第152話 某大手のオネイロス編⑪ 星の導き

 実家に帰って来た俺は、居間で珈琲を飲みながら、真藤さんからもらった資料に目を通していた。


「うーん……見れば見るほどすごい……」


 ダンクロのオネイロスは、モンス情報やリアルタイム装備変更、また、政府管理メガサーバー『DEEP SORTディープ・ソート』から引っ張ってきたダイバーランクなる情報も提供しており、インフォメーションに注力した形になっている。


 だが、春さんが開発したこのOKEANOSオケアノスは、『創造性Creativity』をコンセプトとし、そのシステム名も、ギリシア神話の創造説にある『オーケノアスは神々の親、万物の始まり』から付けられているらしい。


 例えば、インフォメーションウィンドウの色一つから、その表示方法も自由にカスタマイズできる。

 

 さらに、迷宮フロアにARで壁をランダムに配置したり、決められた時間で変えたり、曜日で変えたり……もう、とにかく自由に設定できる。ダンジョン病棟のような演出もその日の気分で、しかも手軽に行えると言うことだ。


 これは嵐が吹くぞ……。

 今はまだ知る人が少ないが、あの九十九創設者が開発していると知れば、一気に話題を呼ぶだろう。そうなってしまえば、順番待ちで遅れを取るかも知れない。


 俺はこのチャンスを逃がしてなるものかと、真藤さんには即導入希望の旨をメールしておいた。


 ただ、問題が一つ。


 仮に導入が決まったとして、自由度の高いシステムというのは諸刃の剣――。

 良くも悪くも、使う側のセンスと技量が問われるのだ……。


「イベントに活用する方向で考えてみるか……」


 壁の時計を見て、俺は立ち上がった。

 おにぎりとお茶、AXICISのメモ帳をバックパックに入れ、ダンジョンに向かった。



 *



 外の風が冷たくなってきた。

「うひぃー、さむっ。そろそろ、冬だな……」

 腕をさすりながら小走りでダンジョンに入り、開店準備を始める。

 カウンター周りの埃を払いながら、俺はイベントのことを考えていた。


 ちょっと早いが、クリスマスイベントを目標に練ってみるかな?

 また、協会がグランクリスみたいなモンスを召喚させてくれれば助かるんだが……。

 

 と、その時、スマホにメッセージが届いた。


「あ、真藤さんだ!」


 ――――――――――――――――――――――――

 D&M

 壇様


 お世話になります、ダンジョン・マニファクチャリング・ジャパンの真藤です。

 ご連絡いただきまして、誠にありがとうございます。


 早速ではございますが、もし可能でございましたら、

 一度、直接お伺いさせていただきまして、弊社システムのご説明などをさせていただきたいと思います。


 誠に勝手ながら、わたくしのお伺いが可能な打ち合わせ日時を下記に記載致します。


【お打ち合わせ日時候補】

・○月×日(金)13時以降調整可

・×月〇日(月)11時以降調整可

・△月〇日(木)終日可能

 ※打ち合わせ時間は2時間を予定しております。


 お手数おかけいたしますが、

 ご都合の宜しい日時をご連絡いただけませんでしょうか。


 いずれの日程もご都合の悪い時には、

 どうぞご遠慮なくご都合をお知らせくださいませ。


 ご多忙中とは存じますが、

 ×月〇日(月)までにご連絡いただけますと幸いです。


 何卒宜しくお願い申し上げます。

 

 追伸

 先日は、遅くまでお付き合いいただきましてありがとうございます。

 久しぶりに楽しい時間を過ごすことができました。

 機会があれば、またご一緒させてください。

 それでは、お会いできるのを楽しみにしております。

 ――――――――――――――――――――――――

 ダンジョン・マニファクチャリング・ジャパン株式会社

 代表取締役   真藤 朝陽

 〒167-0022

 東京都杉並区下井草×××-××

 電話:03-39××-××××

 FAX:03-39××-××××

 E-mail:×××××@dmj.co.jp

 ――――――――――――――――――――――――


 よし、善は急げだ!

 俺は最短の日程を希望して、返信をした。

 打ち合わせの後は近くの居酒屋でも誘ってみよう。


 *


「う~ん……」

「どうしたんですか? ジョーンさん、さっきからずっと唸ってますけど……」

 掃除をしていた花さんが、カウンター岩越しに俺の顔を覗き込む。


「あ、いや、ほら、そろそろ冬のイベントを考えようと思ってて……」

「確かに、そろそろ準備しないとですよね」


「うん……でも、なかなか良いアイデアが浮かばなくてさ……」

「そうですか……、あ、そうだ!」

「何か良い方法でも?」

「何かで読んだんですが、簡単な質問を続けていくと、会話の中からアイデアが浮かんだりするそうです。ちょっとやってみましょうか。えーっと、まずは冬のイベントだと……クリスマスですか?」

「そうだね、たぶんそうなると思う」


「クリスマスだと、去年はグランクリスを召喚したんでしたよね? 今年も何か目玉を考えているんですか?」

「まだ協会が発表してないから何とも……、あ、でも採算が合えば自力召喚も考えてる」


「では、飾り付けとかは考えてますか?」

「あ、そうだよね……やっぱり特別感が欲しいし、派手に――そうか! 装飾をARでやれば……」

 俺は花さんの手を握ってぶんぶんと振った。

「ありがとう!」

「いえいえ、お役に立てて良かったです……」

 花さんがじっと俺を見ている。

 やっぱ可愛いなぁ……あれ? 何か顔が赤いな? 風邪……?

 あ、うぉっ! ……違っ⁉ 手、握ったままだった!

「あ! ご、ごめん! つい……」

「い、いえ、あ、そうだ、ト、トイレ掃除忘れてました、行ってきます」

「あ、うん、よろしく……」


 ふぅ~、ドキドキした。

 いくら仲良くなったとは言え、距離感を見誤るとセクハラになってしまうからな。

 ちゃんと紳士な店長として自制せねば……。


 俺は再び真っ白なメモに向かった。


 んー、クリスマス、装飾……。

 ARでやるとなると、ヒカリゴケの階層なんか良さそうだな。

 

 星が流れるようにしたり、プラネタリウムに近い感じの……ん?

 待てよ……、クリスマスって年に一度だよな? って当たり前だが。

 

 地球がカップルだらけになる日でもある。

 わざわざこの日だけ疑似的にカップルになる男女もいるほどだ。

 こんなに強いバイアスが掛かる日など、他に存在するだろうか……?

 

 そうだよ!

 この日だけはカップルをターゲットにイベントを組めば良いんだ!


 となれば、話は早い。

 ――今年のクリスマス、我がD&Mは『プラネタリウム』で行くぞ!

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