第23話 なんだか賑やかです。

「おい、ジョーン! 起きろって」

 シャッとカーテンの開く音。

「ん……んん」

 目を開けると、俺を覗き込むリーダー曽根崎の顔が見えた。

「……お、おはようございます」

「シャワー借りていいか?」

「その汗、どうしたんですか?」

 タオルを首からかけたリーダーの顔には汗が滲んでいる。

「ん? ああ、日課だよ。ちょっと走ってきた。いいよなこの辺長閑で」

「ああ、そうだったんですね。新しいタオルなら風呂場にありますから使って下さい」

「悪いな。じゃ、ちょっと借りるわ」

 リーダーは顔の汗をタオルで拭きながら、一階へ降りていった。


 俺は背伸びをして起き上がり、着替えを済ませて一階へ降りる。

 さて、いよいよ明日はレクチャーだ、今日は準備をしておかないと。

 昨日の夜、リーダーと話した時、二十人丸腰でダンジョンへ入れるのは時間の無駄。こん棒はすぐに手に入るので、予め人数分を確保しておこうという話になったのだ。


 台所で俺がおにぎりを握っていると

「ふぅ~! 気持ちよかったわ~」

 リーダーがタオルで髪を拭きながら居間へ戻ってきた。

「麦茶飲みますか?」

「お! 悪いね」

 グラスに注いだ麦茶をあっという間に飲み干し

「あーっ! うまい! 扇風機つけていい?」

「どうぞー」

 と答えると、リーダーが扇風機の風に向かって声を上げ始めた。

「ああああああああああああああ」


 俺は苦笑いを浮かべて

「曽根崎さん、おにぎり食べますよね?」

「えええ? おおおにににぎぎぎりりり?」

 扇風機越しに話かけてくるので、声が重なって聞こえる。

 リーダーは「よっ」と立ち上がり、台所まで来ると

「おにぎりかぁ、具は?」と訊いてきた。

「鮭、もしくは昆布ですかね」

「じゃあ、昆布で」

「わかりました」


 慣れた手つきでおにぎりを握る俺を見て

「へー、お前、料理できるんだ? あ、俺、着替えてくるわ」

 思い出したように、リーダーは二階へ駆けあがっていく。

「あ、はーい」

 賑やかな人だなぁと、自然に笑みがこぼれた。


 俺がおにぎりや飲み物をバッグに詰め終わると、二階からリーダーがロックT姿で戻ってきたので、そのまま二人でダンジョンへ向かった。

 リーダーは現役だけあって、テキパキと開店準備をこなしていく。

「すみません、折角の休みなのに手伝ってもらって」

「いいっていいって。こんなの遊びみたいなもんだし」

 リーダーは笑って答えると

「昨日言ってたこん棒な、俺のアイテムボックスに何本かあるから、それ使っていいぞ」

「いいんですか? あ、そういや僕もあるかも」

 俺はデバイスでアイテムボックスを見た。

「えーっと、僕八本あります」

「俺のも見てくれ」

 リーダーがIDを差し出す。

「はい、えー、七本です」

「くそっ負けた!」

 何故か、悔しそうにうなだれるリーダー。

「いや、勝負じゃないですから……」

 リーダーはそれもそうだなと言って

「合わせて十五本ね。あと五本、楽勝だな。ちょっくら取ってくるわ」

「え? いや、悪いですよ」

 慌ててリーダーを引き止めるが

「何を面倒臭え事言ってんだよ? お前、店番だろ? 遠慮すんなって」

 とリーダーは、肩をぐるぐると回し

「ヘイ、ジョーン。俺の出してくれ」と言った。

「は、はい!」

 リーダーの愛用武器と言えば、クライヴォルグ+108。

 イベントクラスの槍でかなりの強化具合、しかも名工クライシリーズ。

 さすが、プロを目指しているだけの事はある。

 俺はクライヴォルグを手渡した。

「じゃ、行ってくる」

「お願いします!」

 リーダーは颯爽と槍を掲げ、バックパックを背負うと、ダンジョンへ入っていった。


 俺はリーダーが戻った時の為に珈琲を淹れておくことにする。

