第133話 六本木

 ――六本木にある某マンションの256号室。

 全く普通のマンションにしか見えないが、実は隠れ家的BARとして多くのIT業界関係者に利用されている。


 オーナー兼マスターは、かつて一世を風靡した伝説のゲーム『ふにふに』の作者で、若い業界人にもファンが多い。


 部屋の中は4席ばかりの小さなカウンターと、そこかしこに一人掛けのソファや4人掛けのソファが置かれていて、業界人達が夜な夜な情報交換に勤しんでいる。


 そんな大人の隠れ家に、一際目を引く客が来店した。


 ぱっと見て、未成年にしか見えない。

 が、その首筋には、中性的な顔立ちとは不釣り合いなほど攻撃的なトライバルタトゥーが覗いていた。

 髪はブルーブラックの前下がりショートボブで、耳元には沢山のピアスが並んでいる。

 

 その青年は物怖じすること無く中へ入ってくると、誰かを探しているのか、部屋の中をキョロキョロと見回している。


「いらっしゃいませ、待ち合わせですか?」


 マスターが声を掛けると、男は「ここって何?」と不思議そうな顔をする。


「ここは私がやってるBARです、と言っても、宣伝や看板は出してませんけどね」

「ふーん、じゃあ何でやってんの?」

 一瞬、マスターは身構えそうになる。

 だが、男の様子を見ていると、別に悪気があるわけではないように思えた。


「はは、まぁ趣味みたいなものですよ。元居た業界の話を聞きたいのもありますし」

「へぇ、何系?」

「私は元PGです、なのでIT業界の方が多いですね」

「え? マジで⁉ ヤバ! 最近だと何使ってます? Pythonっすか?」


 突然、男が興味津々と言った様子で、カウンターに身を乗り出してくる。

 と、その時、奥のソファ席からスーツの男がやって来た。


「九十九春さんですよね? 社長がお待ちです、どうぞこちらへ」

「あ? あぁー、はいはい。ごめん、マスター後でまた」

「え、ええ、ごゆっくり……」


 春と呼ばれた青年は奥のソファへ歩いて行った。


 ソファにはフードパーカーを目深に被った男と、イタリアスーツを纏った男が座っていた。

 春は「うぃーっす、凄いねここ。こんな店があるなんて知らなかったよ」と正面のソファにドカッと座った。


「……お前が九十九か」

 細い目の男が口を開いた。


「そうだよ。で、どっちが社長さん?」


「……はは、威勢が良いな。俺が銀丸だ」

「チッ、めんどくせーな、別に煽ったわけじゃねーよ、この業界見た目じゃわかんないんでね」


 春がそう答えると、銀丸の頬がピクッと引き攣った。

 フードの男は興味なさそうな顔で、ソファに凭れている。


「わかった、では本題に入ろう。仕事を頼みたい、噂じゃあんた何処にでも入れるって話だが?」

「んー、どうだろうねぇー。こればっかりはやってみないと」

 春はテーブルに置いてあるグラスに氷を入れ、ミネラルウォーターを注いだ。


「ちなみに、何処に入りたいの?」

「LIFE TREE……知ってるか?」

「あーはいはい、あの健康アプリのとこね。そこに入ればいいの?」

「行けそうか?」

 少し上を向きながら、

「……うん、まぁ、行けるかな。で、ご所望の品は?」と春は返した。

「ある条例に関する資料を手に入れて欲しい」

「条例? あぁ、あのうどん県のやつ?」

「そうだ、詳細はここに書いてある」


 銀丸はスッとUSBメモリを差し出した。


「わお、昔のスパイみたいじゃん、そこは敢えて手書きで紙に秘密鍵を書くとかさー色々あるでしょ?」

「――お前、何言ってんだ?」

 銀丸が不機嫌そうに眉を顰めた。


「おー怖、いいの? こっちは別に受けなくてもいいんだけど?」

「こ……の、クソガキが調子に乗りやがって!」

 銀丸が立ち上がろうとした瞬間、春がかかと落としを繰り出した。

 ――が、春の足は銀丸に触れることなく、宙に止まる。


「銀丸さん、どうしますこのガキ?」

「――⁉」

 フードの男が春の足を掴んでいた。


「て……てめぇ!」

 春はそのまま飛び上がって逆の足でフードの男に蹴りを浴びせる。


「ったく……じっとしてろ」

 男は軽々と蹴りを躱し、春のボディを拳で打ち抜いた。


「ぐふぅ⁉」

 春は悶絶し、ソファに倒れる。


「あー、藤堂、もういい」

「はい、じゃあ後はよろしくっす」


「おい、九十九。もう一回訊くぞ? やるのか、やらねぇのかどっちだ? 報酬はその慰謝料含めて倍乗せてやる」

「……いててて。息が止まったじゃん……ったく、何この人? 強すぎねぇ?」

 春は藤堂を恨めしそうに見ている。

 銀丸は深くため息を吐き、

「はあ……、悪かったよ、なあ、どうする? 駄目なら他当たるから断ってくれていい」と、投げやりに言った。

「わかったよ、やるよ」

 春はUSBメモリをポケットにしまい、立ち上がった。


「じゃ、また。……それとフードマン、この借りは返すからな」

「クックク……藤堂だ、待ってるぜ、はーるーちゃん」

「……クソッ!」


 藤堂が半笑いで言うと、春は綺麗な顔を歪めてBARを後にした。

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