第138話 ダンジョン病棟編③ いざダンジョン病棟へ

 待ち合わせの時間、高松駅で花さんを待つ。

 こうしていると、ダンジョン・エクスポの時を思い出すな……。

 あの時は冬だったか。

 そうだ、丸井くんに、また連絡しておかなきゃ。


「ジョーンさーん! はぁ、はぁ、お待たせしました!」


 息を弾ませながら花さんが走ってきた。


「大丈夫?」

「は……はい……えへへ」


 ほんのり顔を上気させながら答える花さんに、思わずドキッとする。

 おいおい、出だしからこれじゃ身体が持たないぞ……。


 花さんは涼しげなカットソーに、レースのキャミワンピを着ていた。

 髪はアップにしていて、今日はメイクもしているせいか果てしなく可愛い。

 このまま清涼飲料水のCMに出ていてもおかしくない。


「お兄さんは大丈夫だった?」

「はい、なんとか……、最終的にはジョーンさんってことで、渋々納得してくれました」

 どういう基準だよ、平子兄!

 まあ、たしかに俺は無害な男だけれども……。


「じゃあ、行こうか?」

「はい!」



 *



 ――予讃線 快適 マリンライナー 岡山行。


 花さんと並んで座る。

 うーん、何か緊張するなぁ。

 意識しないように、自然体で行こう。


「私、こういう遠出って初めてなんです、何かワクワクしますよね!」

「うん、知らない場所に行くのは楽しいね」


「そうだ、病棟のこと大学で色々聞いたんですけど、一人言っていたのは、システムが違うとか……詳しくは教えてくれなかったんですけど、絶対面白いって」

「システム……。んー、デバイスじゃないとかあり得ないし、となると、ハウスルール的なものが設定されているのかな?」


「どうでしょう……、他のダンジョンでそういうところってあるんですか?」

 花さんが手で顔を仰ぎながら訊いてきた。


「えっと、思いつくのは池袋の※41話参照ワンダーダンジョン(執事ダンジョン)もそうかな。最近じゃ、執事がダンジョンをエスコートするサービスも始めたらしくて、ネットニュースになってたよ」

「へえ~、ちょっと楽しそうですね」


 俺はコンビニで買った冷たいお茶を差し出す。

「え、いいんですか?」

「うん、どうぞ」

「ありがとうございます、ちょうど喉渇いてて……」


 それから他愛もない話を続け、あっという間に岡山に着く。

 一度乗り換えて東京まで行き、そこから特急で石岡へ向かうのだ。


 乗り換えを終えて、そろそろお腹も空いてきた頃。


「花さん、お弁当食べる?」

「え! いいんですか!」

「うん、口に合うと良いんだけど……」


 一応、駄目だった時用に少なめに作ってみた。

 三色ご飯に、一口唐揚げ、卵焼き、タコさんウィンナー、ブロッコリーとポテサラ、もう鉄板の中の鉄板で固めておいた。


「うわ、すごい! ホントに料理上手なんですね?」

「へへへ、ありがとう」

「じゃあ、卵焼きから……」

 花さんがパクっと卵焼きを口に入れた。


「ん! 美味しーい⁉ すごい、ジョーンさん、私この味好きです!」

「よかった~!」

 俺はふぅーっと身体の力を抜き、

「どんどん食べてね」とウィンナーを囓った。


 *


「いや~、そぼろも最高でした……」


 満足そうに花さんが頷く。

 こんなに喜んで貰えるとは、頑張って作ったかいがある。


「味が合って良かったよ、すごく心配だったから」

「そんな気を遣われると困りますよ~、お兄ちゃんの料理より美味しかったです」

「ほんとに⁉ 嬉しいなぁ」

「ふふ、あー楽しいな、ラキちゃんも一緒に旅行できればいいですよねぇ」

「流石にモンスだしね、でもなんでモンスは外に出られないんだろう……?」


 花さんの目がキランと輝いたように見えた。


「モンスは生命か否か――、という議論の時に必ず出る疑問ですね。これもかなりの説があります、もう、皆好き勝手言ってるレベルなんですよね、例えば、外に出るとコアから供給されている魔素バイパスが切断されて素粒子に分解されるとか。あ、そもそも、魔素バイパスなんて存在すら確認されてませんから。私としてはモンスと一緒に遊びに行けたり、生活できたらいいなと思ってますけど、流石に大人しいモンスばかりじゃありませんし、中には凶暴な性格の子もいますからその辺りの問題が解決しない限り夢は遠いなって」


「そ、そうなんだ」

 相変わらずの一気語りだな……。


「ここにラキちゃんがいたら楽しくありませんか?」

「うーん……」

 俺はラキモンがここにいることを想像してみた。


 窓の外を食い入るように眺めながら、ラキモンが手だけこちらに向ける。

『うぴょー!! 速いラキ! ダンちゃん、ほら、アレ! アレ出して!』


 駄目だ……俺の中のラキモンは瘴気香の事しか見えていない。


「楽しいかも……ね」

「ですよね! あーぁ、残念です。でも、ダンジョン病棟に行けばきっと新たな出会いが……」


 出会いって、モンスだよね……。

 花さんのモンス好きもここまで来ると感心してしまう。

 まあ、このくらいの情熱がなければ、モンス診断士になろうなんて思わないか。


「そういえば、モンス診断士一次突破おめでとう」

「あ、そうなんです、何とかセーフでした、ありがとうございます」

「次は二次試験?」

「はい、でも二次は合同ディスカッションなので負ける気しないです」


 花さんがグッと拳を握って笑った。

 確かに花さんが言うと説得力があるな。


「二次が終われば、やっと最終?」

「はい、最終は実技試験と面接があるんです」


「実技? 何やるの?」

「えっと、実際に国が保有するダンジョンに行って、即興で指定されたモンスについて診断をするんです、まあ、診断と言うより自分の見解を述べると言った方が近いですね、面接は何を訊かれるのかはわかりません」


「そっかぁ、すげぇ難しそうだね」


 俺が苦笑いを浮かべると、花さんも笑う。

 そして、おもむろに車窓に目を向けて、

「でも、モンスが好きですから……」と花さんは呟いた。


 その横顔を見て、可愛いとか綺麗とかそういう次元じゃなく、自分の好きなことに情熱を向けるその姿に、思わず見とれてしまっていた。

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