第8話 ダンジョンが拡がりました。

『お前のダンジョンいつの間にか十五階層なんだな、良かったじゃん。レイド行きてー!』


「ふぇ……?」


 リーダー曽根崎のメッセージに驚く。急いで返信を送った。

『十五階層? 協会サイトで見たんですか?』

『ああ、さっきな。お前のダンジョン見たら増えてたからさ』

 ダンジョンの階層データはバックグラウンドで更新され、階層が変化するのはCLOSE中のみである。

『あざっす!! 急ぐんでまた!』

 俺はスマホをポケットにねじ込む。

 爺ちゃんのBMが唸る! 実家の駐車場にサイドターンで滑り込んだ。

「ありがと!!」


 車を降りると、一目散にダンジョンへ向かって――走る、走る、走る!!


「うっひょー! マジか! 十五階層なんて、まだまだ先だと思ってたわw」


 家の裏手にある獣道を全速力で駆け抜けた。

 あっという間に、ダンジョン入口に到着。

 息を整えながら、ビニールシートを乱暴に引っぺがした。

 そして、デバイスを立ち上げマップを確認する。


「おお!」


 新たに拡がったフロア、確かに十五階層!!

 ビューを表示して内部をチェックしていく。


 五階にはGKゲートキーパーが!

 あの狐か?

「キター! マッドグリズリー!!」

 いいぞ、これはいい。


 マッドグリズリーはイカれてる。

 その名の通り、凶暴さで言えば上位モンスにも劣らない。

 その暴れっぷりは、まさにマッドという言葉が相応しいだろう。

 ※大きさはWWFのジャイアント・シルバぐらい。


「いい感じになってきたなー」


 俺は頷きながら、さらに下の階層へビューを進める。

 六階からは、今までの洞窟タイプと違い、煉瓦で作られた回廊が形成されていた。


 迷宮タイプか……。

 これは宝箱なんかも期待できるぞ。

 逸る心を落ち着かせてビューを走らせる。

 アンデッド系モンスが多い印象だ。


「迷宮は一〇階までか……GKはなし、と」

 

 十一から十五階までは密林タイプであった。

 うっそうと茂ったジャングル。

 このタイプは虫系、魔獣系、水棲系などモンスの種類がとても豊富だ。

 くぅー、改めて自分の豪運に感謝をしたい。


 よし、構成は頭に入った。

 いよいよダンジョン改装オペに移ろうと思う。

 大丈夫大丈夫、俺、失敗しないので。


「えー、所持DPは701,402か……」


 デバイスのリストから樹木のカテゴリを選ぶ。

 

 ・プラスティックツリー……8,000DP

 ・アダマンの木……18,000DP

 ・ヤコブツリー……28,900DP

 ・引き寄せの木……4,800DP

 ・マンイートリーフ……37,690DP


「うーん、普通のでいいんだけど……」


 ・ガジュラの古木……3,000DP

  説明:その昔ガジュラという戦士が、死に際に食べた故郷の森の木の実が育ったと伝えられている。


 ふむ、ファンタジー心をくすぐるじゃないか。

 これに決定。

 

 配置場所は二階の壁際。

 あまり多くても雰囲気が壊れるので、二本までにしておく。

 チャリーン、-6,000DP。


 次は岩と松明。

 

 ・岩(中)……1,000DP


 ・松明……2,000DP


 岩を四個、これはガジュラの木の横に。

 松明は三階~五階まで均等配置するので八セット購入。(セット数☓三本)

