第87話 行こうよ! ダンジョン・エクスポ。
――ダンジョン・エクスポ会場前。
大人の身だしなみとして、余所行きのコートを羽織って来た俺は、会場前で花さんを待っていた。
北風がびゅうびゅうと吹き付ける今日の気温は5℃。氷原フロアに比べればなんてことはないのだが、寒いものは寒い。
「う~、冷えるなぁ」
俺は近くの窓ガラスで立ち姿を確認した。
このコート、大丈夫なんだろうか……。
勢いで着てきたものの、ファッションセンスに自信のない俺は、どうしようもない不安に襲われる。どうしよう、恥ずかしいとか思われたら嫌だな……。
元の場所に戻っても、待っている間に気になってしまい、また確認に行く。
うぅ、このままでは、ストレスで死んでしまう……。
その行為が通算二桁を越えた所で、後ろから声が掛かった。
「ジョーンさん、お待たせしました~」
「お、おう! おつかれさん!」
何故か変に緊張して大工の棟梁のような口調に。
普段、花さんとはダンジョンでしか会わないからなぁ……。
「どうかしましたか?」
可愛らしいふわモコなアウターにスキニーパンツ、足元はスニーカー。普段とは違う花さんの姿に、俺は自分の耳が熱くなるのを感じた。違う、これは違うんだーーーっ!!
「は、はははは! いや、なんでもないよ! 丸井くん遅いなぁー」
「あ! ジョーンさん、あれ、そうじゃないですか?」
花さんが指差す方から、丸井くんが走ってくる。
目の前まで来ると前かがみになって、
「はぁ、はぁ、すみません、待ちましたか?」と白い息を吐いた。
「いや、大丈夫大丈夫! みんな、いま来たとこだから」
「よ、良かったです……」
丸井くんは、花さんを二度見したあと息を整える。
「では、さっそく行きましょうか」
「「はーい」」
会場の入り口にある関係者用受付で、丸井くんは俺と花さんにパスを渡してくれた。首から下げるタイプで、「関係者」と書かれている。
「うほぉ~、なんか業界人になった気分!」
「ほんとですね! こういうの初めてです!」
「へへ、じゃあ中へ……」
会場は巨大な体育館のような造りで、等間隔に区切られたブースが整然と並んでいた。
通路にはたくさんの人が行き交い、ブースには大勢の人だかりができている。
「すごーい、こんなに人が……」
大半の人はスーツ姿で、何やら難しそうな顔で交渉していたり、手に持った資料と見比べてしきりに頷いている人や、オリジナルのゆるキャラがいるブースもあった。
「ジョーンさん、どうします? 先にどこか見たいブースがあれば案内しますよ?」
「ほんと? インディーズ・ウェポンが出展されてるって見たんだけど……」
実はこの会場、古いダンジョンが併設されている。
通常であれば、アイテムや武器はダンジョンの中でしか、見ることも、触ることも出来ない。
だが、このダンポでは、ダンジョン・コアの活性化が殆どなかった低階層ダンジョンを開催地に選び、そこに会場を併設することで、不可能を可能にしてしまったのだ。
「ああ、それならダンジョンブースの方ですね、こっちです」
「やった!」
あ、でも花さん大丈夫かな? 興味なかったりして……。
「花さん、武器とか大丈夫?」
「ふふ、それなら気にしなくても大丈夫です。私も見たいですし」
「そ、そっか、あははは」よ、良かった……。
内心ほっとしながら丸井くんについていくと、インディーズ・ウェポンのブースが集まるダンジョンブースの入口についた。
案内役の綺麗なお姉さんが丁寧に頭をさげる。
「ようこそおいで下さいました。こちら、ダンジョンブースになっていおります」
先に丸井くんが駅の改札のようなゲートにパスを当てて入っていく。
俺はお姉さんに「ど、どうも」と頭を下げ、緊張しながら後に続いた。
「ごゆっくりどうぞ」
優しい声に見送られ、ダンジョンブースに入った瞬間、俺は思わず声を上げた。
「す、すごい‼」
まるでお祭りのような活気に満ち溢れている
天井はそれほど高くはないが、奥行きや横幅はかなり広い。モンスがいる様子など微塵もないのだが、壁には『⚠スライム注意』の貼紙が念を押すように貼ってあるのが見えた。
お目当てのインディーズ・ウェポンのブースは壁際にズラッと並び、まるで屋台街のような雰囲気に、俺たちのテンションは一気にあがる。
「うわー、なんかワクワクします!」
「結構、有名なブランドも来ているらしいっすよ!」
「へぇー! ヤバいね、これは!」
出展ブランド名を遠目から眺めていると、見慣れた名を見つけた。
「ちょ⁉ 『AXCIS《アクシズ》』があるんですけどっ!」
ヤ、ヤバい! まさかこの目でAXCISが拝めるとは……。
恐る恐るブースに近づき、並んでいる武器を見た。
・ADAMAN《アダマン》 SWORD《ソード》
材料:アダマンマイマイの殻・ヤドリギソウ・バッドスコーピオンの皮・ケローネ油
・WAR《ウォー》 ROCK《ロック》 HAMMER《ハンマー》
材料:鉄球魔人の鉄・パパバットの皮・鉄サソリの針
・DAMOCLES《ダモクレス》 ARMOUR《アーマー》
材料:キリングビーの
「ちょ⁉ こ、この鎧……、レ、レイドボスのドロップ使ってる……だと⁉」
な、なんという……、これは凄いぞ……。
イベント? いや、間違いなく四つ星、レイドクラス!
