第50話 レイド、レイド、レイドです。
◇ 十六階層・牛鬼 ◇
――巨大蜘蛛の如き身体に残る足は三本。
その足先には鋭い杭のような爪が生え、顔は般若のように恐ろしく歪んでいた。
頭に生えた二本の角を向け、地を鳴らしながら三本の足を器用に動かし、凄まじい速さで突進する!
「グモォォォォオオオオオオオ!!!!!」
――牛鬼の咆哮!
一発だけでも殴りたいダイバー、流しのプロダイバー、遠巻きに観戦する初心者ダイバーなど、様々なダイバーたちが牛鬼の叫び声を浴びながら、ただのモンスとの格の違いをそれぞれの肌で感じていた。
「たわけーーーーっ! そこ! 弾幕が薄い!! 何やってんの!」
そんな空気を一変させるような檄が飛んだ。
踊るように
牛鬼の足がドン! ドン! ドン! と紅小谷を襲う度に、地面に黒い穴が開いた。
その
「まるで蜂だね、紅小谷」
本当は凄いブロードソードを肩に乗せた矢鱈が、十六階層に現れると、ダイバーたちから『おぉ!』と声が上がった。
しかし、その中で紅小谷だけは舌打ちをして
「ったく、早いのよ! もっと遠慮ってもんがあるでしょうが!」と叫んだ。
「ははは、僕もそうしたいのは山々なんだけど……」
矢鱈はそう言って剣を地に向け
「紅小谷、ダンジョンだよ? ここは!」
と、言った瞬間――地面に砂煙が上がった!
次の瞬間には矢鱈の姿は無く、弾けるようにシュッと牛鬼に向かって飛び出していた!
「も~、ホントやだ! 折角ここまでやったのにぃーーー!!」
紅小谷が叫ぶ間に、矢鱈は折れかけていた足を一閃のもとに切断する!
――シュッ。
少し遅れてパクゥッと裂ける表皮、切り離された牛鬼の足がゴロンと地面に転がる。
青い血がブシューーッと吹き出し、転がった足が、まだモゾモゾと動いていた。
この間、およそ……10秒。
圧倒的なまでの力、カリスマと呼ばれる所以を矢鱈は見せつける。
『ま、マジかよ……』
『は……はは、嘘だろ?』
ダイバーたちは、矢鱈の人間離れした強さに目を奪われていた。
そこに紅小谷の檄が飛ぶ!
「ちょっと!! 早くしないと、全部あいつに持っていかれるわよーー!!」
ダイバーたちがその声に反応し、再びフロアは混戦状態となった。
「残りいっぽーーーん!! 皆遅れないでぇーーっ!!」
紅子谷が合図をすると、ダイバーたちが足を落としにかかる。
「落ちろぉーーーー!!!」
団子状になったダイバーたちが最後の足を潰した!
「グ……グギィーーーーー!!」
ついに牛鬼が地に顔をつけ、呻き声を上げる。
「うぉおーーー!!! よっしゃあああーーー!!!」
狂喜するダイバーたちに、紅小谷が叫んだ!
「この、たわけーーっ!! まだよっ! 皆トドメをーーーーっ!!」
紅小谷の号令に、ダイバーたちが一斉に牛鬼に躍りかかる。
死の大鎌を掲げ、ダイバーを先導する紅小谷はまさにジャンヌ・ダルク!
