第131話 母とポテトとお客さん

「いやぁー、あんまそういうの関わりたくないんだよねぇ、ごめん、他当たってくれる?」

「あ、はい……ありがとうございました」


 ピシャッと閉まった戸の音に少しビクッとしながら、俺は深いため息をついた。

 

 はぁ……。

 まあ署名なんて、普通に考えて個人情報だし、面倒な上にダンジョン好きじゃ無い人にはどうでも良い話だもんなぁ……。


 いかんいかん! 断られて当然なんだ、がんばるぞ!


「次は花ノ宮の辺りを回ってみるか……」


 スクーターに乗り、俺は走り出した。


 風が心地よい。良い天気だなぁ……。

 そういえば、こんな気持ちの良い晴れた日だろうが、どしゃぶりの大雨の日だろうがお構いなしに、いつもダンジョンに通ってた。


 毎日、毎日、ダンジョンに潜ってはヘトヘトになって、家に帰ったらネットで情報集めしたりして……。

 お蔭で体力もついたし、勉強はあまり出来なかったけど、調べ物の仕方や自分で工夫する楽しさなんかは、ダンジョンで培ったものだ。


 もし、ダンジョンの事じゃなかったら、こうやって見ず知らずの人の家に訊ねて頭を下げるなんて怖くて出来なかったと思うし、俺も少しはダンジョンのお蔭で成長できてる気がする。


 だから、最後まで諦めずに――ん?

 ポケットのスマホが震えた。


 スクーターを空き地に止め、スマホを取り出すと母さんからの着信だった。


「え……なんだろ?」

 恐る恐る画面をタップした。


「もしもし……」

『あ、ジョーン? あんた今、何してるの?』

「え、今は署名を集めようと色んな家を回ってるけど」

『はぁ……、あんたって子は、どうしてそう要領が悪いのか……』

「な、なんだよいきなり、自分に出来ることをやってんだからいいだろ?」

『誰も悪いなんて言ってないわよ、効率の問題を言ってるの。いいわ、丁度近くにいるから、すぐそこのマ○ドナルドで待ち合わせましょう、いいわね』

「え⁉ ちょっと母さん! ちょ……」


 既に通話は切られていた。

 

 まったく、いつもこうだよ……。

 唐突すぎるっていうか、脈絡がないっていうか、まぁ、今更何とも思わないが、学生時代は口げんかも絶えなかったなぁ。

 そういや親父は元気なんだろうか?

 どうせ、今でもチャートと睨めっこしてるんだろうけど。


 俺はスクーターをUターンさせ、マ○ドナルドに向かった。

 てか、何でマ○ドだよ……。



 *



「何よ? 久しぶりに会ったっていうのに、機嫌悪そうね?」

 母さんが、縁なしの眼鏡を指でクイッと持ち上げた。


「ふんふぁことふぁいよ」

 口いっぱいにフィレオバーガーを頬張る。


「あんた頼みすぎじゃない? あんまりこういう食事は良くないわよ?」


 コーラでポテトを流し込み、

「いいんだよ、それで? 何なの用事は」と返した。


 母さんが人を呼び出すとき、必ず何か理由がある。

 無意味に顔が見たいとか、そういう感情的な行動を取るタイプではないのだ。


「さっきも言ったけど、効率の問題。闇雲に声を掛けるのも否定はしないけど、ちゃんとダンジョンに来てくれている人には頼んだの?」

「常連さんには頼んであるけど」

「普通の人達には?」

「それは……ちょっと頼みづらくて」

 署名と言ういかにも面倒臭そうな事を頼んで、お客さんに敬遠されるのが怖かったのだ。


「この条例はローカルなものだけど、ダンジョンに来るお客さんなら興味を持ってると思うのよ。条例が可決されたらどうなるのか、ダンジョン業界にどう影響があって、自分達は今まで通り遊べるのか、皆知りたいと思うんだけど?」

