第141話 ダンジョン病棟編 完 旅で得たもの

 行き止まりの壁の前で、俺と花さんはマップを睨んでいた。


「今まで得たアイテムからすると、これが一番怪しいですけど……」

 ナース姿の花さんが聴診器を渡してくる。


「そうだよねぇ……、ちょっと壁の音を聞いてみようか?」

 俺は聴診器を壁に当て、耳をすませた。

「……」

 これと言って、何も聞こえてこないが……。


「ん?」


 ――明らかに音の違う部分があった。

 その場所だけ、空気が流れているような音が聞こえる。


 聴診器を外して、その部分をノックする。

 他の場所と比べると全く違う音が返ってきた。


「――空洞だ」

「押してみたら破れますか?」


「ちょっと試してみよう」


 俺はグッと手で押してみる。

 すると、メリッという音と共に壁に穴が開いた。


「あ! 行ける、奥に続いてるよ」

 と、花さんに振り返った瞬間、穴から腕が伸びてきて俺の首を掴んだ。


「うげっ⁉」

 ひ、引っ張られる……⁉


「ジョ、ジョーンさん⁉」

 俺は花さんに、転がったバールのようなものを指さして合図した。


「わ、わかりました!」


 花さんがバールを手に取り、壁の向こうのモンスに向かって突き刺した。


『グガァ⁉』

 唸り声と同時に俺の首を握っていた手が消える。


「オホッ! オホッ! は~、助かったぁ……花さん、ありがと」

「大丈夫ですか?」

「うん、問題ないよ。先を急ごう」


 俺は壁を蹴破り、屈んで通れる位の穴を開けた。

 そっと覗き込んでモンスが居ないことを確認する。


「よし、いまのうちだ」


 壁をくぐり抜けると、ヒヤッとした空気に変わった。


 ――これは冷房かな?

 温度を意図的に変える事で、ここから先のフロアが今までとは違うぞという暗示にもなる。


「この先にボスの部屋あるみたいです」

「一本道か……嫌な感じだよね」

「はい、逃げ場がないですし」


 かと言って、ここまで来て帰るわけにもいかない。

 俺と花さんはゆっくりと奥へ進む。


 しばらく行くと、急に長いL字のカウンターが見えた。 

 ナースステーション?


「まずい! 花さん、後ろに下がってて!」


 俺はバールを構え直し、ナースステーションを覗き込んだ。



『『グガアアアア!!!!』』


「き、来た―――!」


 ナースステーションから、ゾンビナースがわらわらと飛び出してくる。


「クソッ!! オラァ! いっとけーーー!」


 一番前のゾンビナースに前蹴りを喰らわす。

 三体くらいが一緒に後ろに倒れた。


「オラオラオラオラァ!」


 一体ずつ、確実に頭部を破壊する。

 次々に霧散し、消えていくゾンビナース達。


 その中に、一回り大きなナースがいた。

 ナース帽には『G』の刺繍が入っている。


「ゲートキーパーか⁉」


 体格が大きくとも、所詮はゾンビ。

 頭部さえ破壊してしまえば終わりだ!


「うぉおお!」


 クッ……かなりの身長差。

 中々、頭部を攻撃させてもらえないな……。


 何かで隙を作らないと。


『ウガァァァ!』

「くっ⁉」


 無茶苦茶に腕を振り回して攻撃してくる。

 これじゃ、中々近づけない。


 その時、ゾンビナースの顔に光が当たった。

 振り返ると、花さんが懐中電灯の光をゾンビナースに向けていた。


『ガァ⁉』


 ゾンビナースが顔を手で覆う。

 ――今だ!