「うぉおお!!!」
その中には、絵鳩&蒔田コンビ、強面豪田に、二刀流猫好きお姉さん森保、山河大学ダイブサークルの山田たちなど、常連の顔も見えた。
牛鬼は芋虫のように身を捩らせ、涎を撒き散らしながら必死の抵抗をする。
「そろそろ、いいかな?」
腕組みして様子を見守っていた矢鱈がシュッと牛鬼の身体に飛び乗った。
「ふんっ!!」
牛鬼の頭頂部に剣が呑み込まれる。
矢鱈は剣を捻って「終わりだ」と呟く。
「ギュガァァァーーーーーーー!!!」
牛鬼が断末魔を上げ、身体の端から徐々に霧となって消えていく。
その瞬間、ダイバーたちから
「うぉおおおおーーーーーーー!!!」と歓声が上がった。
「ったく、矢鱈くんのバカ!」
紅小谷は一人むくれ顔でそう呟いた。
――レイド開始五時間後。
ダンジョンからダイバーたちが戻ってくる。
『お、戻ったぞ!』
『やったのか!?』
ダイバーたちが次々に口を開いた。
俺はデバイスを見て「あ!」と声を漏らした。
紫の点が消えている……。
――終わったんだ。
顔を上げると、たくさんのダイバーたちと共に、紅小谷と矢鱈さんがダンジョンから戻ってきた。
「うぉおおおおおお!!!!!!!」
皆が一際大きく歓声を上げて出迎えた。
ダンジョン中に歓喜の声と拍手がこだまする。
紅小谷が皆と片手でハイタッチをしながら、カウンター岩に来た。
「お疲れ、ジョンジョン」
「お疲れ様でした!」
「お疲れ様ですっ!」
花さんも笑顔で拍手している。
少し遅れて矢鱈さんが
「いやぁ~、お疲れ様。楽しかったね」とやって来た。
それを聞いた紅小谷が片眉を上げ、不機嫌そうにする。
「楽しかったねじゃないわよっ! ったく、結局、美味しいとこ持ってくんだから」
「ははは、弱肉強食だよ。紅小谷」
矢鱈さんは白い歯を見せて笑い
「さあ、ドロップは誰かなぁ~」
と、IDを指で挟んでひらひらと揺らした。
レイド時のドロップは、普通と違ってランダム配布になる。
アイテムボックスを確認するまでは、誰が何を得たのかわからない。
ちなみに、レイド限定の超レアアイテムは、普通一回のレイドにつき一個。
参加者の内、たった一人にしか、その幸運は舞い降りないのだ。
だが、それ以外のレアアイテムや通常アイテムは意外に手に入る事が多い。
さあ、今からお披露目会だ。
今度は、ダンジョン側に行列が出来る。
『あ~! くっそ~!』
『うわ……』
『え? ボーションって何?』(ハズレアイテムです)
がっくりと肩を落とすダイバーたち。
これも、レイドあるあるの光景の一つだ。
「ジョーンさんお疲れ様!」
絵鳩&蒔田コンビである。彼女らも夏休みで参加していたのだ。
二人共、最初は他のダイバーの迷惑になるんじゃとモジモジしていたのだが
「ダメージを削れなくてもいい! 参加して、レイドボスを直に見れば、その迫力だけでも十分楽しめるよ! アイテムも貰えるかもよ?」
と、俺が送り出したのだ。
「おお! 初レイドはどうだった?」
「よき!」
「すごかっ……き!」
絵鳩と蒔田は興奮した様子で顔を見合わせた。
絵鳩がこんな笑い方をするなんてなぁ……。蒔田もちょっと声出てるし。
俺はうんうんと頷きながら、アイテムボックスを確認する。
「お! アイテム入ってるぞ」
「え?」
二人が目を丸くして口を開け、他のダイバーたちも何だ何だと注目した。
「はーい、本日初レア、牛鬼の産毛出ました~!!」
俺が大きな声で発表すると
『おぉ~!』と言う声と共に拍手が起こる。
素材好きの蒔田は、絵鳩よりも高く、ぴょんぴょんと跳ねて喜んでいる。
※ちなみに産毛といっても、めっちゃ硬いレア素材。
見ると後ろには豪田さんを始め、森保さんと山田くんたちも並んでいる。
豪田さんからIDを受け取り、デバイスに通した。
「あー、レアはないですねぇ」
残念ながらアイテムボックスに変化はなかった。
「まあな、そうそう当たんねぇわな。ははは」
豪快に笑い飛ばし、豪田さんは肩を落としてカウンター岩を離れた。
続いて順番にアイテムボックスを確認をしていく。
森保さん『松明☓999』『野草☓999』
・野草は猫型モンスが好物なので、森保さんはとても喜んでいた。
山田くん『牛脂の蝋燭』(ややレア)
・使いみちがわからないけど嬉しいと言っていた。
平子Bは『ボーション』(ハズレ)と『野太刀』
・コメントなし。
紅小谷は見事『牛鬼の皮』(レア)をゲット!