カ、カッコいいーーーーーーっ!
「綺麗な色ですねぇ……。ウルトラマリンかなぁ?」
花さんが興味深そうに、ダモクレスアーマーに顔を近づける。
すると、ブースの奥でしゃがんでいたスーツ姿の小柄な男が顔を出した。
「どうも、こんにちは。どうですか、これ? 最近完成したばかりのやつなんですよ」
身体に似合わず中低音の効いた声、騒がしいフロア内でもスッと耳に入ってくる。
「へぇ~、すごく綺麗ですよねぇ」
花さんがそう答えると、男の人は「ありがとうございます」と照れくさそうに笑った。
おいおい、まさか……。この人がAXCISの⁉
「ああああ、あの……、も、もしかして……AXCISの方でしょうか?」
俺はマミー(ミイラのモンス)のようにわなわなと震える手を向けた。
「え? はい、そうですよ。AXCISの小林と言います」
「ぼぼ、オホン! 僕はそのすぐ近くでD&Mというダンジョンをやってます壇ジョーンといいますよろしくお願いしますめっちゃ凄いですよね尊敬してます!」
「あ、ど、どうも、えっと……、壇さんはインディーズ・ウェポンに興味がおありなんですね?」
「ジョーンって呼んで下さい! 興味はめっちゃあるんですけど……、実は最近自作を始めたばかりでして……」
「それはそれは。仲間ができるのは嬉しいです、僕で良かったら何でも聞いて下さい」
な、仲間……!? ふわぁ……。
舞い上がりそうな気持ちを抑えつつ、俺は気になったことを訊いてみることに。
「このADAMAN《アダマン》 SWORD《ソード》の材料なんですけど、ケローネ油が入ってるじゃないですか? これは……仕上げとかに使ったってことです?」
「ああ、いえいえ、剣身の材料に使ってます」
「えっ!? でも、ケローネ油って基本分解作用があると思うんですけど……」
「そうですね、そのまま使ってしまうと駄目です。磨き工程で使う時は、そのままで使いますが、素材に混ぜる時はちょっとしたコツがあるんです」
「気になりますね、それ、詳しくお願いしますっ!」
横で聞いていた花さんが、ぐいっと一歩前に歩み出た。
「あ、ははは……。大丈夫ですよ、ちゃんと説明しますから。えー、まず、ヤドリギソウを乾燥させて粉末にしたものを、ケローネ油とよく混ぜ合わせていきます。すると、段々グリスのような粘りが出てきますので、その状態で一度加熱していくんですが……」
花さんは俺よりも真剣に頷いている。
小林さんも、すでに花さんに向かって説明を始めていた。
「加熱すると、また液状になりますから、そこにまた粉末を入れます。で、冷やしながら混ぜると、粘りが戻ってきますので、また加熱。この作業を三回ほど繰り返すとグミのようなベースができるんです」
「な、なるほど……。そんな使い方があったのか……」
深い、深すぎるぞ自作沼!