「落ちろぉーーーーーーーーっ!」


 バールで思いっきり頭部を叩いた。

 ゾンビナースの顔が歪み、次の瞬間、黒い粒子となって消える。


「ふわぁあ~、やっと倒せたぁ~」


 その場にへたり込む俺。


「やりましたね、ジョーンさん!」

「ありがとう、花さんの機転のお蔭だよ」

「そんなぁー、えへへ。ゾンビ系は光に敏感なのを思い出して……」


 花さんが懐中電灯で、ゲートキーパーの顔に光を当てた事で隙が生まれた。

 中々、実戦で出来ることじゃない。


「よし、この調子で……ん?」


 ゲートキーパーが居た場所に、小さな鍵が落ちていた。


「これ、重要っぽいな」

「どこの鍵ですかね?」

「わからないけど……先に進んでみよう、何かあるかも」


 ナースステーションを通り抜けて真っ直ぐ進むと、突き当たりに腰の高さくらいの石柱が立っていた。

 柱は正方形で、断面には碁盤の目のような線が引かれている。

 その向こうの壁には閉ざされた扉があった。


「ははーん、これはあれでしょ、チェスの駒を置けば先に進めるパターンじゃない?」

「それはそうだと私も思いますけど……、どこに置くんです?」

「……あ」


 そうだ、駒を置くってのは、見れば察しが付く。

 でも、どこに置くのかとなると……全く見当がつかない。


「全ての鍵はここにある……」

 そう呟きながら花さんがマップを眺めている。


「f1003号室でナイト……f1004号室でポーン……c1012号室に懐中電灯……なぜ部屋番号のアルファベットに同じものがあるんでしょうか?」


 丸印の部屋に手に入れたアイテムを書き込んでいく。

 俺はそれを眺めていて、ふと気付いた。


「あ……わかったかも……」

「え? ホントですか⁉」


「二階と三階の部屋も1000番台、頭のイニシャルも規則性が無いように見えるし……ほら、チェスの駒が置いてあった部屋番号は、全て末尾が8以下になってる。チェスの棋譜って、1~8の数字とa~hのアルファベットで表すんだよ。たぶん……これは棋譜のヒントだと思う」

「すごい! チェスも分かるんですか?」

「ほら、将棋好きだし、その流れで……」


 何だか照れくさい、これで違ったら大恥なんだが……。


「じゃあ、ちょっと置いてみよう」


 俺は駒が置かれていた部屋番号を元に、石柱の盤面に駒を置いて行くことにした。 


 ルークを見て手がとまる。

 あれ、部屋番号のアルファベットがz……?


 チェスの棋譜は縦1~8の数字と横a~hのアルファベットしか使わない。

 ルークは恐らく罠だな……。


 ――よし、やるか。


「まず、ポーンを『f4』へ」


 コト……っと音がする。


「次にナイトを『f3』に」


 緊張するなぁ、花さんも真剣な顔で盤面を見つめたまま、微動だにしない。


「ビショップを『d3』」


 花さんと目が合う。

 頼む、正解しててくれよ……。


「最後にクイーンを『e2』へ……」


 なるほど、ガリー・カスパロフの棋譜か……。

 クイーンを置いた瞬間、カシャッと台に鍵穴が現れた。

「さっきの鍵で……」

 恐る恐る鍵を差し込んで回すと、目の前の壁が自動ドアのように開いた。


「やった! うぉおお! やったぞ!」

「すごいすごい! きゃー、やりましたね!」


 二人で飛び上がって喜び、花さんが俺の肩をバンバンと叩く。


「あ、ご、ごめんなさい、つい……」

「いいよいいよ、さあ、これで終わりかな? 行ってみよう!」

「はい!」


 奥へ進むと、扉が閉まった。


「⁉」


 暗闇の中、ぼんやりと光が付く。

 ウィルオウィスプか⁉


 照らされた部屋の中に、白衣を着た誰かが立っている。


『……ようこそ、ダンジョン病棟へ……、そして、さようなら。ここが君たちの最後の場所となる』


「これって、モンスが喋ってるんですかね?」

「いや、部屋全体から聞こえてくるみたいだ」


『……私の名はDr.マミー、さあ解剖オペを始めようじゃないか!』


 キャアァァァァーーーーーーーーー!!!!

 部屋中に悲鳴が響く!


「ジョーンさん、あれ!」

「な⁉ ヘルマミーか⁉」


 白衣の何者かが振り返ると、それは上位種の『ヘルマミー』だった。

 ヘルマミーは中東地域に多く出現するモンスだが、日本では鳥取くらいでしか出現した例がないはず……。


 まさか、コアガチャしたのか⁉

 コアガチャとは、目当てのモンスが召喚できるコアが定着するまで、新たなコアで試し続けるような無茶苦茶なやり方だ。


 一発で引ければいいが、まずそんな上手く引ける訳がない。

 引くまでにどれだけの金が掛かるのか想像も付かないし、そんな数のコアどうやって用意する?


