第25話 バック・ドアが開きました(前)
――待ち人来る。
「あれ? 二人共どうしたの……?」
仁王立ちで迎える俺とリーダー曽根崎を見て矢鱈さんが言った。
「矢鱈さん! 待ってたっすよ!!」
リーダーが、矢鱈さんの腕を取って中へ連れ込み
「どうぞ」
と俺は、すばやく麦茶を差し出した。
素晴らしい連携である。
「あ、ああ。ありがと」
矢鱈さんは不思議そうに俺達の顔を見て、麦茶を飲み干す。
飲み干したと同時に、リーダーが
「矢鱈さん! バックドアっす!!」と顔を近づける。
リーダーの勢いに一瞬怯む矢鱈さんだったが、すぐに状況を察したのか目の色が変わった。
「ふぅん、それ、詳しく聞かせてよ」
と俺にIDを差し出した。
それを横目に、リーダーが矢鱈さんに発見時の説明を始めた。
「……で、壁を触っていたら、土の中から扉が出てきたんすよ」
矢鱈さんは腕組みをして
「……。デバイスには認識されていないんだね?」と、俺を見る。
「はい、認識されていません」
「矢鱈さん、行きましょうよ!」
「……」
矢鱈さんは少し黙った後
「ん、まあ問題ないでしょ。行きますか?」と笑う。
「そう来なくっちゃ!!」
リーダーが嬉しそうに拳を握った。
「矢鱈さん、いつもすみません、僕は店番があるので……」
と言うと矢鱈さんはカウンター岩に手を置き
「ははは、大丈夫だよ。それよりジョーンくん、剣はいつもので、あと今日はガイアシールド+999とリフレクトメイル+999を出してもらえるかな?」と言う。
「ま、マジっすか……?」
リーダーは呆気に取られている。
俺は「わ、わかりました」と、デバイスを操作して装備を出した。
凄い、矢鱈さんの装備は次元が違う。
――完全レイドクラス。
正直、その性能を想像することさえ俺にはできない。
装備を終えた矢鱈さんは、まるで漫画に出てくる聖騎士の様に神々しい姿だった。
「や、矢鱈さん、まじ半端ない!」
リーダーはそう叫ぶと
「ジョーン! 俺も出し惜しみなしだ! アレとアレとアレ、出してくれ!」
一瞬、言葉を失いかけたが、リーダーの愛用武器はすべて把握している。
「わかりました」
と、言って俺はクライヴォルグ+108と、アンチェインメイル+50、甲賀手裏剣を渡した。
矢鱈さんがそれを見て
「へぇ~、やるね曽根崎くん。いい趣味してる」と親指を立てた。
「へへへ、あざっす!」
リーダーは全身黒尽くめ、アンチェインメイルの刺々しいフォルムがダークヒーロ感を演出する。
「じゃあ、ジョーン悪いな。行ってくるわ」
「ジョーンくん、楽しみにしててよ」
と言って、二人はアイコンタクトを取ると、ダンジョンへ駆けていった。
俺は二人を見送って溜息を吐く。
うぅ、行きたかったとカウンター岩に倒れ込む。
でも、俺のルシールじゃ、足手まといか……。
と、また大きく溜息を吐いた。
そして、俺は他のダイバーに向けて、注意書きをカウンター岩に貼り出した。
--五階の
かなり難易度が上がると予想される、初心者ならひとたまりもないだろう。
デバイスで二人の位置を確認する。
「うわ、GKとか一瞬なんだけど」
二人の位置を示す青い点がGKの黄色い点にぶつかった瞬間、黄色い点が消える。
なんとまあ、規格外なことで……。
そろそろ、扉の開く頃だ。
俺は固唾をのみデバイスの画面を見守る。
青い点が、左奥の行き止まりの場所で止まった。
――開く。
次の瞬間、デバイスが未踏領域を認識する。
「三階層? いや、でもこれは……広い!」
マップに映し出されたのは、広大な三つのフロア。
ビューを映すにはまだ時間がかかる。
うー、早く詳細を知りたい。
表から蝉の鳴く声が響く。
俺は流行る気持ちを抑えながらデバイスを見つめる。
流れる汗も気にならなかった。
――
「矢鱈さん、なんかすげー広くないっすか?」
背中にガイアの盾を背負った矢鱈が、本当は凄いブロードソードを抜き
「見た所、草原タイプだね。ん? 来る!」
瞬間、曽根崎が矢鱈の言葉に反応し、臨戦体勢を取る。
ガキィーーーーン!! と派手な音が鳴った。
矢鱈が自分の背丈の倍はあろうかという、エルダーボーンウォリアーの攻撃を受け止めた。
「うひょっ! 草原で出るか普通!」
曽根崎が驚きながらも、クライヴォルグを回転させ、ウォリアーに矛先を向ける。
「曽根崎くん! 横!」
「うっす!」
クライヴォルグを軸に、曽根崎が棒高跳びの要領で攻撃を躱した。
『ヴォルルルルヴォヴォーーーールルル!!!!』
突進してきたのは、ヘルハウンド。
その開いた口からは鋭い牙が覗き、その隙間から瘴気の炎が漏れ出している。
「そっち、頼んだよ!」
「了解っす!!」
曽根崎はヘルハウンドに向かって、得意の三連撃を放つ!
