第183話 ニコラス氏のご挨拶

ワゴン車に乗り込み、シートベルトを締めた。

黒スーツの男が俺達にVRグラスを配る。


「これは?」

「会場まで少々お時間が掛かります。その間、今回の主催者であるニコラス氏からのメッセージをご覧下さい」


「……」


俺達はお互いに顔を見合わせた後、恐る恐るVRグラスを装着した。

すると、目の前に講演会が行われるような広いホールが映し出される。


「すごい……ホントにいるみたいだ」


周りを見回しても、花さんと紅小谷の姿は見えない。

会場の席に座っているのは3Dモデルの青い人形だけだ。


現実リアルとの区別なんて、あと十年もすればなくなってしまうかもな……。

そんなことを考えていると、さざ波のような拍手が湧き起こった。


「あっ! ニコラスさんだ……!」


円形の壇上にニコラスさんが登場する。

ジャケットにロックTというラフなスタイルが格好いい。

同じロックTでもリーダーとはえらい違いだ。


「えー、日本の皆様コンニチワッ。お集まりクダサッテ、感謝感激デスヨ。このタビィ、ワタシは皆様に素敵なゲームをご用意シマシタ。キット、気に入ってモラエルと思いマス。ぜひ皆様のツチカッタ知識、独創的なアイデアを惜しみなーくハッキしてイタダキタイ。ソウソウ、予め言ってオキマスガ、このゲームはデスゲームではアリマセン、HAHA! アンシンしてクダサイ、殺しませんヨ? ちょとフルイ? ああそれはシツレイ。では、カイジョウでお会いシマショウ!」


