第125話 深淵からの鳴き声編 完 夜空の下で
『GRUNYAaaaaaaaaーーーーーーーーーー!!!』
瞬間、耳をつんざくような叫び声がフロア中に響いた――。
シュッと猫手が黒雲の中に引っ込むと同時に、雲が解けるように薄くなっていく。
「お、おい! 消えていくぞ⁉」
「あかん……逃がしてもうた……」
森は両手で頭を抱えてしゃがみ込んだ。
「おいおい、どうなんだよこれ……」
「え? 終わり?」
ダイバー達が雲の消えた場所を見つめながら途方に暮れていた。
地面に転がった猫手の一部は、黒い煙を出しながら蒸発していく。
「あらら……、消えちゃうかぁー」
猫屋敷が残念そうな顔で、猫手の残骸を見つめる。
その後ろで犬神が、
「猫屋敷……、九条にはお前から報告しろよ?」と圧を掛けた。
「わ、わかってるよ……。あぁ、めっちゃ怒られそう……」
がっくりと肩を落とす猫屋敷。
「皆、あっちはどうすんの?」
曽根崎が奥に陣を取るコボルトに槍先を向けた。
「あらら、ほんまや、忘れてたわ」
「うーん、今更感……」
「まあ、あれを一体ヤったところで、九条の機嫌が直るわけねぇよな」
「曽根崎くーん、てことで、俺ら先に上戻るわ……」
猫屋敷は力なく手を振り、犬神と森を連れて戻っていった。
「え? ちょ……、まいったな」
曽根崎は少しの間コボルトを遠目に見ながら、
「やめだやめ、何か冷めた。なぁ、上がって打ち上げでもしねぇ?」と、周りのプロダイバーに声を掛けた。
どうしたものかと黒煙を見上げていたプロダイバー達が、曽根崎の言葉に反応する。
「……そうだな」
「ま、珍しいもん見れたしな」
「そうだ、折角だし上で連絡先交換しようぜ」
「おぉ、いいね~、お兄さん達は、いつも何処回ってます?」
「俺とこいつは岡山が多いかな」
「へぇー、岡山ってさ……」
「ふんふん……」
曽根崎とダイバー達は、コボルトに背を向け、一階へと戻っていった。
フロア中央から立ち上る黒煙が、まるで焚き火の跡のようだった。
***
『ガルゥ……? 帰ってくよ?』
コジロウが老齢のコボルトに言った。
『行かせてやれ』
コボルトはそう言ってベビーベロスから降り、他のモンス達に手で解散を合図する。
フレイムジャッカル隊とデスワームが隊列を崩し、思い思いに散らばっていく。
『ワフゥ……あの手は何だったガルゥ……?』
コジロウが煙を見つめていると、
『――おい、コジロウ、早く来い』と、老齢のコボルトが声を掛けた。
『ワフッ⁉』
コジロウの耳がピンと立つ。
『ねぇ、い、いま、何て言ったガル⁉』
尻尾をパタパタと振りながら、コボルトに纏わり付く。
『ねぇ? ねぇ? いま、コジロウって言ったガル?』
『さあ、どうだったかな……』
コボルトはフッと笑いながら、ベビーベロスと奥へ向かって歩く。
『ま、待ってガルー』
『早くしろ、ボウズ』
コボルトが笑いを堪えている。
『えー! さっきはコジロウって言ったー! 確かに言ったガルー!』
『クックック……さあ行くぞ』
コボルト達は横並びになって寝床に戻っていった。
***
「まっきー、ちょーすごいじゃん!」
絵鳩が興奮気味に言った。
「ふふふ、見たか科学の力」
「でも、肝心のボス猫も消えちゃったし、どうする? 皆も上に戻ってくみたいだし……」
「ちょっと気になる、何か素材が取れるかも」
蒔田が黒煙を指さした。
二人は身を低くして、フロアの中央まで走った。
指の残骸は、もう跡形も無い。
地面に残ったどす黒いシミと、そこから煙だけがプスプスと上っていた。
「うーん、ドロップなしなのかなぁ……」
「特に何も無さそうだけどね」
足で地面をならしていると、急に絵鳩がしゃがみ込んだ。
「あれ、何か光った⁉」
「え⁉ どこどこ!」
蒔田もその場所を調べる。
「これって……?」
二人は顔を見合わせた。
紫色で長方形の石のような物が落ちている。
「爪の欠片とかじゃない?」
「え? だとしたらドロップじゃん!」
蒔田は欠片を持ち、コンコンと叩いて音を聞いた。
「うん、軽いけど、強度は申し分なさそう……」
「あんだけ強いモンスなんだからさー、凄い武器作れるんじゃない?」
蒔田は欠片を見つめて考え込む。
「まっきー?」
「絵鳩……、この夏、東京に遠征しよっか?」
「ど、どうしたの急に⁉」と、不思議顔の絵鳩。
「前から行ってみたかったんだよね、アンダーグラウンド」
蒔田が不敵な笑みを浮かべた。
***
残念ながら、レイドボスには逃げられてしまった。
だが、レイド終了後、俺のスマホは鳴り続ける。
動画配信のコメントや、いいねの通知が止まらないのだ。
メダルブームの時の丸井くんの事を思い出す。
あの時もすごかったけど、まさか自分が経験することになるとは……。
「おい、ジョーン、いい加減、通知切れよ」
リーダーが肉串片手に呆れ顔で言った。
「え、その……、もうちょっとだけ有名人気分を味わおうかなぁ、なんて……」
「変なやっちゃなぁ、ジョーンは」と、モーリーが笑う。