 そう考えてみると……やはり割が合わない。

 何か他に独自のノウハウがあるのかも知れないな……。


「ジョーンさん、あそこに『おうごんのツメ』が飾ってあります!」

 花さんが指をさす壁に、金色に輝くツメが掛けられていた。


 おぉ! あれがあればヘルマミーも怖くない。

『おうごんのツメ』はミイラ系モンスに特攻がある。


 そうか、上位種のヘルマミーを、流石にこの人数と装備では倒せない。

 だが、ちゃんとクリアできるように救済アイテムを置いてあるのか……。


「花さん、隠れてて!」

「はい!」


 ヘルマミーにバールを投げつけ、壁に掛けてあったおうごんのツメを手に取った。


「よっしゃ! いくぞーーーっ! オラァッ!!!」


『グォォオオオーーーーー!!!!!』


 くぐもった断末魔を上げて、ヘルマミー、いや、Dr.マミーが消えた。


「やった……これでクリアか?」

「やりましたね、ジョーンさん!」

「うん、やったね」


 二人で自然と拳を合わせた。



 *



 ダンジョン病棟から東京に戻った俺達は、ビジネスホテルで一夜を過ごした。

 もちろん別々の部屋である。


 夜に別れて、また朝、ホテルのロビーで花さんと合流する。

 普段と違う場所、違う時間に会うって、どこか不思議な気分だなと思う。


 折角、東京に寄ったので、新宿や渋谷を回ってお土産などの買い物をした後、俺達は帰路につくことにした。



 *



 快適マリンライナーから見える瀬戸内海を眺める。

 隣に座る花さんは、旅の疲れが出たのか眠っていた。


 ダンジョン病棟……、あれは真似できるものじゃない。

 本当に素晴らしいエンターテインメントだった。


 訪れたダイバー達が、モンスの構成を明かさなかった理由もわかる。

 あのダンジョンは、モンスを倒すことに主眼を置いていないのだ。


 全ては巧みな演出による恐怖体験、そこにダンジョン病棟の醍醐味がある。

 モンス構成なんてバラしたところで意味が無いし、特攻が利くヘルマミーのネタバレなんて野暮なだけ。それこそ、バラす方の人間性が疑われてしまうだろう。


 あぁ、やられたな……。


 まだまだ知らないことばかりだ。

 こんなに面白い事があるなんて……。


 そういえば、矢鱈さんは海外の方が面白いダンジョンが多いと言っていた。

 俺もいつか、海外に行ってみようかな……。


 花さんの寝顔を見つめる。

 長い睫毛、透き通るような白い肌……。


 こんなに長い時間、一緒にいたのは初めてだ。

 一泊二日か、あっという間だったなぁ……。


 *


「ジョーンさん、本当にありがとうございました、とっても楽しかったです!」

「うん、俺も良い勉強になったし……楽しかった」

 真正面から花さんと目が合う。

 一瞬、ほんの一瞬だけ、二人は真顔になった――。


「ぷっ! あははは!」


 先に笑ったのは花さんだ。

 俺も釣られて笑う。


 この胸の奥にあるもの――、それを伝える方法を、俺はまだ知らない。

 それを知ってしまったら、全てが壊れてしまいそうで……。


 二人で向かい合って笑い合う。

 楽しい、この時間が……もう少しだけ続けばいいのに。


 おもむろに俺は……、

「じゃあ、また」と手を上げた。


「あ、これ、お礼です」

「え?」

 俺に小さなリボンの付いた紙袋を渡して、照れくさそうに微笑みながら数歩下がり、

「じゃあ、また……D&Mで」と花さんは背を向けて帰って行く。


「あ……、ありがとう!」


 俺はひとつだけ気付く――。

 あの冬に見送った時とは違って、遠ざかる花さんの背中が、少しだけ近く感じられた。


 それだけでも、この旅には意味があった。

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