第124話 深淵からの鳴き声編 ⑫ メガからギガへ

 ――カウンター岩前。


「いってらっしゃいませ~!」


 次々に訪れるダイバー達の受付を済ませながら、チラ見で最下層の様子を探る。

 マタタビパウダーが効いたのか?

 猫手が出て来たのは良いけど、これって、ちょっと不味いんじゃ……。


「かなり苦戦してますね……」


 花さんも不安げな表情でモニターを見ている。

 と、そこに学校帰りなのか、制服姿で息を弾ませた絵鳩&蒔田コンビがやって来た。


「間に合った~! お疲れーっす、ジョンジョン」

「ふぅ~、お疲れ様です、ジョーンさん」

「お、おぉ、お疲れさん」

 二人とは久々に会うが、やはり、あの時から蒔田の声が聞き取れるようになっている……不思議だ。

 てか、ジョンジョンって、紅小谷に影響されたのか?

 絵鳩の方が礼儀正しいとかありえんのだが。


「あれ? ジョーンさん、いつの間にそんなに仲良くなったんです?」

 花さんが不思議そうに俺と絵鳩達を見比べた。

「え? い、いや、その……何というか、これは……」

 俺が狼狽えていると、突然、蒔田が泣き出しそうな顔をして、

「松山まで足に使ったくせに、遊びだったのねジョンジョン!」と、カウンター岩に突っ伏した。

「ジョーンさん……」

 花さんが目を大きく開き、一歩後ろに下がった。


「ちょー! ちょっと待って! 違う、違うって、おい、蒔田、やめろーーーーっ!」

「「あーっははは!」」

 二人が俺を見て笑う。


「すみません、花さん。ちょっとジョーンさんをからかっただけです」

「そ、そうなの? ご、ごめんなさいジョーンさん……」

「いやいや、全然大丈夫だから……あはは」

「まあまあ、足に使われたのは事実ですし」

「ちょ、マジで勘弁してくれよ……」

 誤解が解けたからいいものの、ホントこの二人は恐ろしいな。


「しかし、今回のレイドは難易度高いと思うけど……、二人とも大丈夫なの?」

 花さんも隣でうんうんと頷いている。


「ふふふ……、まあ、ジョンジョン見てて。な、絵鳩」

「ふふふ……、そうです、まあ見てて下さい。ね、まっきー」

 二人は腕組みをして、不敵な笑みを浮かべた。


「お、おぅ、そうか……、頑張れ」


 俺はIDを通して、蒔田の装備を用意する。

「えーっと、確かメガ牛鬼砲だっけ……え?」


 ・ギガ牛鬼砲WMAX+128


 以前のメガ牛鬼砲は吹き矢のような筒だったが、今はショットガンの銃身のような筒を二本くっつけたような形になっていた。

 しかも、ご丁寧に保護用の白い布も用意してあった。

 布の端には、小さく「聖骸布」と刺繍されている。


「ふふふ……、このヤバさにお気づきか?」

 蒔田がギガ牛鬼砲WMAXを白い布でくるみながらニヤリと笑う。


「ちょ、何か凄いことになってるけど、これどうしたの?」

「忘れたんですかジョーンさん、まっきーは改造とか得意だし」と絵鳩。

「そ、それは知ってるけど……」


 いくら得意といっても、この強化値はかなりのものだ。

 それにメガからギガで、一体どう変わったのかが全くわからん……。


「今日、ここでキメる……」

「もう、早く早く、終わっちゃうよ!」

 遠い目をする蒔田の背中を絵鳩が押す。

 二人はキャッキャ騒ぎながら、更衣室へ向かった。


 やれやれ、あの二人にはホント振り回されるな。

 しかし、あれは一体……。


 ***


 ――十五階層付近。

 きりもみ回転しながら襲い来るスパイラルモモンガを、白雲を構えた絵鳩が迎え撃つ。


「たあーっ!」

『ピギィーーーッ!!』


 蒔田が施した鏡面加工が功を奏した。

 鋭さを増した白雲は、スパイラルモモンガをあっさりと貫く。

 その強化値は+67と、以前に比べ大幅にアップしていた。


「ふぅ……、まっきーいいよー」

 

