第91話 久しぶりのダイブです。
スマホのアラームで目が覚めた。
「うぅ……」
昨日は遅くまでガチャ構想を練っていて、ついつい夜更かし。良質な睡眠を取らなければ、いいアイデアは生まれない……という、どこかで聞いた有名クリエイターの言葉を思い出した。
重い体を無理やり起こし、軽くストレッチをしてから身支度を始める。
うーん、イマイチあがらない。
そうだ! 今がその時!
「えーっと……あったあった!」
秘蔵のTシャツコレクションから、NARAKU限定Tシャツを取り出す。
あの興奮を肌に身につけることで、自ずとテンションもあがるはず。
「う~……、ええい!」
ビニールを取る。あ、開けてしまった……。
俺はTシャツに袖を通し、姿見の前に立つ。
「おぉ~! やっぱいいなぁ~、うん」
凶悪なレムナントのイラストに、TOKYO NARAKUのロゴ。
目を閉じれば、あの醜悪なレムナントとの死闘が蘇る。
カッと目を開き、一階へ駆け下りると、怒涛の速さでおにぎりを握った。
「あら、ジョーンくん、おはよう」
「陽子さん、おはようございます」
気怠げな陽子さんの部屋着姿は、ムーンとした大人の色気を放っているが、どうでもいいっ!
俺はおにぎり片手に「いってきます!」とダンジョンへ向かった。
開店準備を済ませた俺は、早速ガチャに入れる小物を何にするか考え始める。
「むぅ……」
指輪、ブレスレット、首飾り……。
でもやっぱり、ダンジョンで役立つものがいいんじゃないかなぁ。
効果、そういやリーダーがメルトゴーレムから精霊結晶を……。
あれ、使えるかもしれないな。
いやぁ、でもレアっぽいし、上手くドロップするかどうか……。
うーん、駄目もとで……挑戦してみるか?
「ジョーンさん、おつです」
「あ、いらっしゃい」
見ると、絵鳩と蒔田が制服姿で立っていた。
「学校終わったの?」
「はい、今日は早かったので」
蒔田が絵鳩に耳打ちをする。
「まっきーが、用って何? って」
「あ、ああ、えーと、実はさ……」
俺は二人に、ダンクロガチャの経緯と小物を作りたいがアイデアがないか訊いてみた。
「ダンジョンで役に立つもの、ですか……。ていうか役に立たなきゃダメなんですか?」
「え?」
「かわいいだけの物とか、綺麗なものなら欲しいかなぁって」
蒔田も隣で頷いている。
「指輪とか?」
「んー、ものによります」
「そ、そうだよね……あはは」
うぅっ、どうすればいいんだっ。
「指……金型……あ……い……」
蒔田が何かを言っているが、所々しか聞こえない。
「え、えっと……」
「指輪ならまっきーが金型作ってもいいって」
「え! 金型⁉」
二人は何やら話しこんだ後、
「えっと、デザインを起こしてくれれば樹脂金型がつくれるそうです」と絵鳩が言った。
そうか、となると型に流し込んで整形すれば、量産できる⁉
これ、いいんじゃないか⁉
「ま、蒔田さま!」
「お安くしとくそうですよ……ふふふ」
そう言って、絵鳩と蒔田がにぱっと笑った。
***
――閉店後。
むぅ、蒔田があんなに商売上手だとは……。しかし、お蔭で量産の目処が立ちそうだぞ。
やっぱ、最初は指輪にしようかな?
加工も簡単そうだし、サイズは調節可能な作りにして……。
その時、スマホが鳴った。
あ、紅小谷だ。
『調べたわよ、ダンクロガチャのシークレットは『タイガーネイル』ね。女性客に寄せてきたってところかしら。シークレットは毎月変わるみたい。じゃ、また』
うーん、ありがたいうえに、有能。
よく考えてみれば、あのさんダの管理人だもんなぁ……。
俺はお礼のメッセージを送り、小物考案中という事を伝えておいた。
「よし、じゃあちょっくら素材調達にいきますか」
ちょっと不安はあるが、俺もかなり腕を上げたはず。
デバイスはOPENのまま、一応誰か来た時のためにカウンター岩に作業中の案内を貼った。
ルシール改+64、ダイバースーツ+60、ファングバックラー+30、を装備、探索者のポーチにはポーションをたっぷり入れて、いざメルトゴーレムのもとへ。
ふと、棚に置かれたP・Jに目がとまる。ついでだし、P・J《こいつ》も試してみるか……。
――シュ……。
『キャイィィィィンン!』
ヘルハウンドが断末魔を上げ霧散する。
「ふぅ……」
久しぶりなせいか、難易度高く感じるなぁ……。
『グルルルルル……』
「ま、また⁉ 何匹いるんだよ、もう!」
俺はルシール改を振りながら、先の階層へ走った。
「はぁ、はぁ……。⁉ 寒いっ!」
氷原フロアに入り、ダイバースーツ越しでも冷気が伝わってくる。
「くそ~、十五階層から逆に行けば良かったかも」
歩く度に、パリパリと凍った草の割れる音が響く。
体温を奪われるとまずいな。
俺はポーチからポーションを取り、グビグビと飲んだ。
「ぷはーっ、久しぶりに飲むと苦い!」
以前は、この味にも慣れて旨味すら感じていたというのに……。
「ん?」
吹雪の向こうで影が動いた。
「イエティかな?」
かじかむ指に息を吐きかけ、ルシール改を握り直す。
影が動いた場所まで、ゆっくりと進んでいくとそこには何も見当たらなかった。
「?」
気のせいか……。
しかし寒い、早く次に向かわないと。
俺は駆け足で先を急いだ。
ドドドドドド…………。
「⁉」
ドンッドンッ、パン! ドンッドンッ、パン…………。
「‼⁉」
な、なんの音だ⁉
ま、周りから変な音が聞こえてくるぞ⁉
ドンッドンッ、パン! ドンッドンッ、パン…………。
イ、イエティだ!
