第6話 ダンジョンを始めました。(後)

「ねぇ」


 目の前に来た! やばい!

「あ、はい! ど、どうも……」

 貫かれるような視線に怯んだ。 

 ああ、何という気弱な俺。挨拶するぐらいしかできぬとは……。

「……昨日はごめんなさい」

 視線を外して、黒髪JKは呟くように言った。

 キターーーーーー! デレんの早すぎーーーーー!

 しかも、見てたのバレてなーーーーーい!

「あ、いえいえ。俺も悪かったんで……」

「それなに?」

 何事も無かったように近寄ってきて、デバイスを覗き込む。

「あ、これはお見せ出来ないんで……」


 デバイスでダイバーをチェックするのは管理者だけの権限、ダイバーの動向を関係者以外に見せる事は個人情報保護法に抵触する。もちろん、アイテムなどを選ぶのは問題ない。あくまでも、プライバシーの問題だ。


「え? ちょっとぐらい良いじゃない」

「いや、本当に禁止されているんで」

「ふーん、そうなんだ?」

 不満そうな顔で俺を見る。

 あ、あれ? デレじゃないの?

 ってか、顔ちっせぇし、良い匂いがする!!

 

「ねぇ、ダイバー免許って難しい?」

「え? いや、そんなに難しくないですよ。筆記が殆どですし」

「そぉ」と、興味なさそうに身体を揺らす。

 ぐぬ。そっちから訊いたくせに。


 俺は気を取り直して

「免許、お取りになるんですか?」

「……来週、18になるから」

 前髪を気にしながら、上目遣いで答える。

 お、照れてんのかな? いつもこうだと良いんだけど。

「それは、おめでとうございます。今ならウチは練習に持ってこいですよ!」

「あっそ」

 ぐぬぬ。やっぱムカつく。

「ま、まあ、いつでもお待ちしていますんで……」

「キモっ」

 おいおいおいおい、何だこのクソガキは? あぁ?

 調子に乗りやがって、キーーーッ。

「……じゃあ、私は仕事がありますから」

 と言って、俺は黒髪JKにさりげなく背を向けた。

 ケッ、帰れ帰れ! 一生尖ってろ! 青春だな!

 二〇代後半で寝る間にふと思い出して、自己嫌悪に陥いる魔法をかけておく!


「ありがと……」

 ボソッと呟いて、黒髪JKは走って行った。

「えぇーーー!?」

 もう、マジでわけわかんないんですけど?

 何々? 何があったわけ? この数秒で?

 てか、あの一言でもう許しちゃってる自分が怖い。



「あー、疲れた……」

『ダ…ちゃん……ダンちゃん……』

 ん? 何か声が聞こえたような……。

 デバイスを設置した、カウンター代わりの岩の周りを調べるが誰もいない。

「変だな……JKは帰ったし……」

『ダンちゃん……』

 奥を見ると、岩陰から黄色いボディがはみ出している。

「ラ、ラキモン……?」

『今、大丈夫ラキ?』

「あ、ああ、どうした?」

 ラキモンは弾むように向かって来て

『暇ラキよ~』とカウンター岩にもたれかかる。

「そうだよな……確かにこの状況じゃなぁ」

 と、デバイスに映るカップルを見た。

 ぐぬ、まだ座ってやがる。

『誰も戦わないラキ……』

 な、なんだと……?

「え、ちょい待ち! ラキモン出たの?」

『暇だったから、二人の前を通ったラキ。でも、気付かないラキよ』

「な、そんな馬鹿な……」

 ちょ、超レアモンスのラキモンだぞ? 単体DP2500、ダイブ終了時には、当日総獲得DPが倍になる、

『先が思いやられるラキ』

「ぐ……」

 思いがけぬラキモンの言葉が刺さる。お、俺の癒しのはずが……。


 ……いや、ちょっと待てよ。

 デバイスに映るカップルを横目に考える。

 ラキモンが前を通って気付かない程、彼らは夢中になってるってことじゃないのか?


 カップルは肩を組んで、天井のヒカリゴケが織りなす光景を見て何か話している。

 そんな楽しそうにするカップルを見て、ハッと気付いた。


 ――そうか、彼らには彼らの楽しみ方があるのか……。


 そうだ、俺はライトユーザーにも愛されるダンジョンを創ると言っていたじゃないか!