 香ばしい珈琲の香りが漂い始めた頃、お客さんがやって来た。


「おっす店長!」

 豪田さんだ。以前のイベント以来、こうして通ってくれている。

「あ、豪田さん、どうも」

「どうだ? ロードは復活したか?」

 日焼けで真っ黒になった顔の汗を、汗拭きシートで拭いている。

 意外とマメなのかも知れない。

「いやぁ、石棺はあったんですけど……」

「そうか、じゃあ、もうそろそろか?」

 豪田さんはニヤっと笑い

「ま、今日は一人だし、出てこられても困るが」と言った。

「密林フロアに結構いいのが増えてますよ」

 俺はさりげなくアピールをする。

「へへ、そいつは楽しみだ。あと石鹸一つもらえるか」

「はい、ありがとうございます。あ! そうだ、豪田さんなら問題ないと思うんですが、池にフライングキラーがいたので、一応気をつけて下さい」

「おう、任せとけ」

 豪田さんは獣神の斧を握り、丸太の様な腕を叩いてダンジョンへ向かっていった。


 それから、数人のダイバーたちの受付を終えた頃

「おつ、持ってきたぞ」

 リーダーが戻ってきた、バックパックからはこん棒が飛び出ている。

「お疲れ様です、いやぁ助かります」

 俺はこん棒をまとめて、アイテムボックスに入れた。

「これでOKだよな、他は大丈夫か?」

「はい、これで大丈夫かと」

 そう言いながら、俺は珈琲を渡す。

「お、さんきゅっ」

 リーダーは珈琲を片手に

「明日、俺とお前で二班に分けてやったほうがいいな」

「10、10ですよね?」

「ああ、その方が向こうもわかりやすいだろ」

「そうですよね」

 確かに分担した方がいいな。


 俺は再度、必要になる物を考えてみた。

「初心者の頃って何が必要……」

 と、呟くとリーダーが

「そういや、俺がハマったきっかけは、笹塚に来たプロダイバーのダイブを見てからだったな~」

「へぇ、初耳です」


 リーダーはニヤリと笑い

「多分、お前も名前ぐらいは知ってるよ。何たって本も出してるし、らくらく突破シリーズはダイバー試験でほとんどの奴が買うからな」

 え、それって……。


「あれは凄かった。もう次元が違うっていうか、あんなふうに戦ってみたいって思ったもんさ」

「へ、へぇ」

 やっぱ、あの人じゃ……。


「あー、もう一度見てみたいよ。本当は凄いシリーズ。まさかこの目で見れると思ってなかったからさー、そりゃ興奮したって」

 間違いない、矢鱈さんだ。


「それって……」

 と、俺が言いかけようとした時

「ジョーンくん、久しぶりー。あれ、友達?」

 噂をすればなんとやら。

 入口から矢鱈さんがストロボのように歯を光らせながら入ってくる。

「や、矢鱈さん!」

「ん? 矢鱈さん?」

 リーダーはきょとんとした顔で矢鱈さんを見ている。

「いやあ、最近忙しくて。美味しそうなの飲んでるね?」

 矢鱈さんが珈琲を指さす。

「あ、ああ、どうぞどうぞ」

 俺はカップに珈琲を入れて渡した。


 その一部始終をリーダーは放心状態で見つめている。

「ありがと。ジョーンくん、こちらは?」

 と言って、矢鱈さんはリーダーを見た。

「ああ、こちらは僕がいた笹塚でお世話になった曽根崎さんです」

「どうも、矢鱈さんです。ジョーンくんの先輩なの?」

「……」

 リーダーは固まったまま動かない。

「そ、曽根崎さん?」

 俺は呼びかけながらそっと肩を叩いた。

 ハッとリーダーが我に返り

「やっ、矢鱈さんですかーーーーーーっ!?」と大声で叫ぶ。

「え、うん……そうだけど?」

 矢鱈さんは少し困惑した表情で頷く。


「お、俺、笹塚ダンジョンでバイトリーダーやってる曽根崎っす! 以前、ダイブを見させてもらった事があるっす! 俺、なんていうか、憧れて……いつかは自分も矢鱈さんみたいにプロになりますっ!」

