第二部

第22話 忙しくなりそうです。

 押し寄せる熱気で目を覚まし、カーテンを開ける。

「うっ」

 眩しい朝日が、今日も快晴を告げている。

 顔を洗い、身支度を済ませてから、スマホをチェックした。

 昨日の夜に、リーダー曽根崎にメッセージを送っていたのだ。

「おっ、返事が来てる」


『おっす。レクチャーね、免許持ってるなら実戦メインで良いんじゃないの? お前のモンス洗いのデータから見ると、低層で狙うのはフレイムジャッカルからドロップする獣の牙あたりだろ? それでこん棒強化して、パーティー組めばGKのマッドグリズリーはイケる。その辺だけ説明して、基本武器をデバイスで買うのも良いけど、GK倒してからでも遅くないよって教えてやれば良いよ。あとは気になる事とか質問に答えてやるのが一番大事かな』


 なるほど、やはりそういう流れがいいのかな。

 よし、自信が出てきたぞ。

 リーダーにお礼のメッセージを送る。


『ありがとうございます! 助かりました~。頑張ってみます! あ、休み取れたら連絡くださいね、うどん作って待ってますからw』

 これでよし、と。


 今日は少し趣向を変えてサンドイッチを作る。

 熱したフライパンでカリカリにベーコンを焼く。そこに溶き卵を加え、スクランブルエッグを作り、ケチャップを塗ったパンで挟む。パンの耳は切らない主義だ。ボリューム重視である。

 俺は、出来上がったオリジナルサンドと凍らせた麦茶、それに補充用の珈琲豆を持ってダンジョンへ向かった。


 黒いフェンスが太陽光で、火傷しそうなほど熱い。

「あちちち」

 凍らせた麦茶で指を冷やしながら、フェンスを開けてカウンター岩へ。

 マイルドリーフに水をやり、一通り開店準備を終えると、珈琲を淹れた。

 A4用紙を広げて、レクチャーで使う予定の解説書を書き始める。

 口頭での説明を受けるだけだと忘れやすい。

 後で確認したくなった時に便利かなと思ったのだ。


 初心者時代を思い出しながら、武器について必要な情報を書き出していく。

 購入DP、特徴、拡張性、相性の良いモンスなどの一口メモも添えてみた。

 正直、自分も最初にこういうのが欲しかったと作りながら思う。

「うーん、これは喜んでくれるんじゃない?」

 リーダー曽根崎にも読んでもらって、意見を聞きたいな。


 と、その時

「こんにちはー」

 おっと、カップルのお客さんだ。

「はい、いらっしゃいませ」

「二人で」

「はい、ではIDを……」

 俺は手早く受付を済ませて、カップルを見送る。

 ここの所、カップル客が少し増えた気がするな。

 よしよし。


 解説書をもう一度読み直しながら、オリジナルサンドを齧る。

 うーん、美味い! カリッとしたベーコンが塩気の効いた卵と相まって、チープながらも必要十分な旨味を感じさせてくれる。作ってよかった。


 サンドイッチに舌鼓を打っていると、スマホが鳴る。 

 表示にはリーダー曽根崎の名が。

『よっ! おつかれさん! お前の家どこ?』

 え? リーダー? どうしたんだろうか?


「ちょ、何かあったんですか!?」

『ははは、ほら、夏休みに行くって言っただろ? 来たぜ! 四国!』


 な、なんと! 本当に来てくれたんだ!

 俺は流行る気持ちを抑えて

「本当ですか! 今は駅ですか?」と訊く。


『そうそう、ちょうど今着いたとこよ。しかし人いないなぁ』

「そりゃ、東京と比べちゃダメですよw えっと迎えはどうします?」


『タクシーで行くよ。何て言えばいい?』

「あ、それなら壇強だんつよしの家って言ってもらえれば」


『なにそれ? お前豪族か何かなの?w』

「いえいえw 狭い街なので、祖父の顔が広いだけです」


『おk、じゃ後で』

「はい! では」


 スマホをカウンター岩に置く。

 東京にいた頃には、いっつも会ってたから気づかなかったけど、久しぶりに会えるとなると、自分でも驚くほど嬉しく感じていた。


 するとまた、スマホが鳴った。

 あ、鈴木くんだ!

