第85話 難易度が上がったようです。
「確かに、少し年を取っている感じですが……」
興味深そうにタブレットデバイスの画面を見つめながら、花さんが言った。
画面の中では、ベビーベロスにブラッシングをするコボルトの姿があった。
「……馬でも飼ってるつもりなのかな?」
「ふふ、何か可愛いですね。コボルトは
花さんが目を細めて微笑む。
「そういえばGOダンジョンにも、そんなようなことを書いてあったなぁ」
「とにかく、新たなモンスが発生したというのは、コアが順調に活性化している証拠ですし、良かったですね!」
「うん、まぁ、この調子でフロアも拡がってくれるといいんだけど……。へへへ」
そう言って、俺は昨日完成したばかりの
「これ『壇』ブランド第一号のP・J。……どうかな?」
「P・J……?」
「あ、いやいや(仮)だから、何かいい名前を思いつけば変えようと……」
なんかダサかったかな? ちょっと恥ずかしい……。
「い、いえいえ、なんだか聞いたことがあるなぁーって。あ、ちょっと触ってもいいですか?」
花さんはP・J(仮)を手に取り、興味深そうに日の光に透かしたり、刃先に触れて鋭さを確かめた。
「すっごく綺麗です! 前から思ってたんですけど、ジョーンさんって器用ですよね~」
「いやぁ~、それほどでも! 試作一号としては、なかなか上手くいったんじゃないかなと!」
い、いかん、嬉しくて、思わず声が大きくなってしまった……。
花さんは気にしてない様子で、
「いいですね、軽くて持ちやすいですし、この色なら女性人気も高いと思いますよ」と軽く短剣を構えて見せる。
「ほんとに? うわー、ありがとう! 量産はまだ難しいんだけどさ」
「この、短剣っていうのが良いですよねっ。私のメイン武器も短剣なので」
あ、そうだ、そういえば初めて来た時、ダガーを使ってたっけ?
壇ブランドが確立した暁には、是非とも花さんに一本進呈したいものだ。
と、その時、表から豪田さん達が入ってきた。
「おっす、店長。あけましておめでとう!」
「「おいーっす、おめでとう!」」
ゾロゾロと中へ入ってくるダイバー達。
「あ、皆さん! 来てくれたんですね! 今年もよろしくお願いします!」
「おめでとうございます」
「花さんもおめでとう! 今年もよろしくな! そうそう、店長、コボルトが発生したんだって?」
豪田さんが、目をキラキラさせて訊いてきた。
あれ? もしかして、犬派かな?
「そうなんですよ~、年明けに『
「へぇ~、紺柴かぁ」腕組みをしながら感心したように頷く。
「紺柴ならそんなに警戒しなくても大丈夫っしょ?」
連れのダイバーが言うと、豪田さんは「ま、そうなるわな」と頷く。
「ま、それよりもこんだけ集めて来たんだ、今年こそベビーベロスを落とすぞ!」
「「おっしゃーっ!」」
皆、今日は気合が入っているようだ。
軽自動車並に大きくなったベビーベロスを見たら驚くだろうな……。
俺と花さんは手分けして、全員に装備を渡した。
装備を終えた豪田さんが、皆に向かって発破をかける。
「よーし! 皆、準備いいか? 十六階層まではノンストップで行くからなー! 遅れるなよぉ!」
「「おぉーーーーーーー‼」」
豪田さんたちは、俺と花さん、いや、花さんに、手を振りながらダンジョンへ向かって行った。
「いってらっしゃいませー」
皆に声を掛けながら見送ったあと、俺は花さんに「豪田さん、犬好きなのかな?」と尋ねた。
「あの様子だと、おそらく……」
お互いに少し沈黙したあと、顔を見合わせて笑う。
「ククク……意外というか」
「ふふ、そうですね。でも、豪田さんは大型犬みたいで可愛いですよ」
「えっ⁉ そ、そうなの……⁉」
女性から見るとそんなもんなのだろうか。
俺には強面の親分、もしくはオーガにしか見えないが……。
デバイスのビューで豪田さん達を見てみると、早くも最下層に到達していた。
「さすがに早いな……」
豪田さんのパーティーは、プロアマ混成チーム。
アマチュアといっても、体力系の仕事に就いている人が多く、平均して身体レベルは高い。
四国では上位パーティーとして、かなり名も通っている。
「ジョ、ジョーンさん、コボルトが指揮を執ってますけど⁉」
「え?」
花さんの言葉に思わず声が裏返った。
慌てて画面を見ると、確かにフロアのモンス達の動きがいつもと違う……。
バラバラに動いているのではなく、何かしらの統制が効いているように思えた。
「壁?」
迷宮と洞窟の境目にある通路に、五体のスケルトン達がV字に並んでいる。
その後方、一段上の岩場から見下ろすように、フレイムジャッカルに跨ったスケルトンが三体。
さらに両端の岩壁に隠れるように、デスワームが……?
そして、一番奥には、ベビーベロスに跨ったコボルトが、全体を見渡すようにどっしりと構えていた。
「か、鶴翼の陣……?」
「す、凄いですね、こんなの初めて見ましたっ!」
花さんの鼻息が荒い。少し興奮気味のようだ。
それもそのはず、目の前でこんな光景を見ればモンス好きじゃなくても上がる。
「これは一体……」
そもそも、上位種のベビーベロスは現時点で無敗である。ましてや、その大きさたるや軽トラの域まで達してしまったというのに。ていうか、何でコボルトが跨ってるのかも謎……。バラバラなら戦いようもあるだろうけど、連携されるとキツい。とてもじゃないが、勝ち目ないんじゃ……。
「あ、豪田さんが!」
階層の入り口に集まっていたパーティーの中から、豪田さんがしびれを切らしたのか、単騎駆けでスケルトンの壁に突っ込んだ。
スケルトンを一気に粉砕し、突破口を開く。
が、すかさずフレイムジャッカル隊が炎を吐きながら襲い掛かった!