・嘆きの小楯を強化するのに使うそうだ。
皆、一喜一憂して笑い声が絶えない。
マリンライナーで駆けつけた岡山のダイバーは『牛鬼の小爪』(レア)を引き当て「き、来たかいがありました!!」と涙ぐんで喜ぶ。
色々なダイバーたちと戦果を語り合いながら、俺は確認作業を繰り返した。
それは俺にとって、とても楽しい時間。
改めてレイドに感謝した。
ついに矢鱈さんの順番になり、カウンター岩前が静まる。
周りのダイバーたちが、息を呑んで見守る中、俺はIDを通す。
が、しかし……。
矢鱈さんのアイテムボックスにはドロップは無かった。
「ありゃー、残念」
矢鱈さんが肩をすくめる。
しかし、ダメージ量BONUSはぶっちぎりの一位、ちょっと信じられない。
そこに、ギーザス、いや、丸井くんが顔を見せ
「お疲れ様です、先日はありがとうございました!」と頭を下げた。
「あれ? ごめん俺気付いてなかった?」
「ジョーンさん、別世界に行ってるみたいになってたので、帰りに挨拶しようと思って」
と、丸井くんが苦笑した。
「あはは……。ごめんね、いっぱいいっぱいだったから……」
「いえいえ、本当に大変そうで心配しました」
そう言いながら俺は、丸井くんのIDを通す。
「え?」
・牛鬼の小判(超レア)
「ちょ……」
俺は画面を見て固まる。
丸井くんが不思議そうに尋ねた。
「どうしたんですか?」
「お、お、おめでとう……おめでとうございまーーーす!!」
一斉に皆がカウンター岩に押し寄せる。
『え!? 出たの!?』
『嘘! マジで?』
『牛鬼って何が超レアなの!?』
などと口々に声が上がった。
俺は皆に落ち着いてと宥めてから
「出ました! 牛鬼ドロップ超レア、アイテム名は『牛鬼の小判』です!」と大きな声で発表した。
『うぉーーーーーーー!!!!!』
『お疲れーーー!!』
『おめでとう!』
『おつかさーーーーん!!!』
それぞれがレイドの終わりを叫ぶ。
レイド時は、超レアドロップが誰に当たったかを、皆で確認するのが常識。
そして確認ができれば――レイド終了の合図になる。
特に決められているわけではないが、いつの間にかこういうものだと周知されているのだ。
たくさんのダイバーに囲まれ、丸井くんは質問攻めにあっている。
これでまた、丸井くんの知名度があがるだろう。
彼がカリスマと呼ばれる日も近いのかもしれない……。
俺は花さんと顔を見合わせて――ハイタッチをした。
――戦いが終わる。
一度は陽子さんから、実家の空き地にたくさん人がいるけど……と心配して電話があったほどダイバーたちが集まってくれていたのだが、祭りの後は寂しいもので、もう残ったダイバーも数えるほどになっていた。
再入場をした矢鱈さんが頭を振りながら戻って来る。
「お疲れ様です」
俺は麦茶を渡した。
「ありがとう、いやぁ今日は駄目だった。
矢鱈さんは苦笑する。
「そうですか、残念ですね……」
矢鱈さんでも見つけられない時があるのか……。
「まあ、こういうのは運だからね。おや、もう皆帰ったのかな?」
「はい、紅小谷はさっきまで待っていたみたいですけど、先に皆で打ち上げに行くって」
「そっか、じゃあ僕も合流するかな、二人も来るでしょ?」
俺は花さんを見て
「平子さんも行ってるみたいだし、大丈夫だよね?」と訊く。
「はい! 兄にも後で来るように言われてますから」
矢鱈さんが微笑んで
「じゃあ、先に行ってるよ。後でね」と手を振り去っていった。
「ふぅ……」
最後のダイバーが帰り、俺と花さんはカウンター岩の椅子に「終わったぁ~」と座りこんだ。
しばらくの間、ぼーっと二人でまっすぐ前を見つめていると、おもむろに花さんが口を開く。
「レイドって大変ですけど……楽しいですね」
「……うん、やっぱダンジョンって最高だよ!」
ちらっと花さんを見ると、そうですねと頷いた。
「私、モンス診断士の資格を取ろうと勉強中なんです」
「へぇ、モンス診断士!? あれって相当難しいよね?」
俺は驚く。モンス診断士といえばモンスのエキスパート。
合格率は10%にも満たない超難関資格だが……。
花さんが少し恥ずかしそうに俯く。
「私、いずれはモンス解析の仕事に就きたいと思ってて……へへ、無理だとは思うんですけど」
なるほど、そうだったのか。
確かにかなり難しい道だと俺は思う、でも……花さんには天職かも知れないな。
俺は花さんに力強く言い切った。
「きっと大丈夫、花さんなら!」
少し目を丸くして俺の顔を見た後、花さんは前に向き直して答える。
「私、頑張ってみます!」
――。
俺は花さんの横顔に、不思議な確信に近いものを感じた。
彼女はきっと夢を叶えるだろう。
「うん、じゃあそろそろ行こうか?」
「はい!」
俺達はダンジョンを後にして、皆の待つ打ち上げ会場へ向かう。
疲れた身体も、どこか心地よかった。
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