【WEB版】某大手ダンジョンをクビになったので、実家のダンジョンを継ぎました。

雉子鳥 幸太郎

第一部

第1話 クビになりました。

 さてさて、何から話そうか。

 俺の話をする前に、まずはダンジョンについて話しておくべきだろう。


 まず、ダンジョンという物は温泉のようなものだと考えて欲しい。源泉の如く世界中に存在していて、こうしている間にも、業者や個人によって探されているのだ。ダンジョンの規模や性質は、コアの質、大きさによって様々で、運よく立地の良い大規模なダンジョンを見つけた日にゃ、孫の代まで喰いっぱぐれる事はないだろう。因みに発生するモンスター等はコアがある限り再生する。


 だが、右肩上がりだったダンジョン業界も過渡期に入り、国内のダンジョンコアは、ほぼ探しつくされたと言ってもいい。最早、好立地物件など夢物語である。


 長くなった、では本題に入るとしよう。

 これは、とある業界最大手のダンジョンをクビになった俺の話だ。



 ――全国150ヶ所にダンジョンを展開する国内最大手企業『ダンクロ』が経営する笹塚ダンジョン。ダンクロと言えば、業界で初めて管理人を常駐させ、24H探索無制限フリーダイブを打ち出し、成功を収めた大企業、TVCMもバンバン打っていて知名度も高い。日本でその名を知らぬ人はいないだろう。もちろん、俺も例外ではない。


 さて、ダンジョンを探索するには、ダイバー免許と言う国家資格が必要だ。

 俺は、高校を卒業して直ぐにダイバー免許を取得した。一発合格だった。


 そして、元々ゲーム好きだった俺は、ダンジョン沼にどっぷりとハマった。

 就職もせず、毎日毎日、来る日も探索ダイブを繰り返し、いつの間にか、近所の笹塚ダンジョンでバイトをするようになっていた。これは、ごく自然の成り行きだったのだと思う。


 そして、バイトを始めて三年が経ったある日、俺に人生のターニングポイントが訪れる。

 そう、ターポだ。


「あ、そうそうお前、明日から来なくていいよ」

「――え?」

 一瞬、わけがわからずに上司の顔を見つめる。

 やたら日焼けして黒光りする顔が、いつにも増して憎たらしく見えた。

「え? じゃなくてさ。悪いね、新しく社員が入る事になった」

「そ、そんな……」

 おいおい、いきなりそれはないだろう。

 いくらバイトとは言え、労働基準法というものがあるのだ。

「ま、一ヶ月分は出すから。それとウチは毎月契約更新だから訴えても無駄だよ」

「……ぬ」

「じゃ、そういう事で」

 そう言って、あざける様に笑った後、まるで追い払うように手を振る。

 俺は返す言葉も無く、管理者室を出た。


 ダンジョンの通路を歩き、待機所のある地上へ向かう。

 呆然自失に地上へ向かう姿は、さながらゾンビのように見えたであろう。

 ダイバーに斬りかかられても文句は言えまい。

 重複になるが、ダイバーと言うのは、ダンジョンを探索する資格を持った人の事を指す。


 ――話を戻そう。

 突然、言い渡された解雇通告。

 自分なりに、頑張っていたつもりだった。

 出勤日には欠かさずダンジョン内の点検、清掃も行い、訪れたダイバーには、大手チェーン店だからと気を抜かずに笑顔で接客をした。その日のおすすめ探索ポイントを自発的に作って配ったりもした。自分で言うのもなんだが、ダイバーたちからの評判も良かったのだ。それは大量に溜まった俺のチップ(DP)ダンジョン・ポイントが物語っている。なのに……。


「はあ……」


 待機所で溜息をつく俺を、皆は腫物でも触るかのように扱う。

 深入りをしたくないのだろう、その気持ちはわかる。

 そんな中、一番仲の良かったバイトリーダーの曽根崎さんが声を掛けてくれた。


「よお、聞いたわ。お前、これからどうすんの?」

「まあ、どうしようもないですからね。とりあえずは……考え中です」

「そっか。また、別のダンジョンで働けばいいじゃん。絶対雇ってくれるだろ?」

「うーん。ちょっと今は考えられないです」

「あれだったら、ほら、東久留米のとこ。紹介してやるから、元気出せよ」

「ありがとうございます、気を使わせちゃって、すみません」

「はは、気にすんなって。じゃあ、その気になったら言ってこいよ」

 そう言って、リーダーは待機所を後にした。


 いい人だなぁ……。

 しみじみと感じながら、俺は今後について思案を巡らせていた。


「ダンジョンか……」

 

 俺はダンジョンが好きだ。何と言っても夢がある。

 得たアイテムは持ち出せないが、DPは現行通貨に交換もできるし(レートは1DP=1円 営業者の場合はこれにダンジョン税20%が掛かる。DPは主にモンスターを倒す事と、ドロップした宝箱などから得られる)

 さらには、プロダイバーと呼ばれるダンジョン探索を生業とする人たちもいて、歴とした職業として確立されているのだ。


 でも、俺はプロダイバーになる気はなかった。

 あくまでも、ダンジョンを楽しみたいのもあるが、プロとして喰っていくには、最低でも一日10000DPを稼がなくてはならない。(これはキツイ。沼にハマった俺でさえ一日7000程度が限界)それで、やっとサラリーマン並みの稼ぎが手に入るのだ。風邪でもひいた日には、その日の稼ぎはゼロ。若いうちなら何とかやっていけるかも知れないが、どうにもリスクが高すぎると俺は思う。


 そう、やるならば――ダンジョン経営だ。

 そうだ起業だ! 旗をあげよ! 人生と言う荒波を見事乗り越えるのだ!