俺と花さんが感心する横で、丸井くんも「へぇ~」と頷く。
「これを混ぜるだけで、剣身に弾力性が出て耐久度が上がるんですよ」
「「おぉ~」」
全員で感嘆の声を漏らすと、小林さんは照れくさそうにネクタイを直した。
そうこうしていると、AXCISのブースに他の来場者たちがぞろぞろとやってくる。
さすが人気ブランド。あまり長居をしても迷惑だろうし、そろそろ……。
「あ、他にもブースがあるのでご覧になったらどうです?
「へぇ、じゃあちょっと覗いてみる?」
「いいですね、行ってみましょう」
「小林さん、ありがとうございました。また機会があったらD&Mにもいらして下さい!」
「ええ、わかりました。その時はよろしくお願いします。あ、これ、何かわからないことがあったら、いつでも連絡してください」と、小林さんが名刺をくれる。
俺も作っとけば良かったなぁ。
「すみません、名刺持ってなくて……」
小林さんは特に気にする様子もなく、
「じゃあ、今度D&Mにお伺いした時にでも」と笑顔で言ってくれた。
うーん、人としても尊敬できる人だなぁ……。
俺は小林さんに何度も頭を下げ、ブースを後にした。
「お、ここですね」
丸井くんの案内で『山猫堂』のブースに着いた。
山猫堂はアイテムを扱うブランドらしく、ブース内にはモンスの形をした小さな蝋燭や、色とりどりのロープ、持ち手が猫手のランプ、何かの軟膏が入ったスカラベのような小物が、所狭しと並べられている。
「うっひょー!」
「すごーい!」
またもやテンションの上がる俺たちに、無精髭を生やした気難しそうな男が声を掛けてきた。
「ゆっくり見てってや!」
「あ、はい! えっと、山猫堂さんですか?」
「そやで」
ちょっとクセが強い?
関西の人なのかな……?
「あ、あのー、僕、近くでD&Mってダンジョンをやってる壇ジョーンといいます、よろしくお願いします」
「どもどもどもども、山猫堂の山根やで。って、あれ? ギーザスはん!」
「あ! どうも……山根さんでしたか。ご無沙汰してます」
丸井くんが少し眉を下げながら挨拶をした。
「え? 知り合いなの?」
「何度かイベントで一緒になったことが……」
「聞いたで自分? 今度、本出すんやろ?」
「「え!?」」
俺と花さんが同時に声を上げると、山根さんは気まずそうに、
「あ、あれ? まだ言っちゃマダガスカル?」と笑った。
丸井くんを見ると、慣れているのか気にする様子もない。
「あ、いえ、大丈夫ですよ。後でご紹介しようと思ってたんです。実は……今日、お誘いしたのも、それをご報告したかったんですよ」
「え~そうなんだ~。早く言ってよ~」と俺。
「言ってよ~」
花さんが冗談っぽく俺の真似をして後に続いた。
「あはは、すみません」
照れながら頭を掻く丸井くん。
「ワイも見たいからさ、今から見に行こや?」
「え? でもブースは……」
「大丈夫大丈夫、ちょうど昼休み取ろうと思ってたんヨ~レイヒッ!」
「……」
なら……と言って、山根さんをスルーした丸井くんが尋ねてきた。
「ジョーンさんたちは、大丈夫ですか?」
俺は花さんと顔を見合わせて答える。
「「ええ、行きましょう!」」
ダンジョンブースを後にした俺たちは、出版関係が集まる区画に案内された。
「お、来た来た!」
ブースにいたスーツの男性が丸井くんを見て手を上げる。
「お疲れ様です、あ、こちらD&Mのジョーンさんと花さん、山根さんは知ってますよね?」
「あぁどうも、アルデバラン出版の
「こちらこそ、よろしくお願いします」
ダンジョンブースの様子や感想を皆で話していると、横から山根さんが、「で、ブツは?」と口を挟んだ。
「あ、ああ、丸井さんのですよね、こちらです」
そう言って宇間さんは、ブースに飾られた一冊の本を手に取り見せてくれた。
『ギーザス丸井のイッツ・ア・スモールメダル ~俺が拾った希望~』
表紙には例のギザメダルを掲げたサングラス姿の丸井くんが!
