第123話 深淵からの鳴き声編 ⑪ マタタビパウダー

 最下層では猫又の残党とコボルト率いるモンス軍団、そして新たに参戦したダイバー達が、三つ巴の戦いを繰り広げていた。


 猫又達はすでに撤退命令を受けているせいか、全員逃げ腰である。


 フロア中央に浮かぶ黒い雲の下に、京都十傑のメンバーやプロダイバー達が集まっていた。


「なぁ、どうする? 出てこないんじゃ話にならねぇよな?」

 プロダイバーの一人が、猫屋敷に話しかけた。


「そうだねぇ、こればっかりはどうしようもないから」

「お前、人呼んどいてそらないわー」と、横から森が割って入る。


「ごめんごめん、もうちょっと待って、ね?」

 猫屋敷が愛想笑いを浮かべると、森が遠くを見て、

「お、あれ、曽根崎くんやろ。おーい、こっちや!」と手を上げた。


 凄まじい速さで走ってくる曽根崎。

「到着ーっ! よぉ、皆さんお揃いで!」


「お、おう」

「速ぇな……」

「来た来た」

 犬神と猫屋敷は笑顔で迎える。


「ん、自分、それ何持ってんの?」

「ああ、これね。へへへ、ちょっとジョーンから良い物貰ってきた」


 曽根崎はひょいっと、マタタビパウダーの瓶を空中で回転させて受け止めた。

 興味津々で言葉を待つ森達にラベルを向ける。


「こいつで、猫ちゃんまっしぐらだぜ!」


「「お、おぉ……?」」


 皆、理解が追い付いていないのか、呆れているのか、曖昧な返事が聞こえてくる。

 だが、曽根崎は、そんな空気は全く気にする素振りも見せない。


「まぁ、任せとけって、要はおびき出せばいいんだからさ。さぁ、皆、準備はいいか? ほら、広がって広がって!」


「え? お、おぅ、わかった!」

「どうすんの? このくらい?」


 得体の知れない曽根崎の自信によって、皆が動かされていく。

 猫屋敷や犬神、森、プロダイバー達も不思議顔で辺りに散らばった。

 それを見計らった曽根崎が瓶の蓋を開け、皮の袋にパウダーを移し替え袋の口を縛った。


 曽根崎は野球選手のように、手の上でポンポンと弾ませた後、

「よっしゃ、いっくぞー!」と、皆に向かって掛け声を上げた。


「「おーーっ!」」


「ぬぉりゃあああぁぁぁーーーーーーーーーっ!!!!」


 槍先に引っ掛けたマタタビ玉を黒雲目掛けて振り放つ。

 ひゅーんと一直線に雲の近くまで飛ぶと、曽根崎はすかさず槍を構え直した。

 

 ――――串刺しのカズィクル・九槍ナインランス!!

 

