第19話 チラシを作りました。

 久しぶりに母からメッセージが届いた。

『順調そうね。でも、新規のお客さんはちゃんと増えてるの? 増えてるなら良いんだけど、その辺も頭に入れておきなさいよ』

『り』


 むぅ、確かに……。

 スマホの画面を消して、布団から起き上がる。

 そういえば、最近ベテランダイバーは増えたけど、初心者が殆ど増えていないなぁ……。

 これは、もしかして初心者が入りにくい雰囲気になってしまっているのかも知れない。

 早急に手を打っておいたほうが良いだろう。


 俺は急ぎ身支度を済ませて、居間へ降りる。

「ジョーンくん、おはよう。おにぎり良かったら持っていく?」

 陽子さんが、珍しく台所に立っていた。

「あ、おはようございます、もらっていいんですか?」

「うん、ちょっと作りすぎちゃって。今日、これから公民館で会合があるのよ」

「へぇー、陽子さんも大変ですねぇ」

 陽子さんは「そうなのよ」と振り返って

「これが、おかか。こっちが梅に鮭、こんぶ」と細長い指をさす。

「じゃあ、鮭もらっていきますね」

 と言って、俺はラップでおにぎりを二個包む。

「はーい、じゃあ頑張ってね」

 手を振る陽子さんに礼を言い、昨日の夜に凍らせた麦茶を持ってダンジョンへ向かった。


 黒いフェンスを雑巾で拭きながら、初心者層に何が喜ばれるのかを考える。

 うーん、自分が最初の頃に困った事と言えば、やっぱり武器だな。


 俺には、教えてくれる人はいなかったから、武器も雑誌読んだり、ネットで調べて自作したりと大変だったなぁ。今思えば、それもいい思い出になっているんだけど……。


 しかし、苦労すればいいってわけじゃない。

 やっぱり、最初の部分。導入ぐらいは、何か手助けしてもいいと思うのだ。


 最初にダンジョンで手に入れる武器といえばこん棒系だが、これも簡単な加工をすれば攻撃力を手軽に上げることができる。慣れていれば当たり前のこと、しかし、初めてで右も左も分からない状態だと、そこまで考えが及ばないのが普通だ。俺もそうだったので良く分かる。


 ウチのダンジョンなら、二階のトレントからこん棒がドロップする。俺が初心者ならまず狙うだろう。

 バババットの革でグリップを作り、石をくくりつけてハンマー系にもできるし、先を尖らせてそのまま使うなど、加工がしやすい。モンスの牙や茨などを巻き付けたり、慣れてくると楽しい作業の一つである。

 むぅ、そうか。俺のようなハマるタイプの性格じゃなければ、こういう作業が面倒と感じるのかも知れない。例えば、最初から高価な武具を買い揃えるタイプの人とか。まあ、いくら高価でも買ったまんまだと、すぐに限界がくるとは思うけど


 しかし、安易に教えるのも楽しみを奪うようで気がひけるな。

 何か押し付けがましい方法じゃなくて、いい方法があればいいのだが……。


 カウンター岩に戻り、デバイスを見る。

 DPを消費して得られるアイテムは多いが、当然基本プレーン状態、例えば武器の場合、強化がされていない状態だ。アイテムや武器は工夫次第で強くもなり、回復系アイテムなどは効果が上がったりする。


 俺のルシールは+99の強化がされ、同武器と比べても格段の差がある。矢鱈に至っては+999もの強化と別次元の話になってしまうが、アイテムを活かすも殺すもダイバー次第。そこの工夫が腕の見せ所でもあり、他のダイバーの力量を知る目安でもある。

 

 色々とアイテムを物色しながら『種』の項目で手がとまった。

 種には様々な種類があって、薬効のある回復系、ロープ代わりになる蔓などの材料系、後はモンス系の危ない種などがある。だが、所詮DPを消費して手に入る物に、そこまで危険性のある物はない。

 本当に危ない物や凄い物は、やはりダンジョンにあるのだ。


 ――昔、とあるビル型ダンジョンが一夜にして森に変わった事件が起きた。

 ネットで『森ビル事件』と検索すれば多数ヒットするだろう。


 これは地上げ目的で、ヤバい系ダンジョン企業から派遣された工作員が、後先考えずに『猛烈草』という洒落にならない草の種を蒔いたのだ。


 この猛烈草、その名の通り猛烈なスピードで成長して、ダンジョンを覆い尽くし、モンスバランスを崩した挙げ句、ダンジョンを緑の廃墟へと変えてしまう悪魔の草。


 当然この種は、現在アイテムボックスに入れた時点で即、逮捕である。一部の地域にのみ、稀に自生するしゅなのだが、見つけてもスルーか、焼くなどの対処をするのが普通。だが、当時は知名度も低いうえに、発芽条件も複雑、故に只の種だと思われていて、規制もまだされていなかった。