「確かに、そうかも……」

「なら、今、貴方がすべきことは、自分のダンジョンに来てくれる人達に対して、情報共有をすることだと思うわ」

 母さんはコーヒーに口を付けて、ふふっと笑った。


「まぁ、署名すればなんて簡単に言ったのは私だけどね。ごめん、でも、適当に言ったわけじゃないのよ? あの時はそれが正解だと思ってたし」

「いいよ、わかってる」


「条例自体に拘束力はない、でも、大義名分ができる。恐らく、この辺がこの条例が提出された肝だったりするのかもね……」

 母さんが小さく呟くように言った。


「……どういうこと?」

「ううん、何でもないわ。じゃ、何かあったら連絡して、あとお爺ちゃんに電話に出ろって言っておいて。じゃあね」

 母さんはそれだけ言うと、コーヒーを片手に店を出て行った。


「ほんと、相変わらずだなぁ……」


 俺はボソッと呟き、しなしなになったポテトを口に運んだ。


 *


 ダンジョンに戻ると、黒いフェンスの前でお客さんが数人座っていた。


「あ、来た来た! 遅いよ店長~、昼からでしょ?」

「すみません! すぐ開けますので……あはは」


 若いダイバーだな……。

 近所の子かな?


「えっと、近くにお住まいなんですか?」

「うん、すぐそこだよ」

「最近、ニュースでやってたじゃないっすか、あれ見て速攻ダイバー免許とったんすよ」

「こいつ一発目の試験落ちたんすよ? ありえなくないっすか?」

「うるせっ!」

「「わははははは!」」


 俺は急いでデバイスをOPENにして、男の子達の装備を用意する。


「あの、ちょっと聞いてもいいっすか?」

「あ、はい、何でも!」


「この『どうのつるぎ』ってのこの前ダンクロで拾ったんすよ、でも中々使いづらいんすよねぇー、何か良い活用法とかないっすか?」


 ダンクロか……⁉

 くそっ、やはり初心者層は完全に取り込まれてる気がしてきたぞ。

 よし! ここは元沼ダイバーならではのきめ細かなアドバイスを……。


「そうですねぇ、ちなみにどういう武器が使いやすいって感じますか?」

「うーん、何だろう?」

 すると隣の男の子が、

「お前は弓だろ? だって、こいつ弓道部ですよ、ははは!」と笑う。

「そうなんですか? それなら使い慣れている方が戦いやすいですよね。あ、皆さんのメイン武器を教えて頂いても?」


「何か意味あるんすか?」

 後ろで聞いていた一番やんちゃそうな子が口を開いた。


「ええ、ダンジョンに潜る際、連携って思ってるよりも大事なんですよ。最初の方は実感しにくいんですが……、慣れてきて連携が取れるようになってくると、かなり深いところまで潜れたりしますし、強いモンスも倒せたりしますから」


「「へぇ~!」」

「マジか、店長詳しいっすね?」

「ははは、まあ自分でも潜ってましたから」

「え⁉ マジッすか⁉」

「おいおい、最初からここ来ればよかったじゃん。近いし」

「だな」


 おぉ! なかなかの好感触!

 この調子で一気に攻めるぞ!


 俺は彼らの武器を見ていく。

 まず、『どうのつるぎ』の子が持っているのは『こんぼう』か……。

 もう一人の細身の子は、『ロングソード』と『アックス』、やんちゃそうな子は『長い棒』と『キラートング』を持っていた。


「ちょ! キラートングじゃないっすか⁉ どこでこれを⁉」


 キラートングはその名の通り、形は大きなトングなのだが、知る人ぞ知るレア武器。

 なぜならこのキラートング、あの『九十九』がまだ『Syndicateシンジケート』と名乗っていた頃の作品なのだ。

 超マイナーなので殆ど知ってる人はいないと思うけど。

 そういえば、春さん元気かな?