 彼らはまさに、スーパーなライトユーザーである。


 ……偉そうに言って、何もわかってなかったのは俺。

 沼時代を経験した俺は、クソ廃人目線でダンジョンの定義を勝手に押し付けていたんだ……。

 

異路同帰いろどうき……か」


『ラキ?』

 ラキモンが俯く俺の顔を覗き込む。

「あ、いや。まぁ、そっとしといてやろう」

『ラキ~?』

 と丸い目をぱちぱちとさせて、また奥へと戻って行った。



 しばらくして、最後のカップルが戻って来た。

「あ、どうも~お疲れ様です」と声をかける。

「いやぁ~あんな綺麗な光景、初めて見ましたよ! なぁ?」

「うん、とってもキレイだったぁ」

 カップルは顔を見合わせて言った。

「それはどうもありがとうございます!」

「あ、別々で」

 俺は、それぞれに出されたIDを受け取りデバイスに通す。

「最近、ダイブ始めたんですよ」

「あ、そうなんですか?」

「ええ、近くのダンジョンは敷居が高くてね。ほら、彼女は戦闘苦手だから」

 彼氏が彼女を見て言うと彼女は

「もぉ、たたかえるよぉ」と、頬を膨らませた。

「はは、わかったわかった」

「……あ、ああ、なるほど。じゃあまた是非、いらして下さい」

 IDを両手で渡して頭を下げた。

「ありがとう、また来るよ」

「ばいばぁい」

「はい! お待ちしてま~す!」


 何だろう、何か――充実している。

「へへ、悪くないな」

 一時は、手持ちDPをぶっこんで、極悪モンスを召喚してやろうかと思ったが、やらなくて本当に良かった。お客さんに喜んで貰えるって、本当に良いもんだなぁ。


 それから、夕方過ぎまで待ったがダイバーは来なかった。

 まあ、初日に来てくれただけ良かったと思う。

 反省させられる経験もできた事だし、ポジティブにいこう。


 ――スマホにメッセージが。

 お? リーダー曽根崎か。

『おめでとう、まさか本当にOPENするとはな! こっちのデバイスでも見たぞ、何か綺麗なとこだな? こっから十階層ぐらいまではすぐに増えるだろ。何かあったら言って来いよ、じゃ』

『ありがとうございます! リーダー、デバイスで遊んでると怒られますよ(笑)今度、遊びに来てくださいね! じゃあまた!』

 返事を終えて、辺りも暗くなってきた。

 夜も開けていいのだが、さすがに身体が持たない。

 何より、ダンジョンの活性化はCLOSE時がメインだし。

 適度に休憩を取り明日に備えないと、少しずつ無理が祟って、取り返しのつかないミスに繋がる事になる。バランスの取れたルーチンを組むというのは、意外と大事なことなのだ。


 さてと……そろそろ帰りますかね。

 俺は後片付けを始める。


「ねぇ」


 ん? え!? いつの間に?

 黒髪JKが立っている。

「あ、ああ、どうかしましたか……?」

 忘れ物かな?

「……」

 何やらスマホを持ってモジモジしている。

「……これ、どっちが良いの?」

 黒髪JKは俺に画面を向け、細くて白い指でスワイプする。

 その画面を見て俺は

「あー、ダイバー試験問題集ですか」と言った。

「どっち?」

「あ、ええと……。私ならこっちの『カリスマダイバー矢鱈堀介やたらほりすけのらくらく突破シリーズ』がいいと思いますけど……」

「ふぅん」

「良かったら貸しましょうか?」

 と訊くと、一瞬、狼狽えた表情を見せて

「い、いらない。アマ〇ンポイントあるし」

「そうですか。まぁ、ちょっと古い年度のだから、ははは……」

「……じゃ」

 黒髪JKは逃げるように走っていく。

「あ……」

 謎だ。謎すぎる……。

 しかも何故、毎回走る必要があるのだ……?

 あれは理解しようとしても、俺には理解できないタイプだな。

 恋愛経験もないし。興味もないし。

 

 まあ、あの子受かるといいな。

 別のダンジョンに行って欲しいけど。


 さて、片付け片付け。


 ゴゴゴゴゴゴゴ………。


「ん?」

 何か地鳴りがしたような……。

 気のせいかな?

 一応、デバイスでダンジョン内をチェックする。


「うーん、異常はなさそうだな……よし」


 俺はデバイスのスイッチを落とし、入口にビニールシートを被せた。

「ちゃんとしたやつ買わないと……」

 そして、重石を置いてダンジョンを後にする。


「どんな扉にしようかなぁ」

 

 俺は妄想を膨らませながら、獣道を歩く。

 風に揺れる草の音が心地よかった。 


 ……とあるSNSサイト。

「今日は仲の良い店長さんに本を選んでもらったよ!」

 矢鱈堀介の問題集を手に、満面の笑みを見せる黒髪JK。

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