 事件当時は、連日ニュースで様々な専門家が対策を披露し、ネット界隈も有識者が自らの持論を展開したりと、異様な盛り上がりを見せていた。かくいう俺も、自分で対処法を考えたりしていたが、解決法を見出す事は出来なかった。


 解決法を見つけたのは、突如ネットに現れたヴァン・ホーホストラーテンと名乗る人物。(当時はタイムトラベラーという噂もあった)

 皆が知らないアイテム活用法など知識も豊富で、その博識ぶりには有識者も舌を巻くほどだった。

 結局、その素性が明かされる事はなかったが、彼が公開した対処法は、政府対策チームに採用され『森ビル事件』は無事解決となったのだ。


 ちなみに、その対処法は、キラービーから採れるローヤルゼリーと、バジリスクの毒液、オトギリソウを煮出した汁を1:1:5の割合で混ぜ合わせた薬液に、あるアイテムを入れる。そのアイテムはここに書くと問題になるので割愛する。


 因みに現在、政府ガイドラインでは上記方法は緊急時のみの対策としており、一般的には、猛烈草をひたすら食べるオオクサグイというモンスがを放って、そのバランスを保つ方法が確立されている。 


 それはさておき、初心者が必要な物といえば回復薬である。

 一番オーソドックスなものは『ポーション』だが、これにウツボハスというモンス系植物の種を漬けておくと、『ハイ・ポーション』となる。

 こういった簡単に手に入る物に加える事で、優れた効果を生み出すものをどんどん増やし、それを初心者へ告知するという事をやってみようと思ったのだ。


 俺はデバイスから『ウツボハス』の種を購入する。


 ・ウツボハスの種(一袋)……3000DP


 チャリーン -3000DP。


 早速、二階へ降りて壁際に種を蒔いた。早ければ明日には育つだろう。

 種をそのまま売れば? と言う意見もあるだろうが、俺の考えではこうだ。

 ウツボハスは弱い部類なので、初心者でも倒しやすいうえに、回数制限も無く、復活までも早い。

 初心者が戦闘経験を積めて、DPもコツコツ貯められ、もちろん種も手に入る。

 これだけでも、かなりのメリットがあると思うし、やはり自らの手で楽しんで欲しいのだ。


 一階へ戻り、POP作りを行う。

 まずは店の案内チラシをフリーソフトを使いスマホでデータを作る、これは後ほど。


 次に『ご自由にどうぞ』というさりげない言葉と共に、ウツボハスの活用法などを書いた紙を、中が見えないように折る。それを束にして、小箱に入れてカウンター岩の隅や、持っていきやすいように更衣室の中に置いた。


 何より自分のペースでダイブを楽しんで貰うのが一番。

 ウツボハスを自分で倒し、種を手に入れて自分の手でハイポーションを作ることにより、他にも色々な疑問や興味が出てくれば、より詳しく自分で調べるようになるだろうし、何より、そのきっかけになればいいかなと思う。


 そして、デバイスから協会サイトに、ウツボハスの種を二階へ蒔いた事を告知する。

 後は、初心者を呼ぶ為に考えたある秘策を実行に移す。


 ダイバーも帰り、昼休みの時間になったので、休憩がてら早速行動に移った。

 急いで実家に戻り、爺ちゃんの原付きバイクを借りて、ダイバー免許センターへ向かう。

 途中でコンビニに寄り、チラシを200枚印刷した。

 再び原付きバイクを走らせて、センターに着く。


 そう、初心者は必ずここにいる。

 県内のダイバーが最初に訪れる場所、それがダイバー免許センターだ。

 ここに我がD&Mダンジョンのチラシを置かせてもらおうという算段。


 田舎という事もあるのだが、センターと言う割には小さな建物。

 学校の体育館ほどの大きさで、中は役所のような雰囲気だ。

 ちなみに冷房はエコなのか生ぬるくて、少しがっかりした。


 俺は受付に行き、チラシを置かせて欲しい旨を職員に伝える。

「あー、はいはい。ほらその右手にある台が全部そうだから。置くなら綺麗に並べてね」

 と職員は事務作業をしながら答えた。

「ありがとうございます」

 と、頭を下げ台の方へ向かう。


「な!」

 壁際一面に置かれた横長の会議用テーブルの上には、県内外のダンジョンというダンジョン全部あるんじゃないかと思うほどのチラシが積まれていた。

「皆、考えることは同じってわけか……」


 俺は大きく溜息を吐き、持ってきたチラシを用意する。

 とりあえず200枚のチラシを揃えて、空いているスペースに置いた。


「あー、やっぱそんなに甘くないわw」


 免許センターを後にして、俺はまた、何かいいアイデアはないかと考えながら、原付きバイクを走らせてダンジョンへ戻った。


 空には大きな入道雲、風をきって走る八月の田舎道。

 太陽が笑って「お前もまだまだだな」と言っている気がした。

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