第17話 負けられぬ戦いがあります。

「今年も、もうグッドダンジョン賞か、早いな」

 俺はスマホで発表を見る。

 今日は、年に一度、その年で一番支持されたダンジョンが発表される日。


 一位は、前年TOPを見事抑えた沖縄石垣島の『なんくるダンジョン』だ。

 ここは観光地ブームと相まって、かなりの盛り上がりを見せていた。

 TV取材も多く入り、バラエティ番組やニュースでも見る機会が多く、納得の結果である。

 しかも、ここのスタッフは皆アイドル級に可愛い。反則だ。


 二位は、ご存知ダンクロが誇る旗艦ダンジョン、東京の『アンダーグラウンド』である。

 歌舞伎町から大久保に抜ける途中にある、九龍城さながら、広大な地下廃墟型ダンジョン。ロケーション、世界観、そして、モンスの種類、スタッフ、どれを取っても一流だ。

 例年グッドダンジョン賞を取り続けていたが、今年はなんくるダンジョンに越された形となった。

 俺としてはざまぁwである。


 しかし、俺もいつかはグッドダンジョン賞に選ばれるようなダンジョンを……。

 そんな妄想を思い浮かべながら、朝食のうどんを食べてダンジョンへ向かった。


 カウンター岩のホコリを刷毛で払う。

 他店調査も必要かなぁと考えていると、絵鳩が顔を見せた。

「お、いらっしゃい」

「ん」

 軽く顎を上げ、こなれた感じでIDを差し出す。

 くっ、すっかり慣れやがって。 


 ちなみにフェザーメイルはまだ返して貰っていない。

 何に使われるかわからない、キモいと言われてしまった。

 そんなモヤモヤは一切顔に出さずに

「良かったらタオル貸出あるけど?」

 と、俺はIDを返しながら訊く。

「……覗くでしょ」

「は?」

 こちとら、ガキの裸なんぞ興味……ないこともないが、お前のは頼まれても見ないぞ!

 絵鳩は冷めた目で俺を見て

「いらない」

「ぐ……じゃあ武器はいつものね」

 俺はデバイスから絵鳩の装備を渡す。

 ――白雲しらくも

 これは初心者用の刀では、かなりいい部類で、軽いうえに攻撃力もそこそこ。矢鱈さんに貰ったらしく、えらく気に入っている。(鞘に矢鱈さんのサイン入)

「じゃ」

 装備を終えた絵鳩が一人でダンジョンへ向かっていった。

 何かと生意気な奴だが、ダイバーとして今後の成長が楽しみではある。

「今日あたり、GKとご対面かな?」


 俺はカウンター岩の清掃を終えると、後ろの棚に飾ってある『ダンジョロイド』のホコリを一つずつ丁寧に払っていく。


 ダンジョロイドは、ダンジョンに出現する人気モンスをフィギュアにした物だ。

 ダイバーには相当な人気があり、定期的に出る限定モンスの販売日には、転売屋が現れてニュースになったりする。まあ、それぐらい人気のフィギュアである。


 俺のコレクションで一番ヤバいのは、笹塚ダンジョン時代にスタッフのコネでもらった、非売品の『ドリルパンダ』これはネットオークションに出せば、結構な高値がつく。

 他にも『ラキモン』や『ケルベロス』『デュラハン』など人気どころを所有しているが、あくまで趣味の範囲で集めている。店の飾りにもなるしね。


 ダンジョン石鹸を個別にラップで包んでいると(一個100DPに値下げした)

「おっす、久しぶり」

 ま、眩しい! 真っ白な歯がさらに白くなっている!