「「おぉ~」」
「良かったら中も見て下さいね」
そう言って、ちょっと恥ずかしそうにしながら皆に本を手渡す。
「へー、凄い! いつの間にこんなに集めたの?」
所謂コレクターブックで、ちっさなメダルの種類、手に入れたダンジョンやドロップしたモンス、大きさや形状が書かれていている。どれも写真付きで豪華な内容だ。紙質も良い。
「本格的に集め始めたのは、やっぱりD&Mでギザを見つけてからですよ」
「確かにあれは奇跡だよねぇ……」
俺はその時の事を思い出す。
そうそう、丸井くんのスマホの通知が止まらなくなったっけ……。
丸井くんも思い出しているのか遠い目をしている。
「うわぁー、このメダル綺麗ですねぇ」
花さんが尋ねると、丸井くんはハッと気づいて答えた。
「あ、それは凄く珍しくて、ジャコウガイコツガイっていうモンスから落ちたんですよ」
「いやぁ~、もう立派な業界人だね?」
「や、やめてくださいよ、僕なんかまだまだ……今日は紹介できて良かったです。お誘いした目的は果たせましたから」
と、その時、山根さんが口を開いた。
「じゃ、これ買うたろ」
「え、いいんですか? 良かったら差し上げますけど……」
すかさず、山根さんがワントーン高い声を上げる。
「ばかちんがーっ! ギーザスはん! プロ意識なくしたら、そこで試合終了やん! ワイはこの本に価値があるから買うんや! 男山根に、二言はないでーーっ!」
か、かっこいい……。
てっきり、変な人だと思ってたけど、今の言葉は刺さるで……。
「す、すみません、じゃあ、ありがたく」
「おう、買うたろ買うたろ。ほいで、なんぼするん?」
男山根さんは財布を取り出し、成り行きを見守っていた宇間さんに尋ねた。
「あ、はい、2500円になります」
「……」
「……?」
結局、山根さんは手持ちがなかったらしく、コンビニへお金をおろしに行った。
俺と花さんは一冊ずつ本を購入し、丸井くんにサインを書いてもらったあと、二人で会場のブースを順番に見て回ることにした。
展示は技術系のブースが多いのだが、中にはモンス研究のブースもあり、花さんが研究者相手に一歩も引かずにディスカッションを繰り広げるなど、普段見れないものをたくさん見ることが出来た。
「いやぁ~大満足ですな!」
「ほんとに、色々ありますねぇ~」
ダンポを堪能した俺達が会場を出ようとした時、戻ってきた山根さんと鉢合わせになった。
「おう、きばりや!」
「え? は、はい! きばります!」
急に言われて、そのまま返した俺に笑顔を向けると、山根さんは会場に消えていった。
ちょっと変わってるけど、良い人だよなぁ。
「面白い人だよね?」
「はい、ちょっとクセ強めですけど」と花さんが笑う。
「……じゃあ、帰ろうか?」
「はい」
駅までの帰り道。
教えてもらったケローネ油の作り方を、忘れないように思い返す。
あーでもないこーでもないと、脳内シミュレーションをひたすら繰り返しながら、ふと隣を見ると、花さんよりも先に歩いてしまっていた。
俺は慌てて振り返り、話しかける。
「いやぁー、た、楽しかったね?」
「ふふ、ジョーンさん、早く試したくて仕方ないって感じですね?」
「へ? わ、わかる? ごめん、あははは……」
「わかります、私も好きな事を考えていると、そうなっちゃいますから」
二人で少し笑い会話が途切れると、花さんが少し上を向いて呟いた。
「私も、勉強頑張らないと……」
あれ? これって……、もしかしてベストなタイミングじゃないのか?
んー、でも何て言おう。頑張ってって言うのもなぁ……。
もっと気の利いた、いい感じの言葉……言葉……、うーん。
掛ける言葉を考えているうちに、駅に着いてしまった。
「あ、もうこの辺で大丈夫です。今日は、ありがとうございました」
「いや、こっちこそありがと。……じゃ、じゃあ、気を付けて」
「はい、お疲れさまでした」
ペコリと頭を下げ、花さんが駅の中へ入っていく。
段々と小さくなっていく花さんの後姿を見て、大きく溜め息をついた。
「あそこは言うとこだよなぁ……」
自分の不甲斐なさを反省する。
でも、早くダンジョンに戻りたいと考える自分もいる……。
「はぁ……俺って」
吹き付ける北風に目を細め、俺は家路に就く。
着慣れぬコートが少しだけ重たく感じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます