第88話  初心にかえります。

 目が覚めた。

 布団の中で背伸びをして半身を起こす。

「あ~、なんか眠いなぁ……」

 スマホに手を伸ばし、画面の時計を見た俺は布団から飛び出した。

 今日は開店前に、買い物に行こうと思っていたのだ。

 俺は身支度を済ませ、家を出ると急ぎ商店街へ向かった。


 ――ドラッグストア・ジグザグ。

「え~っと、トイレ掃除の……あった!」

 これこれ、俺が愛用するトイレ用洗剤『フルムーン』。

『満月のように、どこまでも白く!』

 というツッコミどころ満載の売り文句が気に入っている。

 お値段も一本88円と激安なのだ。

 あとは、お菓子の『かに満月』も買っとくか……。

 

 俺は細々こまごまとした日用品などを買い込み、会計を済ませると店を出た。

「ついつい、買っちゃうよなぁー。ふ~んふふ~ん♪」

 鼻歌を唄いながら商店街をぶらつく。

 たまにはこうして街を歩くのも悪くないな。

 その時、ふいに後ろから声が聞こえた。

「ジョーンさーん」

「ん?」

 振り向くと、毛糸の帽子を被った青年が手を振っている。

「あ、あれ? 山田くん⁉」

 帽子を被っていても、相変わらずの野球少年っぷり。

 山田くんは、山河大学ダイブサークル部長で、ウチにも良く顔を出してくれる常連さんだ。

 

「いや、どうも。お久しぶりです。へへへ」

「元気してた?」

「はい、あれ? 今日はお休みでしたっけ?」

「いや、今日は昼からなんだよ」

「あ、そうなんですね」

「そうだ山田くん、丸井くんの本見た?」

「え⁉ あいつ、本なんか出したんですか⁉」

 山田くんは知らなかったようで、目を丸くしている。

「うん、すごくいい本だよ。ほら、ちっさなメダルの」

「ったく、水臭いなぁ……、僕には全然そういうの言わないんすよねぇ」

「はは、多分、照れ臭かったんじゃないかなー」

「今度会ったら問い詰めてみます」

 山田君はそう言って笑うと、

「あ! そうそう、ジョーンさん。ダンクロ善通寺にもガチャがありましたよ?」と思い出したように言った。


「え⁉」


「確か中身は割引券とか、ポーションとか? ま、そんな大したアイテムはないですけど、意外に好評みたいっすね」

「そ、そうなんだ……」

 こ、これは、宣戦布告と受け取るべきなのか?

 ぐぬぅ……。

「じゃあ、また、皆で寄りますので」

「あ、うん、ありがと。またねー」

 山田くんと別れ、商店街のど真ん中で立ち竦む俺。

 身体の奥から、煮えたぎった溶岩のように熱いものが込み上げてくる。


「うぉおおおおおおおーーーーーーっ!!!!」


 俺は商店街の中心で叫び、ダンジョンへ走った。



 ダンジョンへ着き、俺はガチャの中身を取り出す。

 うーん、山田くんの話だと、ダンクロ善通寺店の中身は割引券にポーション……。

 でも多分、他にも当たり的なアイテムが入れているはずだよな?

 そうだ、協会サイトで見れば……。

 

 俺はタブレットで協会サイトに行き善通寺店を調べた。

「お、あった……。ん?」

 そこには『元祖ダンクロガチャ』と書かれている。

 ほぅ、ねぇ……。


 あまり良い気はしないが、まあまあ、確かにウチも元祖ではない。

 ガチャなんて昔からあるモノだし、俺もそこまで小さくはないつもりだ。

 それに、真似されるってことは、優れているってこと。

 もっと自信を持って、さらに良いものにすればいいだけさ。


 なんでも怒りを鎮めるには、頭の中で6秒数えるといいらしい。

 でも、怒ってる時に6秒数えれるかと言われれば、甚だ疑問だ。

 とても数えられる状態ではないと思うけど……。

 あれ? 怒りが収まってる……?


「な、なるほど……」

 妙に納得した俺は、ともかく一度整理してみようと、ガチャの中身をメモに書き出してみた。


基本ベースアイテム】

 ・ブルーハーブの練り薬

 ・ヒールローズの葉

 ・クコリスの実

 ・バルプーニの体毛(一束100本)


【当たりアイテム】

 ・ちっさなメダル

 ・ジャッカルの胆石(携帯砥石)

 ・ケローネ油


 とまあ、ウチの現状はこのような構成になっている。

 対してダンクロガチャの中身は、サイトに書いてある情報と山田くんの話から推測すると以下の構成だ。


 ・割引券

 ・ポーション

 ・マンドラの実

 ・アダマンパウダー

 ・シークレット


 多分、この他にも色々ありそうだが、あまりにも情報が少ない。

 問題はシークレット……。

 うーん、どう対策するか……。


 一回100DP。

 無理をして赤を出しても意味がない。

 集客と割り切って赤を作るのもアリかも知れないが、その場合効果測定が非常に難しくなる。

 ガチャ目的で来ましたか? なんて聞けるわけもないし……。

 いっそのこと、ガチャフロアを作ってみるか?

 などと、馬鹿なことを考えていると、あっという間に開店時間となっていた。


「あ、やばいやばい」

 デバイスをOPENにし、ガチャの中身を戻した。 

 珈琲をちびちびと飲みながら、メモを見つめる。

 ガチャは副であって、主ではない。

 あくまで、ダイバーはダンジョンを求めて来ているわけで……。


「すみませーん」

 ガチャの事を考えていると、お客さんがやって来た。

 初めて見る顔……、小太りの男の人で、首から一眼レフのカメラを下げている。

 年は俺と同じくらいかな?