「や、矢鱈さん! どうも」

 受付をしながら矢鱈さんの口元を気にしていると

「ああ、これ?」

 ニッと口を横に開いて歯を見せた。

「雑誌の企画でさ、ホワイトニングってのをしたんだよ」

「へぇー、真っ白ですね」

 一体、何の企画なんだろうか……。

「あ! あれ、もしかしてドリルパンダじゃない?」

 後ろのダンジョロイドを指さして言った。

「そうなんですよ、カウンター岩周りが寂しいかなと思って、飾ってみたんです」

「それって、かなりレアだよねぇー」

「わかります?」

 俺は少し優越感に浸りながら答える。

 と、そこに絵鳩が戻ってきた。


「お、早いね?」

「絵鳩ちゃん来てたの?」

 俺と矢鱈さんが同時に声をかける。


「なにそれ?」

 ドリルパンダを見るや否や、おもちゃを見つけた猫のように目を丸くして、絵鳩はカウンター岩から覗き込む。

「ああ、これ? ドリルパンダだよ」

「ドリルパンダ……よき」

 やばい、この流れ。

 まさか……。

「と、ところでダンジョンはどうだった? いっぱい倒せたかな? ははは」

 俺は慌てて話を逸らそうとするが

「見せて」

 絵鳩が手を差し出す。

「い、いやこれは……その……あ、そうだ石鹸使う?」

「……駄目?」

 と、手を引っ込め、今まで見せた事のないような悲しい表情を見せて、俺を追い込む。

「……ちょっとだけね、これかなりレア物だから」

 棚からそっとドリルパンダ取って絵鳩に渡した。


「うわ、かわいい。めちゃかわ」

「で、でしょ? はは、もういいかな?」

 ヤバい、気に入ってる! 必死で回収しようとする俺。


「それ、売ってないやつだからねぇ、あ、こうするとキーホルダーにもなるんだよ」

 矢鱈さんが横から余計な事を教える。

「ほんとだ。ちょっと付けてみて良い?」

 え……。俺でさえ付けたことないのに……。

「駄目?」

 はい、キタコレ。絶対こいつ狙ってるわー。

「どうぞ」

 俺はもう為す術もなく、流れに身を任せた。


 絵鳩は自分のバッグにドリルパンダをぶら下げて、ご満悦である。

「へぇー、やっぱ女の子が持つと似合うねぇ」と矢鱈さん。

「どうだろうなぁー? うーん、似合うかなぁー?」

 俺は必死に抵抗を試みる。

「学校で自慢したい」

 バッグを肩にかけてポーズを取リ始めた。

「ぐ……」

 でたよ、何でも我が通ると思いやがってますわ。JKってやつは。

「そ、そうだよねぇ、自慢したいよねぇ、あ、写真撮ればいいんじゃない?」

 絵鳩と俺の間で火花が散る。


「かわいいなー、いいなー」

 と、ふいに絵鳩は、バッグを空に翳すようにしながら外に出る。

 段々と露骨になってくる。くそっ負けるものか!

 俺は、慌てて追いかけて

「でしょー、すごい苦労して手に入れたんだよ、

 と、絵鳩にカウンター岩へ戻るよう圧をかけた。


 互いに一歩も譲らぬデスゲームが始まる。


「ジョーンさん、ダンジョンで忙しいから付ける暇ないんじゃないですかぁ?」

 こいつ、初めて名前で呼んだな。

「いやいや、そんなことないよ。見て楽しめるしねぇ」

「私、小さい頃からパンダ好きで有名だったんです」

 そう言いながら、また平然と外に出ようとする絵鳩。


「あ、そうなの? 俺もパンダ好きで東京居た頃は良く上野動物園に通ってたなぁ~」

 誰が通すものかと笑顔で道をふさぐ。

「へぇ、でも私は実物よりこういうフィギュアとか、ぬいぐるみの方が好きです」

 今度は矢鱈さんの方へ近づいていく。


「はは、そういえば、ホームセンター島中でぬいぐるみ売ってたよ?」

 俺も矢鱈さんの横に回り込むと、絵鳩は俺に背を向け

「あー、これバッグの青によく似合うなぁ。どうですか矢鱈さん?」

 いつの間にか二人に挟まれてしまった矢鱈さんは、苦笑いを浮かべて

「あ、う、うん。そうだね、良く似合ってるね」と答えた。

 すかさず横から俺は

「まあ、パンダは緑かなぁー、笹も緑だし」


 絵鳩がキッと睨んで

「学校でダンジョロイド持ってないの私だけなんです」

「そりゃ可哀想だねー、あ、こっちのゴブリンあげようか?」

 俺はそう言って、カウンター岩にゴブリンのダンジョロイドを置く。

「あ、これに人気ですよねぇー、すごーい。なら喜ぶだろうなー」

 ぐ……手強い。


 しばらく沈黙が流れた後

「じゃあ、これ……返します」

 絵鳩は、ゆっくりとドリルパンダを外そうとする。

 途中、こちらをチラチラと伺っているのがわかった。


「はい……」

 渋々、絵鳩がドリルパンダをカウンター岩に置いた。


 ――勝った。

 すかさず、ドリルパンダを棚に戻す。ふー、あっぶねー。


「じゃ帰ります」

 絵鳩は俯いて、鼻をすする。

 おいおいおいおいおい、嘘だろ? 嘘だと言ってくれ!

