第140話 ダンジョン病棟編⑤ 行き止まり
部屋は病室のようだった。
パイプベッドが向かい合わせに三床並んでいる。
ベッドには染みがあり、中には足の折れているベッドもあった。
奥にある窓は木の板で塞がれていて、隙間から僅かに漏れる陽の光が、こちら側と向こう側との境界線を暗に示しているようだった。
「あの奥、何かいるんでしょうか……」
「うわぁ……何であそこだけカーテン閉まってるんだよ……」
一番奥のベッドだけ、カーテンで覆われていた。
まずは、遠目から観察する。
床、壁、天井、特に異常はなさそうだ。
染みもスライムに変わる様子はない。
「さっきのスライム、赤色でしたよね……?」
「え、ああ、そうだったね、初めて見たけど」
「そうなんですよ……赤って恐らく自然発生したものではなくて、赤い色素を持つ何かを取り込んで、いや、わざと取り込ませるようにしているのかなって思って」
「わざと……」
スライムに赤い餌をやるとか……そう言うことなのかな?
確かに気にした事はなかったけど、出来そうな気がする。
染料に漬けても染まりそうだし……。
「きゃっ⁉」
「な、何⁉ どうしたの?」
花さんが奥のカーテンを指さす。
二人で息を潜めて見つめていると、突然じわっと黒い染みが浮き上がった。
「え⁉ 来る⁉」
瞬間、カーテンが外れ落ち、異様に大きな人型の何かの姿が
「ま、何だあれ⁉」
「何でしょう? 初めて見ます! モンスなのかな……?」
花さんは恐怖より興味が勝ったようだ。
既に前のめりになって、目を細めている。
「あ、危ないよ、しばらくは後ろに」
「す、すみません」
俺はじりじりとベッドに近づき、目を凝らす。
ベッドに座っているそれは、ボウリングのピンを逆さにしたような頭部をしていて、顔の中心部分にはぽっかりと黒い穴が開いている。
身体は大きなマネキンのようで、薄青い検査服を着ていた。
その得体の知れない何かは微動だにせず、ただその場に座している。
「何だろう……動きそうにはないけど……」
「でも、じゃあ何でカーテンが落ちたんでしょう……」
「た、確かに……そうだよね……ちょっと突いてみようか?」
「は、はい、私ちょっと下がってます」
バールを伸ばしてそれの足らしき部分を突く。
ん……何か硬い感触だな。
やっぱり人形なのか?
と、その時、顔の穴から何かが飛び出して来た!
『『キキキキィーーーーーーッ!!!』』
「うわぁっ⁉」
「ジョーンさん⁉」
猫くらいの大きさの、すばしっこい何かが俺に襲い掛かってきた。
「ぬおおおおぉぉ!!」
バールを振り回すと何かが身体から離れた。
見るとそこには、赤い眼を輝かせた五体のヘルラットが牙を剥いている。
ヘルラットは大型の鼠のようなモンスで、一度発生すると地獄のように増えることからその名が付いた。行動する時は、大抵5~20体程度で群れを作り、多い時は100体を超える時もあるという。
「ジョーンさん!」
「大丈夫! これくらいなら行ける!」
そう、俺もこう見えて元沼ダイバー、ヘルラット如きに遅れは取らない。
ルシールがあれば瞬殺だが、今はこのバールのようなもので……叩く!
――シュッ……。
『グギィ⁉』
――シュシュッ……。
『ピギィ⁉』
「終わりだ! オラァッ!」
『ギュッ⁉』
速攻で5体を霧に変え、ふぅーっと息をつく。
花さんが駆け寄ってきた。
「すごい! ジョーンさん慣れてるんですね?」
「ははは、まあ一応このくらいなら……」
と笑って、二人同時に人形の方を見た。
「これ、何でしょう?」
「さあ、ヘルラットの巣なのかな?」
「中に何かあるかも知れませんね」
全く怖がる様子も無く、花さんが顔の穴を覗く。
「ちょ! 危ないよ⁉」
「へーきです、んー、暗くて……あ、何かあります」
花さんが手を突っ込んで、人形の中からチェスの駒を取り出した。
「
「何かに使うのかな……」
「一応、持っておきますね」
「うん、この部屋にはもう何もなさそうだ」
花さんがマップを開く。
「うーん、丸印の部屋には駒があるのかも知れませんね。最終的に集めた駒が鍵になるのかも」
「確かにありそうだね、じゃあ丸印の部屋を潰して行こうか?」
「はい!」
*
それから、俺と花さんは、丸印がついた部屋の探索を順調に進めた。
これまでに集まったアイテムは、
・ポーンの駒
・ナイトの駒
・ビショップの駒
・ルークの駒
・クイーンの駒
・バールのようなもの
・古い聴診器
・懐中電灯
チェスの駒は、キングを除いて全て揃った。
残念ながら武器が出ない。
更衣室のロッカーもビビりながら一つずつ探したが、ついに見つからなかった。
「武器がないな……」
今は病棟の3Fだ。
流石にモンスも手強くなってきた。
1~2Fはゾンビナースとヘルラットがメインで、数もそれほど多くなく、俺一人でも対処できたのだが、3Fに上がってからというもの、普通にスケルトンや、鬼火、パペットマン(白衣着用)が出現するようになっていたのだ。
「ジョーン……さん……」
「え? ひぃっ⁉」
振り返ると花さんが懐中電灯を顔の下から照らしていた。
「ふふふ、驚きました?」
「ちょっと……心臓止まるかと思ったよ」
「それにしても、よく出来てますね。最低限の情報とギリギリ足りないくらいの武器、モンス構成はそれほど難易度が高くありませんが、この演出と縛りによって見事に難易度を調整しています。恐らく、このアイテム類も私達が入場する時に用意されたのではないかと思います」
「えっと、入場者によって変わるってこと?」
「ええ、恐らく。もし、私達が4人組なら武器は二つか三つ、もしくは丸印の部屋の場所が変わってるはずですね」
「何で部屋が変わるの?」
「事前に何種類かの難易度を設定した部屋を用意しておいて、入場者に渡すマップで振り分ける感じかと……」
なるほど、言われてみればしっくりとくる。
もし、花さんの言うことが正しければ、もうこれは逆立ちしても勝てないぞ……。
正直、俺も病棟に入ってから怖いけど、それ以上にワクワクしっぱなしだ。
――真似できない。
とてもじゃないが無理だ。
だが、何か得られるものがあるはず。
病棟に入ってから、俺は気になったことをメモしていた。
小林さんの顔が浮かぶ……、980円もしたAXCISのメモ帳。
そうだ、諦めちゃいけない!
小林さんから俺は学んだはずだ、全ては積み重ね。
そこから始まるのだ。
「ジョーンさん、行き止まりです」
「うーん、おかしいなぁ……マップだと続いてるのに」
俺達の前には薄汚れた壁が立ち塞がっていた。
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