崖の上、俺を囲むようにイエティ達の群れがずらっと並び、一斉に足を踏み鳴らして威嚇する。
チッ、ドラミングだったのか!
「ちょ⁉ こ、この数、死ねる……」
駄目だ、逃げるしかないっ!
「うぉぉおおおおー!!!」
一目散に逃げ出す俺。
『『ウホホーーー!』』
雄叫びを上げながら、ぴょんぴょんと崖から飛び降りてくるイエティ達。
ヤバいヤバいっ! た、楽しんでやがる!
くそっ、CLOSE中はあんなに大人しいのに!
必死で走り、目の前に次の洞窟が見えてきた。
「よし! 逃げ切ったか⁉」
――ドドンッドドンッ!
大きな地鳴りと共に、薄暗い大きな影に包まれる。
『ウホォーーーッ!』
「ま、マジかよ……」
俺の行く手に立ちふさがるように、グラン・イエティが現れた。
で、でけぇし、ぶ厚い……。
『ホッ!』
丸太みたいな腕を振り回すグランイエティ。
「ちょ⁉」
慌てて躱しルシール改を握り直すと、指先目掛けて振り抜いた。
『ウホーーーーーッ!!』
相当痛かったのか、グラン・イエティはその場で地面を踏みならした。
「おいおい、ちょっと揺れてるぞ……」
振り返ると、追ってきたイエティ達が壁を作っている。
襲ってこないところを見ると、獲物はボスに譲るということか……。
キャッキャと手を鳴らしながら囃し立てるイエティ達。
「むぅ……段々、腹が立ってきた」
しかしあの剛毛では、殴ってもそれほどのダメージは与えられないだろう。
狙うなら、顔、腹、足辺りの生身の部分!
――シュッ……。
『ウホッ』
「クッ、躱したか⁉」
『ヒョー、ホッホ!』
「舐めるなよ!」
――シュッ……。
『グギッ!』
「よしっ! 当たったぁ!」
グラン・イエティの足の甲にルシール改がめり込む。
そして、間髪入れずにファングバックラーで腹を突く!
『ガァーーーッ!!』
「ぶほっ⁉」
同時に、岩のような拳骨が俺の腹に入った。
そのまま、宙を舞い、地面にゴロゴロと転がる。
「う、うう……」
『ウホー――――ッ!』
ドドドドドド!!!
グラン・イエティは咆哮を上げながら胸を激しく叩き威嚇する。
それに呼応するようにイエティ達もドラミングを始めた。
「んぐ、んぐ……」
ポーションを二本飲む、だが、ダメージがデカい。
くそっ……。やっぱ一人じゃ無理なのか……。
ふと思う。
おいおい、今やられたら俺のペナルティって……。
ま、まずい! 俺、DPを特定口座に移したっけ?
もし、忘れてたら……かなりの額がIDに入れっぱなしだぞ⁉
「だ、誰か……」
必死で身体を起こそうとしながら思った。
俺って、誰かに頼ってばっかじゃん……。
そう思った瞬間、胸の奥でチリッと何かが燃えた。
「く、くそっ! ポ、ポーション……」
ポーチに手を伸ばすが、もうポーションはなかった。
その時、俺を踏み潰そうとグラン・イエティが空高く舞い上がった。
「やばい!」
咄嗟に身体を転がし、立ち上がる。
ドンッという重低音が腹に響いた。
やべぇ、あんなの喰らったら、ひとたまりもないぞ……。
「⁉」
腰に差していたP・Jに手が触れた。
あ、暖かい?
P・Jを抜き、剣身に指の背を当ててみる。
「あっつ!」
な、なんだこれ、どうなってんだ⁉
『ウホホホホ!』
や、ヤバい、考えてる時間はない。
俺はルシール改を置き、P・Jを握りしめ、迫り来るグラン・イエティを見据えた。
思い出せ、思い出せ、思い出せ!!
集中しろ、研ぎ澄ませ! 全てを乗せろ!
俺にだってできるはずだ!
あの時NARAKUで感じた――あの感触を思い出せ!
「うぉおおおおおおーーーーーーーーーーっ!!!!」
――シュッ‼
グラン・イエティの額に、P・Jが突き刺さる。
『ガウホーーーーーッ!!』
大きな叫び声を上げて、グラン・イエティは霧散した。
「や、やった……」
俺はその場に膝をつき、P・Jを見た。
剣身は折れ、剣先が無くなっている。耐久力はイマイチだな……。
「はは、また作んなきゃ……」
そうだ、イエティ達は⁉
慌てて周りを見渡すが、姿はない。
ボスがやられたから逃げたのだろうか……?
ふと目線を落とすと、グラン・イエティの雪球を見つけた。
「あ! マジで? や、やったーっ!」
さすがにデカい。ハンドボールの球ぐらいあるぞ……。
レア物であることを祈りつつ、俺は剣先の折れたP・Jをのこぎりのように使って雪球を割る。すると中から、たくさんの木の実のようなものが転がり出てきた。
「これは……」
グラン・イエティが集めた実か? 見たことがない形だな……。
ポーチに実を詰め、先に続く洞窟の入り口を見る。
ポーションは切れた。
この先にメルトゴーレムがいるが、今日はもう無理だろう……。
「戻るか……」
重い身体を奮い立たせて、一階へと向かう。
でも、不思議と俺の心は軽かった。
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