プツッと映像が切れる。

あんな片言だったかな……まぁいいか。


VRグラスを外すと、まだ車の中だった。

窓の外に目を向けるが、カーテンが引かれていて外は見えない。


「どこに行くんだろう……」

「わくわくしますね」と花さん。

「そ、そうかな……?」


花さんって、意外と肝っ玉座ってるよなぁ……。


「人数制限があると思ってたけど……もしかしたら矢鱈くん達も呼べたかもね」

「あ、そうか……そういえば何も言われなかったな」


「まあ、モンスに関しては花さんがいれば問題ないわね。ただ、ダンジョンの知識がねぇ、どういう問題が出るのか……」

「そうだよな、海外のダンジョンの話とか、矢鱈さんなら詳しそうだし」


「まあ、今更じたばたしても仕方ないわね、なるようになるわ」

「うん……」


「あの、優勝したら何かもらえるんですかね?」


花さんの質問に、俺は紅小谷を見た。


「わ、私も知らないわよ⁉ でも世界的な企業のイベントだし、きっと凄いものが用意されているはずだわ」

「そっか、うーん、金塊とか?」


「はあ、ホンット馬鹿ね……小学生? 頭沸いてんの?」

「なっ⁉ なんだよ、そんなに言わなくてもいいだろ!」


「花さん、男は選んだ方がいいわよ」

「ちょ、何言って……」


「そ、そうですよ紅小谷さん! ジョーンさんは別に……その……なんていうか……だからその……」


段々と声が小さくなり、花さんは黙ってしまった。


「じょ、冗談よ、冗談! ほら、花さんが可愛いから……ちょっと意地悪したくなっただけだって!」


紅小谷が慌ててフォローを入れる。


「さ、さぁて、そろそろ着くかなぁー」


俺は必死に誤魔化そうとするが、車内には甘酸っぱい空気が漂っていた……。



    *



――車が停まった。

エンジン音が消え、車のサイドドアが自動で開く。


「駐車場……?」


見ると、同じような車が並んでいる。

俺達が車から降りると、他の車からも人が降りてきた。


「周りも参加者みたいね」

紅小谷が小声で言う。


中年の人が多いな。

まあ経営者が招待されているらしいから、当然か。


「こちらへどうぞ」


案内役の男が、俺達の先を歩く。

最後尾には、いつの間にかもう一人スーツの男が着いてきていた。



ボオォォォ―――――――…………。



船の汽笛が鳴って、初めて船の中だと気づく。


「船?」

「かなり大きな船みたいですね……全然揺れないです」

「たしかに……」


男に連れられ船内に入る。


「うわ……すご……」

「素敵ですねぇ……」


船内は高級ホテル顔負けの豪華な内装だ。

言われなきゃ、ここが船の中なんて誰も思わないだろう。


巨大なシャンデリア、ふかふかの絨毯、円形のソファがいくつも並んでいて、壁際には制服を着た給仕役が待機している。

少し離れたところには、バーカウンターもあるようだ。


「こちらが交流スペースとなっております。他の参加者の皆様との親睦を深める場としてご活用いただければ幸いです」

「なるほど……」


そして、次は個室に通される。


「こちらが壇様のお部屋になります」

「うおぉぉぉぉお!! す、すげーーーっ!」


これがスイートルームってやつか⁉

グレーを基調としたシックな雰囲気で、高級感が半端ない!

奥は壁一面が窓になっていて、向こう側のウッドテラスにはテーブルが置いてある。


これって朝日を見ながらお酒とか飲むやつでは……⁉

映画とかでしか見たことないやつじゃん!


ああ、ここでモーニングうどん食べたらどんなに美味しいことか……。


「あの、さすがにうどんなんてないですよね?」

「ちょ、あるわけ無いでしょ、恥ずかしいから変なこと聞かないでよね⁉」


紅小谷が突っ込んだ瞬間、

「――ございます」と男が答えた。


「「あ、あるんだ……」」


「はい、本場さぬきより一流のうどん職人を招いてございます。また、稲庭、水沢、氷見、ひもかわ、耳うどんや長野のおしぼりうどんもご用意できます」

「ま、マジかよ、神がかってんな……。まぁ、色々あっても俺の中じゃ『讃岐うどん』か『それ以外』になっちゃうんだけどさ……」


「それより、私たちの部屋は……」

花さんが心配そうに訊ねた。


「もちろん、ご用意しております」


そう言って、部屋の奥にある扉を手で示した。


「あちらがお部屋でございます。内側から施錠可能で、専用の出入り口も設けてございますので、プライバシーは十分に確保されております」

「そ、そうなんですね、ありがとうございます」


ホッとした様子の花さん。

てか、紅小谷までホッとしてるのが許せんが……ぬぅ。


「では、この後、お選びいただいたお食事をお部屋へお持ちします。ゲームは明朝開始ですので、それまでごゆっくりとお過ごしください。何か御用の際は、お部屋の電話からお申し付けください。それでは失礼いたします」


男は丁寧に頭を下げ、部屋を出て行った。


「ま、考えても仕方ないわ、楽しまなきゃ損よ。せっかくだし、美味しい物でも食べて英気を養いましょ!」

「賛成ですっ!」


「そうだよな! え~っと、じゃあ、俺はうどんにしようかなー」

「ここまで来てうどんとか、ほんとに頭大丈夫……? 心配になってきた」


紅小谷と花さんが哀れむような目を向けてくる。


「なんでだよ! え、えびの天ぷらも頼むし! ほら、おにぎりとかサイドも……」

「シャトーブリアンとかあるでしょーがっ! なんでいつでも食べられるもん頼んでんのよ!?」


「いや、だって、いつものうどんとの違いを……」

「ジョンジョン、あなた疲れてるのよ……」


ポンポンと優しく肩を叩かれる。


「その目をやめろ! 疲れてねぇし!」

「ジョーンさん、たまにはうどん以外も食べた方が……」

「ううっ……花さんまで……」


「はいはい、花さんほっときましょ。私は『坂東太郎』のひつまぶしかなぁ~」

「いいですねぇ、私はこの『至高のイベリコ豚御膳』にしようかと……」

「うぐぅ……」


俺達はこの時、知らなかったんだ。

明日の朝、世界が一変するってことを……。

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