「そ、そうなんだ。ありがとう」

 リーダーが俺を見て

「ジョーン! 何でこんな大事な事を言わないんだよっ!」

 と口元を手で隠して言うが全く意味を成していない。

「す、すみません、タイミングが……」

「まあまあ、その辺で」と矢鱈さん。


「しかし、何で矢鱈さんがジョーンのダンジョンに?」

「近くに引っ越して来てね、だから良く利用させてもらってるんだよ」

「へぇ~、マジ凄いっす」

 もう、何が凄いかわからない。


 矢鱈さんは珈琲を一口飲んで

「それで、二人で何やってたの?」と訊く。

 するとリーダーが

「自分、夏休みでジョーンを手伝ってるっす。明日、新人ダイバーのレクチャーが二十人ぐらい入ってるんでその準備っすね」

 と、鼻息を荒くして答えた。

「あ~、だから午前中貸切ってなってたの?」

「そぉ~なんすよ~」

 何故かリーダーが照れている。


「ふぅーん、大変そうだね。でも凄いじゃん!」

 矢鱈さんが言うとすかさず

「もちろんっすよ!! あ! 矢鱈さん、サイン貰えないっすか?」

 と言って、リーダーはクレイヴォルグを差し出す。

「ジョーン、油性ペン!」

「は、はい!」

 慌ててペンをリーダーに渡す。

「持ち手だと消えちゃうから、ここにお願いします!」

「あ、ああ。ここね?」

 矢鱈さんはペンを取り、シュッとサインを書いた。

「あざーーーーーっす!! 感激っす! うはーっ、これもう強化されてたりして!」

 あのー、リーダー落ち着いて……。

 リーダーは目を輝かせながら

「なあ、ジョーン?」と同意を求める。

「は、はい……」

 俺は勢いに押され頷く。

「強化はさすがにないかな、ははは」

 矢鱈さんが困ったように笑った。


「あ、矢鱈さん、ジョーンの家でうどん食ってきます? 細麺にすると美味いんすよ! なあ、ジョーン?」

「そ、そうっすね、美味いです」

 リーダーのテンションは上がりっぱなしである。

「いやいや、今日は大丈夫かな……」

 と、そこに豪田さんがダンジョンから戻ってきた。


「お、誰かと思えば矢鱈さんじゃねぇか。あの時以来だな」

「これはどうも、ご無沙汰です」

 矢鱈さんは差し出された豪田さんの手を取る。

 ふと豪田さんがリーダーに気づき

「ん? お兄さんは……」

「あ、笹塚ダンジョンでジョーンと一緒に働いていた曽根崎っす。よろしくっす」

 リーダーが笑顔で頭を下げた。

「へぇ、そうなのか。俺は豪田だ、よろしくな」

「あ、豪田さん、うどん食ってきますか?」

「う、うどん?」

 豪田さんが呆気に取られていると

「よし、ジョーン。豪田さんは結構食べれそうだから多めに茹でるか?」

「あ、はい……」

 もう、完全にこの領域フィールドはリーダー曽根崎に支配されている。


「ははは、面白いやつだな」

 豪田さんはリーダーの肩を叩きながら笑い

「でも、今日は遠慮しておく。次のイベントの時にでもご馳走になるよ。あまり常連面したくねぇからな」と言った。

 俺は豪田さんの一言にハッとなる。

 そうだ、あくまでも客と店主。

 慣れあっている姿は、他のお客さんから見て不快に感じるかも知れない。

 多分、豪田さんはそこまで考えて言ってくれているのだろう。

 俺は心で感謝し

「じゃあ、次のイベントで盛大に振る舞いますよ」と答えた。

 リーダーが残念そうに

「美味しいのになぁー」と口を尖らせた。

 そんなリーダーを見て、豪田さんが

「ははは、じゃあいっちょ一緒に回るか?」

 と斧を叩き、親指でダンジョン奥を指さす。

「え? いいんすか! 俺負けないっすよ?」

 リーダーは、なぜかクレイヴォルグに書かれた矢鱈さんのサインを豪田さんに見せつける。

「さ、さすが人気者だな、矢鱈さんもどうだい?」

 矢鱈さんは微笑んで

「行きますか?」と俺にIDを渡す。


 それから、意気投合した三人はダンジョンへ入り、遅くまで盛り上がっていた。

 俺もご一緒したかったが、店番があるので一人残ることに……。 

 そして閉店後、二人で後片付けを終えて実家へ帰り、うどんを茹で始めた。

 二人でわんこうどんに挑戦し、全部で12玉という途方もない量のうどんを食べてしまった。

 当然、自己新記録である。(内訳:俺5玉 リーダー7玉)


 そして俺はこの後、リーダーから矢鱈さんの武勇伝を夜遅くまで聞かされる事になった。

 うぅ、明日起きられるだろうか……。

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