第24話 レクチャーをしました。
『事を事とすればすなわちそれ備えあり』
俺とリーダー曽根崎は腕組みをしたまま、カウンター岩の前で、
入口には本日午後三時まで貸切の貼り紙。
キンキンに冷えた人数分の麦茶と、氷水で冷やしたおしぼりを用意し、熱中症対策も万全である。
「お、来たんじゃね?」
リーダーの声で獣道を見ると、向こうからやってくる人影が見えた。
「あ、あれですね。ん……? 何か少ないような」
「ホントだ、五人ぐらいしかいねぇぞ?」
先頭に鈴木くんの顔が見えた。
こちらが手を上げると、鈴木くんは一人で走ってきた。
「す、すみません! ジョーンさん、はあ、はあ、事情があって人数が集まらなくて……」
「え?」
ともかく、俺はおしぼりと麦茶を渡す。
「あ、これは、ありがとうございます!」
ガブガブと麦茶を飲み干す鈴木くんの姿を見て、CMに流せば麦茶が売れるだろうなと思った。
「何があったんですか?」
「じ、実は、お恥ずかしい話なんですが、昨日決起会ということで、皆で集まったんです。そこで、その内輪揉めというか、ちょっとしたトラブルになってしまって……僕以外の男子が別のダンジョン同好会を立ち上げてしまったんです」
鈴木くんは申し訳なさそうに
「本当にすみません、連絡入れようと思ったんですが、遅い時間だったので……」
「えーっ! それは大変でしたね」
お酒でも入って喧嘩でもしたとか?
俺は好青年の鈴木くんと揉める理由などあるだろうかと首をひねった。
「なので……ジョーンさん、キャンセル分のお金はお支払いしますので、レクチャーの方をお願いしてもよろしいですか?」
「ええ、それはもちろん大丈夫ですけど、キャンセル代は結構です。人数分さえ頂ければ」
「いいんですか!?」
と安堵の表情を浮かべた。
「助かります、あ、皆来たようなので紹介を」
鈴木くんはひとりずつに手を向けて
「左から武田さん、石田さん、本田さん、浜辺さん、広瀬さんです」と言う。
「「よろしく、おねがいしまーす!」」
なるほど、そういう事か……。
「ど、ど、どうも、ジョーンです。こちらは、えー、今日手伝ってくれる曽根崎さんです」
「う、うっす!」
ぎこちない挨拶をして、麦茶とおしぼりを差し出した。
皆、きもちいーっとか、つめたーいっとか言って笑っている、ダンジョンがまるで女子校みたいな雰囲気になる。鈴木くん以外は全員女性で、しかも、ちょっと驚くほど可愛い。
「えっと、じゃあ何から始めましょうか?」と鈴木くん。
「はい。えっと皆さん免許は取られてるんですよね?」
「「はーい」」
と五人が笑顔で返事をする。
「あ、ああ、どうも。わかりました」
やりにくいなぁ……。
「では、これを」と言って、解説書とこん棒を皆に配る。
女性陣を見ると、皆華奢でとてもダンジョンに入れるような感じではない。
それに、服装もお洒落で汚れると困りそうな雰囲気……。
俺は鈴木くんを呼んで
「本当に大丈夫ですか? あの格好だと汚れたりしたら……」
と小声で確認をする。
「ですよね、ちゃんと言っておいたんですが……」
鈴木くんは申し訳なさそうに答える。
初心者だし、ここで投げ出すわけにもいかない。
「じゃあ、簡単な装備をお貸ししましょう。それに着替えてもらうって事でいいですか?」
「助かります! 本当にすみません」
「いえいえ、じゃあ……」
俺はデバイスからツナギを五人分取り出して、彼女たちに配った。
「服が汚れるといけないので、こちらに着替えてから行きましょう」
「「はーい」」
皆が着替え終わり、レクチャーを始めることに。
「じゃあ、入りまーす。先頭が僕、最後尾に曽根崎さんがつきますのでご安心をー、じゃ行きます」
一階奥へ進み、地下二階へ降りた。
途中のスライムはあえてスルーで。
二階の幻想的なヒカリゴケの光を見て
「きゃー、綺麗。ねぇ鈴木くん、綺麗だねぇー」
鈴木くんの周りに女達が群がり、キャッキャウフフしている。
我慢だ。これは仕事、仕事だ。
自分に言い聞かせて、俺は