 チャリーン、-20,000DP。


 あとはトレントがいないので召喚を。


 ・トレント……800DP


 三体ほど二階へ配置しておいて、後で樹液を取る。

 チャリーン、-2,400DP。


「ふぅ」


 よし、順調順調。

 そうだ、迷宮の通路にスケルトンの骨を転がしておこう。


 ・スケルトンの骨(上腕部)……300DP

 ・スケルトンの骨(頭蓋骨)……500DP


 うーん、三つずつ購入し、六、八、十階に配置。

 チャリーン、-2,400DP。



「すみませーん、島中シマナカでーす」

「来た来た」

 外を見るとホームセンター島中の平子兄弟の姿が。

 やはり見分けがつかないな。


 俺は外へ出て頭を下げた。

「あ、どうもありがとうございます、ホームセンター島中の平子と申します」

「いえいえ」

 名札には平子Dと書いてある。眼鏡はべっこうのフレームだ。

 また、違う人か……。


 見ると、もう一人の平子はFであった。

 こちらは、丸い黒縁メガネをかけている。

 いったい何人兄弟なんだろう……。


「へぇ、いいところですねぇ」

「そうですか? へへへ」


「あ、設置費込みなんでフェンス建てちゃいますけど、場所はどの辺がいいですか?」

「いやぁ助かります! この辺が良いんですけど……」


 俺は平子Dに相談しながら、フェンスの場所を決めた。

 その後、平子Fと一緒にマイルドリーフをカウンター岩の横へ運ぶ。

「ここらですかね?」

「もうチョイ右がいいんじゃないかと」

 平子Fがリーフをずらす。


「この窪みに合わせれば……」

 平子Fが微調整をして俺を見る。

「どうです?」


 少し離れて見ていた俺は手を叩く。

「おお~。カッコいい」

 すると平子Fが俺の隣に来て

「ホントだ、似合いますね~」と同じ様に手を叩いた。

「ありがとうございます……あれ?」

 見ると、そこにラフなTシャツ姿の陽子さんがやって来た。

 髪を上で一つに纏めていて、涼し気なのはいいのだが、近づいてくる度に揺れる胸に驚く。

 相変わらず結構なをお持ちでいらっしゃる。


「みなさん、ご苦労様です。良かったらお茶でも」

 冷たい麦茶の差し入れであった。

 さすがは年の功。俺は陽子さんの細かな気遣いに感謝した。

 同時に、以前風呂場で鉢合わせた光景が蘇る。

 だが、そこは俺も大人。

 その記憶を爺ちゃんの顔で上書きして見事改変に成功した。


「すみません陽子さん、気を使わせてしまって」

「あら、いいのよ。ちょっと興味もあったしね」

 と、陽子さんはダンジョンの方に目を向ける。

「ダンジョンに興味が?」

「ふふ、昔ちょっとね……」

 陽子さんは多くを語らず、平子兄弟に微笑みかける。

「じゃあ、みなさん宜しくお願いします」

 そう言って頭を下げると家に戻っていった。


 平子D、Fが陽子さんの背中に

「奥さん、ごちそうさまでーす!」と頭を下げた。

 見分けが付かない。まだEには会ってないが……。

 いまのところ、平子兄弟は全員感じがいいな。


 そして、無事フェンスの設置が終わり鍵を受け取る。

「これで設置完了です、何か不具合がありましたら連絡を下さい」

「わかりました、ありがとうございます」

 と言って、丁寧にごみを回収して帰って行く、平子兄弟の後姿を見送った。


 そして俺は振り返り、腕組みをしてダンジョンを眺めた。

 金網越しに見えるマイルドリーフの緑が、薄黒い岩肌にとても良く映える。


「素晴らしい……」


 そうだ、記念に一枚撮っておこう。

 俺はスマホに写真を撮り、リーダー曽根崎へ送った。


 ああ、なんてカッコいいんだ! まるで、ブルー●スの表紙みたいじゃん!

 ――その時、背後に人の気配を感じた。


「開いてますか?」


 若い男だ。俺と同じぐらいだろうか?

 背がシュッと高く、顔もちょっと驚くほどシュッとしている。

 洗練された洋服もシュッとした感じで、全身ファストファッションの俺でも、パッと見てシュッとしているのがわかった。


「あ、ああ! すみません、開いてます! すぐにご用意しますんで!」


 カウンター岩に走り、若い男のダイバーからIDを受け取る。

「なんか、高知でレイドらしいですね」

 穏やかな口調、気さくそうな人でほっとする。

「あー、そうなんですよ『クラーケン』みたいです」

 男はくやしそうに頭を振り

「行きたかったなぁ~」と言った。

「今からだと間に合わないですもんねぇ」

「そうなんすよ……。あ、武器はこれで」

「は……い?」

 俺はアイテムリストを見て一瞬、固まる。


 ――な、なんだこれは!?Σ( ̄□ ̄|||)


 リストには名だたる武器、防具、希少アイテムがずらりと並ぶ。

 こ、この量、質、ヤバい、ヤバい、これはヤバい!