「フン! フン! フン!!」
ヘルハウンドがその身を捩って、槍の隙間をぬうように突っ込んでくる。
「っせい!」
すかさず、クライヴォルグの柄の部分を反転させてヘルハウンドを打つ。
その流れは棒術の達人のような動き。
この攻撃パターンは『DVDで見るカンタン槍術教室』で培った曽根崎の十八番。
『ヴォシュ!!』
ヘルハウンドが顎を上げて仰け反り、涎が飛び散る。
そこに曽根崎が、喉元目掛けてクライヴォルグを突き刺した!
一瞬でヘルハウンドが霧散し、革がドロップする。
「やるね? じゃあ僕もそろそろ」
矢鱈は背中のガイアシールドを持ち、フリスビーのように投げる。
「ふんっ!」
ガイアシールドが弧を描き、地中から次々と現れるエルダーボーンウォリアーをなぎ倒していく。
そして、対峙していたウォリアーを真上からブロードソードを振り下ろし、粉々に砕いた。
「す、すげぇ……」
矢鱈がガイアシールドを拾って「さ、進もうか」と言う。
エルダーボーンウォリアーから、アイテムのドロップはなかった。
二人はそのまま、草原を進んでいく。
所々に短い木と岩があり、その死角に注意を向けながら
「意外とモンスのレベルが高いっすねぇ~」
と、曽根崎はクライヴォルグを肩に乗せて言った。
「まあ、こんなもんじゃないかな? それより、何か寒くない?」
「え? そっすか?」
そのまましばらく歩いていると、甲高いパキパキという音が鳴る。
「ん? あれ? うわっ! 矢鱈さん、草が凍ってますよ!?」
曽根崎が足を上げたまま言う。靴底に割れた草がくっついている。
「ホントだね……うーん」
そう言って矢鱈は草を手で折った。
ポロポロと草が粉状に崩れ落ちる。
「あ、階段っす!」
曽根崎が槍を向けた方向に、大きな地下へ続く階段が見えた。
階段の表面は光っている。
「凍ってるねぇ」
「はい……」
階段の近くまで行くと、二人は思わず身震いした。
地下から吹雪のような風が吹き上げてくる。
「う~、よりによって氷河タイプ……苦手なんすよねぇ」
「はは、ついてないな」
矢鱈が眉をしかめて頭を振った。
ガイアシールドを風よけにして、二人はさらに奥へと進む。
「段々、視界が悪くなってきましたね!」
曽根崎はガチガチと歯を鳴らしながら叫んだ。
吹雪の音のせいで、声を張らないと会話ができない。
「来たよ!」
正面から三体のイエティが迫ってくる。
矢鱈が左二体をあっという間に斬り倒す。
曽根崎も遅れて右端のイエティを倒すが、身体がかじかんで思うように動かない様子だった。
「大丈夫かい?」
「はい!」
それからしばらく進むと、ピタッと吹雪が止んだ。
「あれ? 風がおさまったね?」
「助かった~」
曽根崎がその場にへたり込む。
「ははは、ほら、頑張って……」
と、その時、矢鱈が何か気配を感じ辺りを警戒する。
「何かいますか?」
「シッ! ……多い。曽根崎くん、気合入れないと不味いよ?」
矢鱈が笑い白い歯が光った。
曽根崎は立ち上がり
「望むところっす!」とクライヴォルグを回転させて構えた。
クライヴォルグに積もっていた雪が払われる。
周りを見ると、小高い氷壁の上に二人を囲むようにイエティが並んでいた。
まるで、盗賊に囲まれたような状況。