 しかし、肝心のダンジョンが……。

 その時、父の顔が脳裏に浮かんで――ぐるぐるぐるぐる走馬燈が流れる。


『実家のダンジョンもそろそろ処分を考えないとなぁ……』


 OMG!オーマイガッ 何というご都合!

 俺にはダンジョンがあるかも知れない! 

 いや、ある!!


 確か、四国の実家には、爺ちゃんが一人で住んでいたはずだけど……。

 ちなみに、父はアメリカ出身の為替トレーダーで、母はプログラマーの日本人だ。

 二人とも超多忙な毎日で、殆ど家には帰らない。なので、連絡はもっぱらSNSで済ませている。

 まあ、気楽でいいのだが、我が家のモットーは『自分の食い扶持は自分で稼ぐ』なので、俺は金持ちの両親を持ちながらも、スネを齧る事を許されず、日々バイトに明け暮れていたのだった。

 そうそう、言い遅れたが、俺は皆が羨むハーフである。(見た目は純日本人なので恩恵なし)

 ――失礼、話が逸れた。

 そんな事を考えていると、待機所のドアが開いた。 


『ダンちゃん……辞めちゃうって本当ラキ?』

「ラキモン……」

 丸っこい姿を見せたのは、この笹塚ダンジョンが人気の秘密でもある、DP倍増レアモンスの『ラキモン』だった。まあ、クソ上司はダンクロの看板でダイバーが来ていると思っているが、全くの見当違いだ。間違いなくダイバーたちを集めているのは、このラキモンである。ラキモンが生息するダンジョンは全国でも少なく、出現頻度も少ないうえに、運良く発見したダイバーは競合を恐れ、情報を決して流さない。現にスタッフの中で、この笹塚ダンジョンにラキモンが出現すると知っているのは、俺とリーダーぐらいだ。


『ダンちゃんいないと寂しいラキ……』

「そんな事言われると、俺も寂しくなっちゃうよ……」


 ラキモンは、瘴気香しょうきこうと言うチョコバーみたいなお香が大好きで、あげると、そのままポリポリ美味しそうに齧るのだ。俺はそれを知ってからというもの、出勤前に100円ショップで買ってはラキモンにあげていた。そのせいもあって、ラキモンは俺に良く懐いてくれていた。本当は、ダンジョン内のモンスターに勝手にあげちゃ不味いんだけど、クビになった今となってはどうでもいい。


「どうだ? 今日は忙しいかい?」

『遭遇率はそこそこラキ。今日は8回も倒されたラキよ』


「そりゃ大変だな。また後で瘴気香持って行ってやるよ」

『うぴょー! うれしいラキ!』

 まるで黄色いサッカーボールのように飛び跳ねている。

 うーん、癒される光景。


『ダンちゃん、これからどうするラキ?』


 おっと、さっきから気になってる人も多いと思うので言っとく。

 俺の名前はダン・ジョーンだ。よろしく。


「うーん、実はさ、実家に放置気味のダンジョンがあるんだけど、それを使えるようにしようかなって思ってる」

「ホントラキ!? ならラキも連れてってラキ!」

「え?」

 俺は自分の耳を疑う。

『ダンちゃんと一緒がいいラキ!』

「ふぁ!?」

『行くラキ~!! 行きたいラキ~!!』

 駄々をこねる子供のように、ぴょんぴょんとその場で跳ねるラキモン。

「……」

 

 ――はい、勝った。


 はい、俺の人生、勝ち確定なんだが?

 突然で驚いた?

 いやいや、もう、これはもしかすると、もしかしないでも、俺の人生勝ち確定。

 何をそんなに興奮してるのかって?

 当たり前だろ、ラキモンだぞ、ラキモン?


 


 


 いやぁ~、悩んでたのが嘘みたいだ。

 足繁く通うダイバーたちの姿が見える。


 え? ダンジョンの物は外に持ち出せないだろって?

 至極、ごもっともな意見です。

 これには方法があって、モンスターをアイテムとして保管すればいいんだけど、普通は無理。だって、モンスターが嫌がるよね? でも、今回みたいに、モンスターが全面的に受け入れてくれるなら可能ってわけ。クラウドをイメージしてもらえるとわかりやすいと思う。


 だから後は、実家のダンジョンでラキモンを取り出すだけ。

 簡単なお仕事です。


 今なら、あのクソ上司にも笑って挨拶できるよね。

 まあ、もう関係ないけど。


 さあ、そんなわけで俺はやりますよ。やってやりますよ?

 実家のダンジョンを日本一にしてやりますわ!

 我、ここに天啓を得たりぃっ!


「オホン!」 

 俺は咳ばらいをして、可愛い目をパチパチさせているラキモンに言った。

「じゃ、じゃあ、一緒に帰ろうか?」

『やったラキ! 行くラキー!!』


 こうして、俺のハイパー・ダンジョン・サクセスストーリーが始まった。

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