「いらっしゃいませ」

「いやぁ、こんな近場にあったとは……」

 お客さんは、キョロキョロと辺りを見回している。


「あ、どうも、店長のジョーンです。去年始めたばかりなんで、気に入ってもらえるとありがたいというか……へへへ」

「いやいや、もちろん気に入りましたよ! 雰囲気ありますよねぇ~」

「ホントですか? ありがとうございます!」

 やった! 印象は良さそうだぞ。

 装備を用意していると、お客さんが急に「あ!」と声を上げた。

「ど、どうしました?」

「そ、それ……もしかして『シーサー』じゃ?」

 震え声になったお客さんが、後ろの棚のダンジョロイドを指差す。


「あ、そうですよ。良くお気づきに……」

「す、凄いよ! これは……。ねぇ? あの、本当に迷惑だとは思うんですけど……写真撮らせて貰うのって……」

 お客さんが拝むように俺を見る。

「ええ、全然ウチは問題ないですよ」

「ホントですか⁉ じゃ、じゃあ、SNSなんかもアリだったりします?」

「も、もちろんOKです! むしろこっちがお願いしたいぐらいです」

「ありがとうございます~! あ、ちゃんと店名タグ付けしておきますので!」

「あ、はい! ありがとうございます!」

 俺は邪魔にならないように、カウンター岩の端に寄った。

「いやぁ~、しかし凄いコレクションですよこれは! あのドリルパンダまであるなんて!」

 カウンター岩前にシャッター音が響く。

「ははは、それほどでも~」

 といっても、殆ど矢鱈さんのお陰なのだが……。

 しばらくの間、お客さんは夢中で写真を撮り続け、その後、何枚かの写真をSNSに投稿して見せてくれた。

「わぁ~、ありがとうございます!」

「こっちこそありがとう。いやぁ、ほんと雰囲気あるよね~」

「へへ、中はもっと凄いですよ」

「お、じゃあちょっと潜ってきますか」

 お客さんは装備に着替え終わると、ダンジョンへ入っていった。


 ダンジョロイドの埃を払い、綺麗に並べ直す。

 何で喜んでくれるかなんて、わからないもんだなぁ……。


 お客さんが喜ぶこと、か……。

 俺が作った武器なんかも飾っておけば、喜んでくれる人もいたりして?

 ガチャのメモをしばらく見つめたあと、折りたたんでポケットにしまう。


「よしっ」


 まずは、今できることから始めなきゃ……。

 俺はカウンター岩周りの掃除を始めた。



 ――深夜、D&M十六階層。

 このフロアは手前が迷宮タイプ、ベビーベロスたちがいる奥側が洞窟タイプになっている。

 その奥側の洞窟にベビーベロスの寝息がゴゴゴ……と響く中、岩壁の穴からコボルトが欠伸をしながら顔を出し、しばらくぼうっと岩に腰掛けていたかと思うと、すっと立ち上がり迷宮フロアの方へ歩き始めた。


 迷宮通路のど真ん中で寝てしまっているスケルトンを、やれやれと軽く息を吐きながら端に寄せ、上の階層へ向かう。横たわるデスワームを迂回し、十四階層まで足を延ばしたコボルトは、近くの木から手頃な木枝を折り取ると、ポケットから細い蔓のようなものを取り出し針を括り付ける。

 グッ、グッと数回、強度を確かめるように蔓を伸ばしたあと、コボルトは池の畔にあった石に腰を下ろした。


 ヒュン、と木枝を振るとポチャンと池に針が沈む。

 欠伸を噛み殺しながら、コボルトが水面を見つめていると、そこに着流し姿の五徳猫が現れた。

「旦那ァ、隣、いいですかい?」

 五徳猫はコボルトに声を掛けると、目を線のように細めた。

「ん? ああ、どうぞ」

「へへ、かたじけない」

 五徳猫はコボルトから少し離れた場所に胡坐をかいて座り、手に持った釣り竿を振って池に糸を垂らした。コボルトの作った即席竿と違い、五徳猫の釣り竿はガジュラの古木から削り出したものだった。弾力性に富み、加工もしやすいことからダイバーの間でも釣り竿を作る者は多い。


 五徳猫は片手で懐から煙管を取り出し咥えると、爪をパチンと鳴らして火をつけ、何度かぷかぷかと吹かしたあと、「ぷふぅーーーぅ」と美味そうに紫煙を燻らせる。


 コボルトと五徳猫は互いに干渉せず、しばらくの間、池には静かな時間が流れた。

 水蜘蛛たちは池の端で身を寄せ合いながら眠り、他のモンスたちもどこかに隠れているのか姿は見えない。水面の上には五徳猫が吐く魚型の煙が滑るように泳いでいた。


「器用だな」

 と、コボルトが呟くように五徳猫に話しかける。

「へへ、そりゃどうも」

「ここは釣れるか?」

「さぁ、どうでしょう。ま、あっしにはどちらでもいいことでして……」

 そう言って、五徳猫は竿を揺らし、

「旦那ァ、初めてみる顔ですが……」と尋ねる。

「普段は一番下にいる、今日は眠れなくてな」

「そりゃあ難儀なことで」


 それからまた、池には沈黙が流れた。

 互いに不満はなさそうに糸を垂らしていたが、ふいにコボルトが立ち上がった。

「さて……そろそろ戻るとしよう」

 背中を向けようとしたコボルトに、五徳猫が声を掛ける。

「旦那ァ、眠る前にいいものをご覧入れましょう」

 そう言って、五徳猫はぷかぁ~っと煙を吐いた。

 勢いよく吹き出した煙が、池の真上で丸くなり、水面に白い満月が浮かんだ。

「……よく眠れそうだ」

「お粗末さまで」

 五徳猫は立ち去るコボルトの背中を横目で見たあと、ぷかぁと紫煙を吐いた。

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