「うわわっ! ヤバいよ!」
豪田さんの後ろから、ダイバー達が加勢に入る。
団子状の乱戦になっている様を、ベビーベロスの上からコボルトがじっと見つめていた。
「ジョーンさん、コボルト動きませんね?」
「うん……、冷静というか、何か不穏な感じがするけど……」
と、その時、コボルトが手を上げて、何か合図を出すと同時に、デスワームが両側から飛び出してきた。
デスワームは土煙をあげながら、スケルトンもろともダイバーに喰らいつく。
蜘蛛の子を散らすように、豪田さん達が散開する。
「あ! 分断された!」
デスワームに遮られ、豪田さん達のパーティーは二分されて合流できなくなった!
満を持して、ベビーベロスがのし、のし、と奥からゆっくり歩いてくる。
「わわわ! や、やばいですよ!」
「逃げないと!」
俺と花さんは、固唾を飲んで成り行きを見守る。
迫るベビーベロスを見た豪田さんが、皆に撤退の合図を出した……。
「あれは無理ですね……」
「うん、完全に斜め上を行かれたと思う」
俺と花さんは画面から目を離して、大きくふぅーっと息を吐いた。
いやぁ、手に汗握るとはこのことだな……。
しばらくして、豪田さん達が一階へ戻ってきた。
「お疲れ様です、いやぁ~大変でしたね」
疲れた顔でダイバー達が、
「無理ゲー」
「あの軍師みたいなコボルト何なの?」
「壁に穴あけてさぁ、そこから別働隊で攻めてみるとか……」
「デスワームが邪魔だよなぁ?」
などと、言いながら装備を外し始めた。
文句を言いながらも、皆とても生き生きとしている。
装備を外し終えた豪田さんが、カウンター岩の前に来た。
「店長、ありゃ無理だわ。また今度、作戦組んで出直すわ」
そう言って、苦笑いを浮かべる豪田さんも、皆と同じ様にどこか嬉しそうだ。
「はい! ぜひ、お待ちしてます!」
豪田さん達が帰っていく後ろ姿を見ながら、「かなり難易度が上がりましたよね」花さんが呟くように言った。
「うん、もう単独じゃ無理かなぁ」
矢鱈さんならすんなり攻略してしまいそうだけど……。
脳裏に浮かぶ矢鱈さんが、白い歯を見せて笑った。
――その日の閉店後。
「じゃあ花さん、後は大丈夫だから」
「あ、はーい。では、お先に失礼しますね」
「うん、ありがとう、お疲れ様ー」
「お疲れさまでした~」
ペコリと頭を下げて、花さんは帰っていった。
「さてと……」
一人になった俺は、武器素材になりそうな物を探しにダンジョンへ入ることにする。
インディーズ・ウェポン、略して……いや、何でもない、忘れて欲しい。
「何か手頃な素材は……」
辺りを物色していると、七階層の迷宮フロアで小部屋に入っていくラキモンを見つけた。
「あれ? ラキモンじゃ……。あいつ、何やってんだろう?」
静かに近づくと、ドアの隙間から声が漏れてくる……。
『ちょ、こいつ喋るぞ?』
『ぴょぴょぴょ!』
『well,well,well……』
ん? 一体、誰と話しているんだ?
『……イチゾクノサイコウヲオタノミモウス!』
な、何だ何だ?
俺はそっとドアを開けてみる。
――ラキモンが俺に気づいて飛びついてきた!
「うおっ!」
プニッとした感触。
冷たくてスベスベのお餅が顔についたようで、感触は悪くない。
ラキモンを顔から引き剥がして、地面に下ろす。
『ぴょ~、ダンちゃん! 何してるラキ?』
「ああ、いや、何か声が聞こえたから……」
見ると、小部屋には誰もいない。
「あれ? 誰かいなかった?」
キョロキョロと辺りを見回すが、特に変わったところはなかった。
『うぴょ?』
コロコロと転がりつつ、ラキモンは知らん顔をしている。
「……」
『ふわぁ~、お腹すいたラキねぇ。ダンちゃん、アレ……』
大きな欠伸をしながら、ラキモンが催促する。
なんか、段々と雑になってきてるな……。
「あ、ああ、アレな。じゃあ、一階へ戻ろうか?」
『うぴょーっ! ダンちゃん急ぐラキよっ!』
そう言ってラキモンは飛び起きると、あっという間に小部屋を出て行ってしまった。
「ちょ、早っ……」
やれやれ、仕方ない奴だな……。
俺が小部屋を出て、一階へ向かおうとした――その時。
『……教授! いました!』
ん? また、何か聞こえたような……?
もう一度、小部屋を覗こうとすると、『ダーンちゃんっ! はーやーくーっ!』とラキモンが大声で呼ぶ。
「ごめんごめん、わかったからー」
ったく、CLOSE中だというのに元気なことで。
「ま、今度でいいか……」
俺は後ろ髪を引かれながらも一階へ戻った。
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