 急いでメッセージを見ると

『こんにちは、鈴木です。レクチャーの件ですが、人数は二十人で、一人1500DPでどうでしょうか? ご検討、宜しくおねがいします』


 俺は画面を見て珈琲を吹いた。

 に、にじゅうにん……。

 とてもじゃないが、俺一人じゃ……。

 

 どうすんだこれーーーーっ!!



 ――その頃、市内を走るタクシー内。

「壇強って豪族なんすか?」

「え? いや、違うと思いますよ……」

 バックミラーを見て、苦笑いを浮かべる運転手。


 曽根崎が後部座席から運転席にグイッと近づき

「じゃあもしかして、貴族っすか?」

「いやいや、それは……あ、はい着きましたよ」

 運転手はジョーン実家の空き地に車を停めた。


「へぇ~、おっきい家だなぁ~」

「この辺では、一番大きいですから、1200円になり……」

 曽根崎は話を遮るように

「あ、そうなんすか。へぇ~、やっぱ何か血筋がヤバい的な感じっすかね?」と訊く。


 運転手は困った顔で

「さ、さあ……その辺はなんとも……」

「わかった! ほら、フリーメゾン? 何でしたっけ、都市伝説とかで良く聞く、ほら」

 全く降りる気配のない曽根崎に、運転手は

「だ、壇さんに訊いてみたらどうでしょうか?」と答えた。

 しかし、気にもとめずに

「だとすると、俺も勧誘されたりしますかね?」などと続ける。

 彼の鋼のメンタルに妥協する気配は無い。


 運転手が肩を落とし

「すみません、本当にわかりません……」

 と泣きそうな顔をすると

「あ~、なるほどなるほど、そういう事か。わかりました。あ、運転手さん、おいくらですか?」

 一人で何か納得したように曽根崎は頷きながら言う。

 運転手の顔がパッと明るくなって

「せ、1200円です! ありがとうございます!」

「はい、じゃあまた」

「ありがとうございました!」

 曽根崎が車を降りると、タクシーは猛スピードで走り去った。

 その光景に目を細めて

「多分、言っちゃいけない何かがあるんだな」と、呟くリーダー曽根崎だった。



 ――再び、D&Mダンジョン。

 スマホが鳴った。リーダー曽根崎である。


『お前の家に着いたけど?』


「裏手に獣道が見えてると思うんですけど、わかりますか?」

『見えるよ』

「そこを道なりに来てもらえますか? すぐなんで」

『おk』


 俺は通話を切り、入口の所まで出てリーダーを待つ。

 返事が来て数分後、獣道を歩いてくるリーダー曽根崎の姿が見えた。


 思わず、大きく手を振る。

「曽根崎さぁーん!! お久しぶりでーす!!」

「おう! 元気?」

 と笑うリーダーは、相変わらずの攻めたスタイル。

 ロックTシャツに、黒いデニム、腕には鋲の付いた皮の腕輪が光る。

 しかし、髪型はビジネスマンのように黒髪短髪という、そう、これぞ曽根崎スタイル。

 これには理由があって、笹塚ダンジョンのバイトリーダーである以上、服務規程を遵守しているのだ。

 本当は派手な髪型にしたいと言っているのだが、役職の辛いところである。


 リーダーは少し言いにくそうに

「お前のさぁ、家ってさぁ、そのぉ、フリーメゾンなわけ?」

「え? 何言ってんすか? とりあえず中へどうぞ」

「お、おう。おk、そういうスタンスね」

 どういうスタンスかはわからないが、俺は気にせずカウンター岩へ向かう。

 昔から、たまにおかしな事を言う人なのだ。


「へぇ、良いダンジョンじゃん? へぇ~」

 リーダーはそこら中を物色し始める。

「デバイスは700C? ちょっと古いな。これ言えば変えてくれるだろ?」

 さすが現役、見るところが違う。

「いや、800Cだとビューが重いじゃないですか」