 衝撃でマタタビ玉が破裂し、宙に粉が舞い散った。

 皆が息を呑み、黒雲に気を取られている。

 その瞬間、スケルトンとフレイムジャッカルが雪崩なだれ込んできた。


『グルルルァァ!』


「ちっ! こっちは任せとけ!」

 近くで見ていたプロダイバー達がカバーに入る。


「おらおらーっ!」

 さすがにレイド目当てで集まって来たダイバー達だけあって手練れが揃っていた。

 あっという間に、フレイムジャッカル隊を駆逐していく。


「くそっ、はよぅ出てこんかい!」

 森がデスワームを切り捨て、雲を見上げる。

 未だ、猫手の出てくる気配はなかった。


 ***


『やれやれ、厄介な連中が来てるようだな……』

 ベビーベロスの背で、老齢のコボルトは目を細めた。


『アワワゥ⁉ あの太い子やられちゃったガル!』

 隣のコジロウが声を上げ、口元に丸っこい手を当てる。


『デスワームか? むぅ……』

 コボルトは腕組みをして何か考え込んだ後、サッと手を上げ『〇Θ▽×!■=』と叫んだ。


 コボルトの叫びに呼応し、フレイムジャッカル隊とデスワーム達がざざざと陣形を変える。

 扇状に広がったフレイムジャッカル隊、その後方中央にデスワームが、さらに後ろにコボルトとベビーベロス、コジロウが陣を構えている。


『問題は、アレがまた出てくるかどうかだな……』

 コボルトは誰に言うわけでもなく呟いた。


 ***


「な、なんだ⁉ 急にモンス達が移動し始めたぞ?」

「よーし、体勢を立て直せ! 最低でも三人一組で当たれよ!」 

「こっちはもう、猫又は見当たらないぜ」

「各フロアに散ってる奴ら呼んで来い! 頭数足んねぇぞ!」


 レイド慣れしたダイバー達が、それぞれ指示を飛ばし、上手く初心者や中級ダイバー達を纏めている。


「へぇ、意外とやるなぁ」

 その様子を見ていた猫屋敷が感心したように言う。

「猫屋敷、呑気な事言ってんなよ? 九条に言ってねぇんだぞ、他の奴に美味しいとこ持ってかれたら……俺が許さねぇからな」

 拳をポキポキと鳴らす犬神に、猫屋敷は「わかってるってば」と面倒くさそうに手を振った。


 一方、曽根崎は目を閉じたまま槍を抱え、雲の真下で胡坐をかいて座っている。


「どないなっとんねん、曽根崎くーん、もうあかんのとちゃ……⁉ 来るぞっ!」

 森が大声を張った。

 と同時に、黒雲の中からゴロゴロと雷が鳴るような音が響いた。


「な、なんや⁉」


 フロア中に響きわたるゴロゴロ音に混じって、時折、フシュッ、フシュッと、異様な風も流れてくる。


「や、ヤバいんとちゃうかこれ……?」


 皆が呆然と黒雲を見つめる中、曽根崎だけは座ったままじっと目を閉じている。


「え⁉ あ、雨?」


 突然、バケツ一杯分はありそうなくらい巨大な水滴がバシャン、バシャンと黒雲から振ってきた。

 猫屋敷は、恐る恐る地面に落ちた水を指に取り、その臭いを嗅いだ。


「うへぇ、何か生臭いよこれ……」

「やめろ! 近づくな!」

 犬神が後ずさる。


 と、その時、黒雲の中から、シャッと猫手が突き出た!


 ――瞬間、曽根崎の目が開く。

 空中に跳ね上がるように後方一回転した曽根崎は、猫手の攻撃を躱した。


 地面が僅かに揺れ、空気が震える。


「うっひょーーー! 来た来た来たぁーーーっ! 悪ぃな、いっただきーーー!」



 ――串刺しのカズィクル・氷柱槍アイシクルランス!!!!!



 放たれた連撃は九度――。

 辺りに氷の結晶が舞い散り、ブリザードのような風圧が襲う。


 猫手がぶるるっと震えた。


「うぉっ! さぶっ!」

「おい、猫屋敷! お前先越されんぞ!」

 犬神が猫屋敷のケツをアカガシラ六角棒でグリグリと突いた。


「いてて! わかったよ、わかったから!」

 猫屋敷はぶつぶつ言いながら、左右に装備したバステトの爪を、まるで鉄板ステーキ屋のシェフのように擦り合わせた。


 バステトの爪は、右は風、左は火の属性付与が施されたシリーズ武器。

 シリーズ名は『ナイル』で、他には『アヌビスマスク』や『イシスの水盾』などがある。


「風と火ってのは相性抜群なんだよね」

 ぴょんぴょんと、まるで機敏な猫のようにジグザグに飛びながら猫手に向かっていく。


「おーい、曽根崎くーん! それくらいじゃ、こいつは落ちないよん♪」

「え?」

 曽根崎が振り返った瞬間、猫屋敷が両爪を交差した。


Chispaチスパ!!」


 閃光にも似た火花が散る。

 ――Nilo・Luz・Vientoナイル・ラズ・ビエント!!


 刹那、渦を巻く炎が猫手を襲った!


 曽根崎の氷柱槍で冷やされたところに高熱の炎が浴びせられるのだ。

 これは流石に効いたでしょ、と猫屋敷は一人ほくそ笑む。


 が、しかし、もくもくと立ちこめる煙の隙間から、紫色の鋭い爪がニャリーンっと光った!


 それは紫の軌跡を描く。

 何者をもバターの如く切り裂く断罪の爪……。


 ひと掻き十数人。

 無慈悲な神の猫手は、迷えるダイバー達を消し去った。


「な、なんや⁉」

「マジで⁉ これどうすんの?」


「何なんだ一体……」

 瞠目する曽根崎達をあざ笑うかのように、猫手はギュッパギュッパと手を開いたり閉じたりしている。


「あはは……これは想定外だなぁ~」

 猫屋敷は呆れ顔でため息を吐いた。

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