「凄い数っすね……」
すると、中央正面から、一際大きいイエティが現れた。
側に従者のようなイエティを連れ、まるで雪原の王とでも言わんばかりにこちらを威圧する。
「曽根崎くん、あれグランイエティだよね?」
「多分、そうだと思いますけど、すみません、俺見たこと無くて」
「ああ、そうなの? じゃあ、周りの小さいの片付けちゃおうか?」
「え?」
矢鱈が身体を回転させ、ガイアシールドを砲丸投げのように投げ飛ばした。
「おりゃ!」
ガイアシールドは凄まじい勢いで氷壁の上に並ぶイエティたちを襲った。
「す、すげぇ!」
まるでドミノ倒しのようにイエティが氷壁から吹き飛ばされていく。
バチィーンという音と共に、ガイアシールドが矢鱈さんの手に戻った時には、イエティの大半が消えていた。
曽根崎はただ、口を開けてその光景に圧倒されている。
『ゴガァアアアア!!!!』
グランイエティが野太い声で雄叫びをあげる。
その声にハッと我にかえった曽根崎は
「大分、怒ってますね」と苦笑いを浮かべた。
「だね。あ、曽根崎くん、やる?」
と矢鱈が訊く。
「え? いいんすか?」
緊張した面持ちを見せていたが、その眼は闘志に満ちていた。
「決まりだね。じゃあ僕は周りを片付けてるよ」
矢鱈はそう言って走り出した。
その後姿を見ながら曽根崎が「よし、負けらんねぇ」と呟く。
そして、弾かれるように矢鱈の後に続き駆け出した。
『グアァァッ!!』
グランイエティは巨大な氷岩を投げつけてくる。
器用に躱してグランイエティの身体に飛び蹴りを食らわせる曽根崎。
しかし、グランイエティは何も感じないかのようにびくともしない。
曽根崎は、その巨体を踏み台に宙返りをして着地した。
「ひょ~、びくともしねぇ」
次に狙うのは大木のような足であった。
曽根崎が愛読する『GOダンジョン別冊 モンス攻略BOOK』には以下のような記述がある。
『戦闘のトレンドとして、巨体を誇るモンスには、この夏、まず足を叩け!』
曽根崎はそれに従い、右足を重点に三連撃をひたすら打ち込んでいった。
一見、フィーリングタイプに見えるリーダー曽根崎。
だが、戦闘に関して彼は、データを重んじる傾向にある。
『グギャアアアアア!! ウガァ!』
グランイエティは右手を地に着き、器用に右足を上げ、そのまま曽根崎を左足で蹴る。
モロに曽根崎のボディに入った。
「うっ!」
ゴロゴロと転がる曽根崎。
クライヴォルグが手から離れる。
慌てて拾おうとする曽根崎の背中を目掛けて、グランイエティが舞い上がった。
――曽根崎を丸い影が覆う。
「ちょ、マジか!?」
その瞬間、グランイエティの巨体にガイアシールドがめり込む。
『グギィイイ!!』
グランイエティは悲痛な声を上げる。
「矢鱈さん!」
イエティの群れを片付けた矢鱈が、シュッと駆けつけ
「苦戦してるね?」と笑う。
「そ、そんな事ありませんよ!!」
曽根崎は跳ね上がるようにして起き、クライヴォルグを足で真上に弾き、空中でそれを掴んだ。
「こっからっす!」
放たれた黒い矢のように、曽根崎はグランイエティに向かって走った。
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