「んー、ま、好みだよな。で? お客さんは入ってんの?」

 俺はリーダーに麦茶を渡して

「イベントやってからは、少し上向きになってきましたね」

「まあロードだろ? そりゃ来るわw 金大丈夫かよw」

「何とか。笹塚時代のチップは、ほぼ吐き出しましたけど」


 リーダーは、麦茶を一度片手で拝むようにして飲む。

 そして、思い出したように

「そういや、レクチャーの話はどうなったの?」

「あ! そうなんです、大変なんですよ……一気に二十人とか言われてしまって」

「二十!? はー、そりゃキツいわw」

「ですよねぇ……人数を分けて来てもらうしかないかなって」

と、俺はかぶりを振った。


 すると、リーダー曽根崎がドンっ! と胸を叩く。

 腕輪の鋲が刺さったみたいで、その場にうずくまってしまった。


「ちょ! だ、大丈夫っすか!」

 無言で片手を上げて応える。顔が真っ赤だ。

 相当痛かったに違いない。

「……もう大丈夫だ。それ、受けろ」

 と、身体を丸めたままリーダーは言う。

「え?」

 リーダーは立ち上がり、涙ぐんだ目で胸を張った。

「俺を誰だと思ってる! 業界最大手、ダンクロ笹塚支店バイトリーダーの曽根崎さんだぞ?」

「リ、リーダー!」

「オホッ! オホッ! ん、んん! 大丈夫、ちょっとむせただけだ。とにかく、折角のビジネスチャンスをみすみす逃してどうするよ? フリーメゾンの名が泣くぞ? 俺が手伝ってやるから」

 フリーメゾン? 良くわからないが、リーダーの思いがけない言葉に、俺の胸は熱くなった。

「いいんすか! リーダー!」

「おうよ、その代わり、滞在中泊めてくれ」

「そんなのお安い御用ですよ! マジで助かります!! ありがとうございます!」

 俺はリーダーの手を取り、ぶんぶんと振りながら礼を言う。

「あれ、フリーメゾンってこうやるんじゃないの?」

 そう言って、指で三角を作ると俺に向けた。

「リーダー……」


 ともかく、思いがけない強力な助っ人を得た俺は、鈴木に承諾のメッセージを送った。

 レクチャー日は明後日の午前中から。二十人相手の大仕事である。

 リーダーのアドバイスで、当日は午後三時まで貸切にすることにした。


 そして、俺は作った解説書をリーダーに読んでもらうことに。

「ふーん、本当に昔からマメだな?」

「どうですかね?」

 リーダーはうーんと唸りながらもう一度目を通す。

「いいんじゃない? 良く出来てるよ。笹塚のも作って欲しいぐらい」

「本当ですか!」

 俺は飛び上がるほど嬉しかった。

 やはり、信頼している人に認められると自信がつく。


「まあ、そんなに構えるなって。人数が多いだけでみんな長芋だって」

 長芋……? とりあえず俺は気にせずに

「そ、そうっすね! じゃあ、今日終わったらうどんでもどうですか?」

「え、俺そば派なんだよね~太いのだめでさぁ」

「うどん細く切ります? うち手打ちなんで」

「おお! それなら良いよ」

「……」


 その日、閉店まで、リーダーはダンジョンにいた。

 途中、リーダーは、来たお客さんともすぐに意気投合して一緒にダイブを始める。

 恐るべきコミュ力。さすがリーダーである。

 

 そして、閉店後。

 二人で実家に帰り、細いうどんもイケるもんだなと笑う。

 それから、遅くまでダンジョンの話で盛り上がり、とても楽しい時間を過ごせたのだが、フリーメゾンが何だったのかは、結局、わからずじまい。

 チリーンと鳴る風鈴の音を最後に、俺はいつの間にか眠ってしまった。

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