度にとどまっていた。

 それでも新規客は以前より増えているので、俺はコツコツと常連さんを増やすことに力を向けている。



「おーっす、ジョンジョン」

「おう、紅小谷。久しぶりだな」


 紅小谷は、カウンター岩の椅子にちょこんと腰掛ける。


「それで、ちゃんとメールした?」

「ああ、全員にサービスクーポン付きで送ったよ」


 実は署名の協力でメールをくれた方に、お詫び兼営業としてクーポン付きのメールを送ったのだ。

 協力を承諾してくれていた方には、三回までのフリーパスも付けて感謝を伝えた。


「そ、ならいいんだけど」


 このアイデアは珍しく紅小谷に褒められた。

 まあ、『あんたにしては冴えてる』みたいなそっけない感じだったが……。


「これから取材?」

「いや、今日はもう終わり、そういえば聞いた?」

「何を?」


「何って、ダンジョン病棟」

「え?」


 な、何それ……?

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