「じゃあ、簡単に説明しまーす。解説書の通り、ダンジョンでは武器を色々とカスタマイズする事ができます。こんな感じでーす」
と、皆に見えるように、普通のこん棒と獣の牙で強化したヒートスティックを持ち上げた。
そして、ウツボハスの近くに寄り
「まず、どのぐらいの差があるかというとー、じゃ、こん棒いきます。えいっ」
ウツボハスに攻撃をする。ウツボハスは蔓が切れたが、まだ蠢いている。
「「おおーっ」」
「次に、ヒートスティックの場合です。とおっ」
こちらは攻撃すると同時にウツボハスが霧散して、種が地面に散らばった。
「「すごーいっ」」
女子たちからパチパチと拍手が聞こえる。
「えー、それで、モンスを倒すと、このようにアイテムがドロップする事があります。何がドロップするかは、そのモンスによって変わりまーす。ここまで大丈夫でしょうかー」
「「はーい」」
返事はいいのだが……。ホントに大丈夫かな。
「じゃあ、次は実践してみましょう。じゃあ鈴木くんから」
「あ、はい」
鈴木くんがこん棒を持って前に出る。
「このウツボハスを倒してみましょう。蔓だけ気をつけて下さい」
「わかりました」
鈴木くんの構えはフェンシングのものだった。なるほど、道理で軸がぶれないわけだ。
正面から一突きされたウツボハスは見事に霧散する。
「「きゃーっ!!」」
女子達から歓声が上がり、中には飛び跳ねている子もいる。
うーん、ここまで出来るなら、レクチャーなどいらないかも……。
「うん、凄く上手です。いや、驚きました」
「一応、小さい頃からフェンシングをやっていたので……」
と、照れながら鈴木くんが言った。
「なるほど、では女の子たちの方をメインにやっていきましょうか」
鈴木くんが振り返って
「彼女たちもああ見えて、運動部ですから」と言う。
「あ、そうなんですか……」
女子達は我先にと押し合っている。
「次わたしーっ」
「ずるーいっ」
「あ、じゃあ順番に……」と俺は声をかける。
前に出たのは確か広瀬さんという女子。
驚いたことに、全く臆する様子もなくウツボハスを倒して見せた。
「ちょ……」
「よっしゃーっ! どう? 鈴木くん」
こん棒を鈴木くんに向けて嬉しそうに振る広瀬女子。
「うまいうまい」
これは……レクチャーの必要があるだろうか?
リーダーを見ると、多分同じ事を考えていたのだろう……目が死んでいた。
それから、地下五階までレクチャーを続けながら、二時間程かけ用意していた説明をすべて終える。
「とまあ、このようにダンジョンを楽しんで頂ければと思います。えー、何か質問があればお答えしますが……」
質疑応答に入ると鈴木くんが
「ジョーンさんから見て、僕たちで何階層ぐらいまでいけると思いますか?」と訊く。
「そうですね……」
俺が考えていると、横からリーダー曽根崎が
「皆さん初心者とは思えないので、ミドル程度の装備が揃えば、十三ぐらいまでは行けるでしょう。ロードがいなければの話ですが」と言った。
鈴木くんが真剣な顔でリーダーに
「やはり、ヴァンパイア・ロードは強いのですか?」と訊く。
「単体の強さもありますが、ロードの場合どうしても頭数が必要になります。分身を相手している間に、本体の影狼が襲ってくる場合もありますし、一気にダメージを入れて倒さないと本体は自爆します」
「えー、こわーい」
女性陣がざわめき、中心に立つ鈴木くんに集まっていく。
「でも、ちゃんとフォーメーションを組んで、敵の頭数が増える前に本体を叩けば、少ない人数でも対処できます。かなり難易度は上がりますが、ちゃんと練習すれば討伐可能なレベルに届くでしょう」
リーダー曽根崎が珍しく本気モードで解説する。
「やだ、ちょっとかっこいいかも」
「えー、やだー」
女性陣がまたキャッキャウフフを始めた。
リーダーは耳を赤くしたまま、気づかない振りをしている。
「他に何か質問がなければ、一応これでレクチャーは終わりですが、いつでもわからない事があれば聞いて下さい。わかる範囲でお答えしますので。あと、イベントもたくさん企画していきますから、良かったら参加してみて下さい」