「しっかし、あの猫どこに消えたんだろうな」
犬神さんがボソッと呟くと、隣に居た花さんが口を開いた。
「今回のレイドはちょっと変だと思うんです。そもそもレイド発生自体、コアに過剰蓄積された何らかのエネルギーの放出とみる説が現在最有力なんですが、フロアの形状変化も無く、構成モンスにも変化は見られませんでした。デバイス上ではレイドボス反応を示す「紫」の光点。でも、発生したと言うよりは、ケットシーが呼び出したように思えます……、ただ、配信を見ていた教授とも何度か意見を交わしましたが、はっきりとレイド判定を下せる材料がない状態ですし、この後、レイドバカンスの発生が有るか無いかも重要な指標になるのではないかと。既に各研究機関はケットシーの調査を始めたという話もあるそうで……あれ?」
「「……」」
花さんはキョロキョロと周りを見る。
皆が呆気に取られているのに気付いたようだ。
「わわ、ご、ごめんなさい、つい興奮してしまって……」
顔を赤らめる花さんの姿に、野郎共は鼻の下を伸ばした。
「い、いやぁ、すげぇよな?」
「うん、なんかためになるっつーか」
「ま、そのくらい尖ってた方が良いよね」
「センスがあるっつーか」
プロダイバー達がこれでもかと花さんを持ち上げる。
俺は苦笑いでその光景を眺めた。
「ブヒブヒ言うなぁ、このたわけどもーーーーーーーーーーーーっ!」
皆が一斉にビクッと身体を震わせた。
仁王立ちでダイバー達を睨み付ける紅小谷。
「べ、紅小谷⁉ いつこっちに……」
「そりゃ来るでしょ? どんだけ話題になってると思うの? 誰だと思ってんの?」
「確かにさっきから通知は凄いけど」
俺はスマホを見せる。
未だに、ブブブブ……と絶え間なく震えていた。
「恐らくメディアも来るけど、取材は全部断りなさい」
「え? 宣伝になるじゃん」
「私もそんな気がします」と、花さんも頷いた。
紅小谷は小さくため息を吐き、ビールをぐいっと飲み干す。
「ぷはっー。いい? 今の時代、メディアの取材を受けるのはリスクが高すぎるのよ」
「どういうこと?」
「リスクよりも宣伝効果の方が大きいんじゃねぇの?」
近くに居たダイバーも会話に入ってきた。
「まあ、素人が考えがちなことね。ここでいうリスクは、情報をコントロールできないってこと」
紅小谷が解説を始めると、何だ何だとダイバー達が集まってきた。
中には「あれがさんダの……」とか「マジ紅小谷? ちっさくね?」と、噂する声も聞こえてくる。
「例えばジョンジョンが宣伝になると思って、テレビ取材を受けるとするわね?」
「うん」
「順調に取材が終わって、いざ放送を見てみると、あら不思議、レイドの危険性だけを前面に出した映像が流れて、あたかもジョンジョンがレイド反対派の代表みたいな印象づけをされる恐れがあるってことなのよ!」
「え⁉ そ、そんな……」
「まさかと思うでしょ? でも、人間はどこまでも利己的になれる生き物なのよ……」
「……何か怖くなってきたな」
紅小谷がニマッと笑う。
「そーこーでー! 私なら、ジョンジョンの意向に沿った記事も書けるし、投稿前のチェックはもちろん、宣伝力も業界一よ!」
「てことは……」
「そう! ジョンジョン、私に独占取材をさせなさーーーーいっ!」
やや仰け反りながらドーンっと指を向ける紅小谷。
な、なるほど、それが目的で来てたのか。
相変わらず精力的というか記者魂というのか、この行動力には頭が下がる。
まあ、紅小谷に取材して貰えるなら、俺としても願ったり叶ったりだ。
「わかった、紅小谷に頼むよ」
「やったー! 決まりね~、じゃあ、皆で……カンパーイ!!」
紅小谷が満面の笑みで、ビールの入ったカップを高く上げた。
「「カンパーイ!!」」
いやぁ、今回のレイドは何だか色々と変だったな。
あの黒雲の向こうには、どんな世界が広がっているんだろう?
花さんが言うように、レイドバカンスは発生するのか、それも気になる。
そういや、絵鳩と蒔田に話を聞きたかったけど、二人とも先に帰ってしまった。
しかし、あの武器ヤバすぎだったな……。
ウェポン作家の端くれとしては、ぜひ聞いておきたかったんだけどなぁ。
肉串を頬張りながら、ビールで流し込む。
「くぅ~、美味い!」
紅小谷はダイバー達に質問攻めにあっている。
リーダーはモーリー達と花さんを囲んで楽しそうに笑っていた。
やっぱり、これがダンジョンの醍醐味だよな!
俺は胸いっぱいに充実感を感じながら、もっと大勢の人に来てもらえるダンジョンにしようと誓う。
「ジョーン、こっち肉が切れたぞ」
「え⁉ あんなにあったのに……」
「こっちビールないよ~」
「は、はい、すぐ持ってきますんでー!」
その日、遅くまで打ち上げは盛り上がった。
レイド最後に上っていた黒い煙のように、BBQコンロからは白煙が上り続けていた。
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