「これはダンクロの抽選で当たったんすよ、あんま格好よくないから使ってないっすけど……」

「な、なんと……」

 ファンが聞いたら卒倒するぞ。


「キラートングはかなりレアなので、なるべくなら大事に持っていた方が良いですよ」

「え? そうなんすか! あっぶねー、売るとこだったっす!」

「ははは、それでざっと見せてもらった感じだと、全員近接武器系で、唯一『長い棒』だけリーチがある状態ですね」

 俺はIDで男の子達の名前を確認した。

「現状で行くとすると、中野くんと深山くんが前衛で、萩野くんが後衛って感じかなぁ」

「そうなんすよ! でも俺、前衛がいいんすよねぇ……」

 荻野くんが頭の後ろで手を組みながら言った。


「もし、荻野くんと中野くんさえ良ければの話だけど、武器を交換してみたら?」

「「え?」」

「別に完全に交換するわけじゃなくて、お互いに貸すってことでいいんじゃないかな。どうのつるぎはジャッカルの胆石で磨いでやればすぐに強化が付くだろうし、キラートングはね、これ実はこうして……」

 俺は皆の前でキラートングを開く。

 留め具を外すと、180度開いた。


「「おぉ!」」

「開くの⁉ マジか?」


「開くときはこのストッパーを押しながら開いて……、閉じるときも同じです。トゲが手に刺さらないように注意してください」

 キラートングは鋲のようなトゲが沢山ついている。

 俺なんかは、これが格好いいと思うのだが……。


「でも店長、開いても長い棒よりは短いっすよ?」

 荻野くんが不思議そうな顔でキラートングを見つめる。


「なんと! このキラートング、開発コンセプトは『一つの武器で多様なモンスに対応する』なんですよ、ほら、この先の部分に穴が開いているでしょ? ここに弦を張れば弓になりますから」

「ちょ、ダンクロじゃ何も教えてくれなかったすけど……」


 まぁ、ダンクロの雇われニワカ店長じゃ知らなくて当然だろうな。

 開発コンセプトまでチェックして一人前の世界なのだ。

 蒔田辺りなら知ってそうだが……。


「ちなみに、お勧めは水蜘蛛から取れる糸ですかね、強度も弾力性も申し分ないと思います。ただ……ウチだと13階層まで下りないといけないんで、糸だけ買うという手もありかなぁと」

「高いっすか?」

「いや、水蜘蛛なんで……、あ、1200DPですね。これ、弦を張っても余りますから、こん棒とどうのつるぎのグリップにもできますよ」

「どうする?」

「割り勘でよくね?」

「だよな、一人400で優勝できんなら良いんじゃね?」

「決まり、店長さん、買います!」


「ありがとうございます、じゃあ、それぞれのIDから400DP頂戴しますね」


 俺はデバイスを操作し『水蜘蛛の糸』を購入した。

「どうしましょう? ご自分で張られます? 良かったらサービスで張りますけど」


「中野、お前弓で良いの?」

「お前こそどうのつるぎで良いのかよ?」

「俺は別にいいけど」

「じゃあ、俺も」


 話が付いたようだな。


「すみません、お願いしてもいいっすか?」

「はい、わかりました。じゃあ先に装備済ませてはどうですか? その間に弦は張っておきますので」

「おっけーっす!」

「おねがいしまーっす!」

「よし、行くぞ」

 三人は賑やかにふざけ合いながら更衣室に向かった。


 さて、弦を張るのは久しぶりだが、このキラートングなら容易に弦を張ることができる。

 これを考えた春さんは、マジで神だと思う。


 まず片側の先に空いた穴に、水蜘蛛の糸を通してと……。

 通した糸を結んで玉を作り、抜けないようにしてからストッパーを戻すと、完全に糸が固定される。

 これで片側終了、本当に簡単だ。

 後は逆側の先に糸を通しストッパーを戻すと、結束バンドのように一方向にのみ糸が進むようになる。

 なので、通した糸を引き、テンションをかけてやれば……完成だ!


 お、ちょうど出て来たな。


「はーい、出来てるよー」


「おぉ~ホントだ! すげぇ!」

 中野くんはキラートングを手に取り構えた。


 さすが弓道部、様になっている。

 格好いいな。


「良かったな! これでガンガン行けるぜ!」

「一気に最下層狙っちゃうか?」


 俄然、テンションを上げる深山くんと荻野くん。

 すると中野くんがボソッと言った。


「ていうかさ、矢がないんだけど……」

「「……」」


 皆の視線がゆっくりと俺に集まった。


「……はい?」

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