「「はーい」」
それから皆で一階へ戻り、女子達は着替えを済ませる。
鈴木くんが予め皆から集めておいたのか、まとめて支払いをした。
「ねぇねぇ、鈴木くん、カラオケ行こーよぉー」
「えー、まずはどっかでお茶でしょ?」
「あ、わたしケーキ食べたい!」
女子達に揉まれながら
「ジョ、ジョーンさん、今日は本当にありがとうございました、また来ますのでーー!!」と声を張る。
「「お疲れ様でしたー」」
鈴木くんは、なかば引きずられるようにして女子達と去っていった。
しばらくの間、俺とリーダー曽根崎は放心状態で過ごす。
リーダーがぼそっと
「しかし、台風みたいだったな」と呟く。
「そうっすね。何だったんでしょうか」
しばらく黙った後、またリーダーがぼそっと呟く。
「可愛かったな……」
「可愛かったっすね……」
同好会の男メンバーはこういう気持ちだったのだろうか……。
ハッと気づいて時計を見ると、まだ午後二時を回ったばかりだった。
俺は、おしぼりや、ツナギ、麦茶のグラスの片付けをする。
「ジョーン、ちょっとダイブしてきてもいいか?」
「あ、どうぞどうぞ」
そう言って、俺はツナギを畳み始めた。
すると、ツナギから香水のとても良い香りが漂う。
思わず、さっきの女の子たちの顔が浮かぶ。
「いかんいかん!!」
思いっきり顔を振り、雑念を払う。
こ、これは気まずい……。洗濯しよっと。
たらいに水を張り、ツナギを入れて普通の石鹸で揉み洗いする。
家に持ち帰れればいいのだが、これもアイテムなので持ち帰る事はできないのだ。
しっかり洗い終わってカウンター岩の横に吊るしておく。
この天気なら、すぐに乾くだろう。
そこにリーダーが血相を変えて走ってきた。
「ジョ、ジョーン! み、見つけた!!」
「え、どうしたんですか?」
「見つけた! 見つけた!」
と、リーダーは口をパクパクさせる。
「ちょ、落ち着いて下さい。何があったんですか?」
リーダーはカウンター岩にあった麦茶を飲み干すと
「へ、へんな扉がある!!」
「扉? ロードとか?」
「違う違う、ちょっとデバイス見て、五階の左奥!」
俺は慌ててデバイスのマップで確認する。
「えっと……。何もおかしな所は……」
リーダーがデバイスを覗き込む。
「やっぱり!! やっべ!! ジョーン!! やっべ!!」
「ちょっとリーダー? 何を見たんですか?」
「バックドアだ!」
「バックドア……!?」
その言葉に、俺は一瞬頭が真っ白になった。
しかし、脳が次第に状況を理解し始める。
「リーダー!!」
「ジョーン!!」
俺とリーダーは手を取り合って飛び跳ね回った。
バックドアとは、まだデバイスに認識されていないダンジョンの領域に繋がる扉のこと。
扉を開けて、その領域に足を踏み入れるとデバイスが認識してバックドアは普通の通路となる。
つまり、バックドアを発見した=その向こうにダンジョンが拡がっているという事。
扉の向こうがどうなっているかは、まだ不明だが、階層が拡がったのだ!!
しかも、普通の拡張と違い、バックドアになっている領域には、レアなモンスやアイテムがあることが多い。ただ、事前にモンスやフロアタイプなどが確認できないので、パーティーを組んで潜るのが普通だ。
「やった! やった!」
そろそろ拡がるかと思っていたが、やはり水面下でダンジョンは活性化を続けているのだ!
しかもバックドア! これは期待できるぞ!
「ジョーン、どうする? 一人じゃさすがに俺も不安だし」
「ですよねぇ……」
二人で考えているとリーダーが
「てか、もうOPENだろ? 誰か来たら一緒に行くか? 矢鱈さんとか来れば良いんだけど」
「なるほど、それもそうですね。じゃあそうしましょうか」
そう言って、俺とリーダーは朝と同じく、腕組みをして入口を見つめる。
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