 絵鳩が声を掛けると、木陰から蒔田がひょこっと顔を出す。


「ちょ、絵鳩! そこは『クリア』って言うって決めたじゃん!」

「あ、ごめん、そうだった! クリア!」

「おせーしw」

「「あははは!」」

 二人は笑いながら、先に進む。

 最下層の入り口の前に着き、蒔田は白雲を含めて武器のチェックを行った。


「よーし、問題なーしっ!」

 蒔田が白雲を絵鳩に返した。

「まっきーに磨いで貰ってから、めっちゃ調子良いよ」

「うん、やっぱ、クレイビートルの粉で作ったコンパウンドは当たりだわー」

「へぇー、それってすごいの?」

「そりゃ、この神配合率に辿り着くまでの労力を考えればね。まあ、牛丼二年間無料程度のインパクトはある」

「マジで⁉ 卵付く?」

「付かない」

「く~、微妙なラインだね」

 何故か悔しそうな絵鳩。

「さて、行きますか」

「うん」


 二人は最下層に入り、頭を下げ中腰になって、フロア中央に進んでいく。

 まずは、絵鳩が前方の岩壁に走り、ピタッと背を付けた。

 次に辺りを確認した後、蒔田に向かって手で合図を送る。

 それを繰り返しながら、二人は主戦場となっているフロア中央付近に近づいていった。


「うわ、何あれ……」

「猫じゃん」

「どうする?」

「もち、あのボス猫の手を打ち抜いてやんよ」


 蒔田がフフッと笑って聖骸布を外し、ギガ牛鬼砲WMAXを取り出す。

 地面を足で平らにならし、「よっ」と牛鬼砲から設置用の足を伸ばすと、地面に突き刺し固定した。


 片膝を地面に付き、淡々と猫手に照準を合わせていく。

 まるで、凄腕のスナイパーのようだった。

 

「絵鳩ー、背中押さえといてくれる?」

「おっけー」

「うーん、結構暴れてるけど……あんだけ的が大きければ外しっこないよね」

「これって、前のよりすごいの?」

「ヤバいよ、マジで自分が怖い……まあ見てて」

「う、うん」

 蒔田は銃身に付いたレバーをシュコッシュコッと、空気ポンプのように何度も押したり引いたりした。

「ウシオニス粒子圧縮度120%!」

「牛鬼産毛弾UB-02装填」

 ポケットから取り出した弾にキスをして、銃口に詰める。


「今日、歴史が変わる……絵鳩、心の準備はOK?」

「お、おっけー!」

 絵鳩が蒔田の背中にぎゅっとしがみ付く。


「OK、システムオールグリーン……ハレルヤ!」


 ――薄暗かったフロアに閃光が煌めく。

 銃口から凄まじい勢いで光弾が放たれた。


 衝撃で蒔田と絵鳩はゴロゴロと後ろに転がる。

 

「うわわっ⁉」

「いけーーーーーーっ!」


 ***


「どうすんだ猫屋敷、もう全員で一気に叩くか?」

「うーん、それしかないか……ん?」


 突然、遠くで何かが光った瞬間――爆音が轟き、凄まじい風が巻き起こった。


「ぐわーーーーっ!!」

「な、なんだ⁉」

「うぉーーー!!」


 犬神の巨体も軽々と爆風に煽られ宙に舞った。

 猫屋敷と曽根崎は、飛ばされながらも身軽に受け身を取る。

 森はそのままの体勢でかろうじて踏ん張った。


「な、なんや⁉ お、おい! あれ見てみい!」

 森が大声で猫手を指さす。


 猫手を見ると、そこには大きな空洞が空き、ボタボタと紫色の血が流れ出ていた。


「ま、マジか……、一体、何があったんだ?」

 猫屋敷は目を丸くする。


「チャーーーンス!!」

 曽根崎が槍をくるっと回し、猫手に向かって駆け出した。

「あ!」

「馬鹿野郎! 俺らも行くぞ!」

 猫屋敷を片手で抱え、犬神が後を追う。


 猫手は爪を出したままブルブルと震えている。

 怒りに震えているのか、それとも痛みなのかはわからない。

 だが、ぽっかりと空いた空洞からはゴボゴボと紫の血が溢れ続けている。


「よっしゃもら……⁉」

 曽根崎が槍を構えようとした時、森が前に立ち塞がった。


「ごめんな、今日は十傑背負って来てんねん」

 そう言って、森は居合抜きの構えを見せ、静かに息を吸った。

 森の鋭い眼が猫手を見据える――。


「風……?」


 森の足下を中心に大気が渦を巻く。

「猛き者も遂には滅びぬ、偏に風の前の塵に同じ……」


 ―― 無 常 九 閃 斬 ――


 猫手に九つの光の筋が走った。

 ボタッと、指の一本が紫色の爪ごと地面に落ちる。


『GRUNYAaaaaaaaaーーーーーーーーーー!!!』


 瞬間、耳をつんざくような叫び声がフロア中に響いた――。

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