「どうしたの? 絵鳩ちゃん?」

 矢鱈さんが声をかける。

 矢鱈さん!! ヤメてぇーー!! らめーーーーっ!!

「いえ、大丈夫です」

 顔を上げて、わざとらしく微笑む。

 その目には涙が溜まっていた。


 ――終わった。


「ちょ、絵鳩ちゃん?」

 矢鱈さんが覗き込むようにして言った。

 絵鳩は無言で、涙を拭いながらかぶりを振った。

 こ、こいつ、容赦ねぇ! こっちが泣きたくなるわ!

 あー、ドリルパンダとも今日がお別れか……。


 そう思って肩を落とす、すると矢鱈さんが棚に戻したドリルパンダを手に取った。

「え? や、矢鱈さん?」

 矢鱈さんはまあまあと白い歯を見せて笑う。

 そして、絵鳩の横に行き

「そんなにドリルパンダ好きなの?」

 と、手に持ったまま訊いた。

 俺の顔をじーっと見ながら黙ったままの絵鳩。

 そんな様子を見た矢鱈さんが

「これね、本当にレアなんだよ。実物を見られただけでも凄いよ? あ、写真撮ろっか?」

 ドリルパンダを見つめる絵鳩に促す矢鱈さん。

 バッグからスマホを取り出すと

「貸してごらん、ほら行くよー、はい3,2,1」

 パシャっという音。

 画面には俺と矢鱈さん、絵鳩にドリルパンダ。

「ほらよく撮れてるよ、よかったね絵鳩ちゃん」


 絵鳩は気まずくなったのか、そのまま走って帰ってしまった。

 

 ううむ、よくわからん。

 ともかく、これで一安心だ。

 俺はカウンター岩に倒れこみ

「矢鱈さん、ありがとうございます。もう、駄目かと思いました」

 と、苦笑いを浮かべた。

「いいよいいよ、まあ思春期ってやつかな」

 矢鱈さんはそう言うと、あ、と声を上げ

「そうだ、ジョーンくん。グッドダンジョン賞見た?」

 俺は身体を起こして

「見ましたよ、僕としてはアングラが落ちたのが嬉しかったです」

「ははは、そっかそっか」

「何かあったんですか?」

「いや、これジョーンくんにあげようと思ってさ。はい」

 矢鱈さんは眼の前にシーサーのダンジョロイドを置いた。


「こ、これ! なんくるダンジョンの!!」

「そうそう、グッドダンジョン賞の関係者に配られるやつ」

 こ、これは超レアな上に、相当な業界人じゃなきゃ手に入らないぞ!?

「こ、これ、僕に!?」

 恐る恐る、シーサーを手に取る。

「うん、まあドリルパンダには勝てないかもだけど」

 矢鱈さんはそう言って白い歯を見せた。


「いやいやいや、本当に良いんですか!!」

「うん、そのつもりで持ってきたし、もう一個持ってるから」

 カッコ良すぎる! 俺が女ならry!

「ありがとうございます! 大事に飾らせて頂きます!」

 拝むようにシーサーを矢鱈さんに向けて掲げる。


「ははは、じゃ、俺はひと潜り行ってくるね」

 どこまでも爽やかに、矢鱈さんはシュッとダンジョンへ入っていった。

「あ、はい! どうぞごゆっくり~!」

 

 矢鱈さんの背中を見送った後、シーサーをドリルパンダの隣へ飾って拝んだ。

「おお、素晴らしい……」

 輝くダンジョロイドたちを眺めて、俺はうんうんと頷いた。 



 ……とあるSNSサイト。

「行きつけのダンジョンで貰っちゃった! ドリパンぐうかわ」

 ドリルパンダと矢鱈、絵鳩、ジョーンの姿。

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