 プ、プロダイバーか!? チートか?


「は、はい……『本当は凄いブロードソード+999』ですね……(震え声)」

「うーん、因みにここヤバそうなのいます?」

「い、いえ……。お、お客様なら大丈夫かと……存じます」

「え~やだなぁ、そんなに丁寧にしないでよ」

 男が笑うと真っ白な歯が覗いた。

「あ、はい……いえ、ははは」

「OKっす。じゃまた後で」

「はい、いってらっしゃいませー」


 もしかして、有名人?

 とんでもなく凄い人なのでは……?

 ていうか、本当は凄いシリーズの武器なんて初めて見たぞ?

 ……まさか実在するとは。

 多分、俺と同い年ぐらいだと思うが、一体、どれだけ潜ればあんな事に……。

 


 興奮冷めやらぬまま、デバイスでその男の動きを見る。

 ――速い!!

 青い点が凄い速さで進んで行く。

「凄い!! ……ん?」

 俺はその点の下に表示されるダイバーネーム(PNのようなもの、ダイバーが決められる)を見た。

 そこには『タラちゃん』と書いてある。

 タラちゃん……。


 と、そこに新たなお客さんがやって来る。

 レイドに乗り遅れた人たちが数人で来てくれた。


 接客を済ませて一息付くと、ダンジョンから『タラちゃん』が戻った。

 全十五階層を、時間にして僅か1時間程。恐ろしい速さである。

「あ、お疲れさまです! 速いですねぇ、本当にすごい!」

「いやいや、たまたまっす」

 と、男は手を振り謙遜した。


「……あの、もしかしてプロの方ですか?」

「ああ、一応そうなんすよ」

 男は普通に答える。訊かれ慣れている感じだった。

「それは凄い! 僕も一時ハマってたんですけど、プロにはとてもとても」

「へぇ、そうなんすね~。あ、俺は矢鱈やたらって言います」

 ――その瞬間、頭が真っ白になる。

 

「わわわ、だ、壇ジョーンです……! カ、カリスマダイバーの矢鱈堀介やたらほりすけさん!? 本買いましたよ俺、本!!」

 矢鱈さんは両手の平を俺に向け

「ちょと、恥ずかしいっす! やめてくださいよー」と困った顔をする。

「す、すんませんでしたぁ!! いや、まさか、そんな……」

 プルプルプル……。おぉ? 足が震えている。

 まさかあの、矢鱈堀介がウチに来るなんて!!

「最近、近くに越して来たんで、また寄らしてもらいますよ」

「え!? それは是非是非!! お願いします! あ! うどんで良ければいつでもご馳走します!」

 矢鱈さんは苦笑いを浮かべた後

「あ、そうそう」と、俺に近づいて耳打ちをする。

いるんすね? ビックリしちゃいました」

「あ、ああ~! っすね?」

 黄色くてぷにぷにしたボディが脳裏にカットインする。

 大袈裟に頷いて応えた後、二人で顔を見合わせてにんまりと笑った。


「じゃ、また」

 そう言って、矢鱈さんはシュッとした動きで、シュッと帰って行った。

「やっぱ違うなぁ~」

 感心しながら、一人で頷く。


 最後のお客さんが帰った後、CLOSEにしてダンジョンの営業を終える。

 俺は「よーし」と気合を入れ、二階へ降りた。


 ルシール+99をチラつかせながら、トレントに樹液を取らせて貰う。

 バケツに五杯分の赤い樹液を、階段の壁にぶちまけて行く。

 これは誰にも見せられないなと思いながら、最後の樹液で手形を押していく。

「こ、これはww」

 スプラッター映画並の演出が完成した。

 これでより、緊張感が増すはずだ。ケケケ。

 

 一階へ戻り、真っ赤になった手を洗って帰り支度を済ませる。

 外に出て真新しいフェンスに「頼むぞ」と軽く手で叩き鍵をかけた。

 ふと、フェンスにも樹液をかけようかと思いつくが、何事もバランスが大事。

 ここは我慢することにした。


「あ、矢鱈さんにサイン貰えばよかったなぁ……」


 ……とあるSNSサイト。

「やったよ~。ダイバー免許~よきよき」

 免許を片手に持った黒髪JK。

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