第4話 ダンジョンへ入りました。

 目覚ましの鳴る前に起きたのは、何年ぶりだろうか?

 窓を開けると外は快晴、太陽が眩しい。

 まるで、素晴らしい一日になる事を予見している様だ。


 階段を慌ただしく駆け下りて、柱に掛けられた日めくりカレンダーを一枚千切る。

「お、大安吉日!」

 素早く着替えを済ませて、むせながらうどんを掻き込む。

 こうも、うどんが続くと、二型糖尿病が心配されるがそんな事はどうでもいい。

 一刻も早く、俺は向かわねばならない。


 そう――に!!


 入口のビニールシートを外し、箒で少し入口前を掃いた。

「ふぅー、綺麗になった」

 次に、入口の横スペースに、新品のモニタリングデバイスを設置する。

 管理者マスター登録は、事前に済ませてあるので問題なし。

 他にも、本来はスタッフ登録など色々あるのだが、ここは俺のダンジョン。

 今のところスタッフを増やすつもりもないし、雇う余裕もない。


「一応、メンテ中にしとくか」


 念には念を入れて、メンテナンスモードにしておく。

 大規模メンテナンスで、業者を入れて清掃する時などに使われるモードだ。

 こうしておかないと、話の通じない凶暴なモンスが襲ってくることがある。

 まあ、やからモンスとでも言えばわかりやすいだろうか?


 大抵のモンスは、ラキモンのように職業意識があるのでやりやすいのだが、やはりモンスはモンス、個体差があるのだ。種別によって似た傾向もあるし、虫系なんかは全く話が通じない。


 そして、モンスとの関係をどう捉えるかは管理者次第。

 ダンクロの様な大手連中は、モンスとの交流はしないと決めているし、中堅ダンジョン業者の中では、モンスをアクターとして扱う所もある。低層階に比較的従順なモンスを配置し、軽い演出を加味してダイバーを出迎えるという神業。これを行うには、まとまった人数のスタッフが必要だ。


 種を明かすと、数人のスタッフがダイバーとして常駐し、影からモンスを誘導したり、タイミングの指示を出したりしているのだが、これには相当の技能と経験が要求される。因みに黒衣スタッフは全員、まごうことなき正社員である。

 とまあ、この話が初めて世に出た時、業界は騒然となったものだ。とても真似はできないが、あくまでも、一例としてお伝えした。

 長くなったが、このように、どういうスタンスを取るかは、経営戦略の大事なファクターの一つである。

 

「これでよし」


 お、足元にスライムが。昨日の奴かな?

「おー、よしよし。これから頑張って倒されてくれよ~」


 俺はデバイスを操作し、アイテムBOXからラキモンを取り出す。

『ダンちゃん! 会いたかったラキよ~!!』

 勢い良く飛び出したラキモンが、俺の顔に飛びついて来た。

「わ、悪い悪い。お待たせ、ちょっと降りてくれる?」

『ラキ!』

 ぷにっとしたボディを震わせて、ぴょんと飛びのく。

 ラキモンの感触は、突き立てのお餅の様で柔らかく気持ち良かった。


 黒い飴玉ドロップみたいな丸い目をキラキラさせて

『ここがダンちゃんのダンジョンラキ?』と跳ねる。

「そうだよ。凄いだろ?」

『ラキ~!』

 う~ん、愛い奴愛い奴。

 ラキモンの頭を撫で、改めて入口からダンジョンを眺めた。

 ……ううむ、感慨深い。

 今、俺は最高に幸せを嚙みしめている。

 晴れて、一国一城の主。最早、俺を止められるものなど……。


『ねぇ……ダンちゃん、あれ持ってるラキ?』

「おーおー、欲しがりますなぁ? 

 瘴気香のフィルムを剥がしてラキモンにあげた。

『うぴょー! ダンちゃん優しいラキ!』

 ガツガツと瘴気香を齧るラキモンを見て、少しだけ後ろめたくなった。

 何せ、100均で買えるからな。


 それはそうと、デバイスで試しに全体マップなんかを表示してみる。


「どれどれ……あ、浅っ!!」


 ちょ、階層浅すぎやしませんか?

 全部で三階層って、どういうこと?

 瘴気香が足りなかったか? いや、休止期間が長かったせいか?

 うーむ、もしや……外れコア?

 駄目だ、考えても仕方がない。とりあえず出来る事を終わらせよう。


「ラキモン、コア埋めに行くけど?」

『モゴモゴ……い、行くラキよ……モゴモゴ』

 三日月の様に目を細めて、美味しそうに瘴気香を頬張る。

 しっかり味わっているようだ。


 そうだ! どうせなら久しぶりに潜ってみるか?

 何事も初めが肝心。

 新人教育がてらガツンとかましとかないとね。(^_-)-☆


 俺はにやりと笑い、ダンジョン沼時代の装備を取り出す。

 フォ~ッ!! 懐かし~いっ!

 リストを見て思わずテンションが上がる。

 ※沼時代……以前、どっぷりとハマっていたダイバー時代の事。


 えーと、この規模のダンジョンなら強いのはいないはずだから……と。

 ・ルシール+99(金属バット)

 ・懐中電灯(LED)

 ま、これで十分でしょ。

「クククク……」

 装備を終えて、俺はルシールを撫でた。


 あ、そうだ。ゲートキーパーが出るのは五階層ダンジョンからだっけ?

 いかん、忘れた。

 んー、まあ、出たら出たで。


 じゃ……メンテ解除っと。

「よし、俺のダンジョンのお初は、俺が頂く!!」

『ラキラキ!』


 俺はラキモンと共に奥へと進み始めた。

 早速、先程のスライムが一丁前に、にじり寄ってくる。


「うんうん、いい反応だ」


 良く飲食店でトイレの汚い店は駄目だというが、スライムはダンジョンでいう所のトイレである。

 ここで問いたい。

 訪れたダンジョンで、しょっぱなから、ダラけたスライムなんか出て来た日には、貴方ならどう思うだろうか? そう、たかがスライム一匹でも、ダンジョンの格が決まると言っても過言ではないと俺は思う。やる気のない〇ッキーマウスに、誰が夢を見ると言うのだ。


 スライムに始まり、スライムに終わる。

 良いダンジョンには、やはり良いスライムがいるのだ。


「奥は洞窟みたいな感じか……」


 ほほぅ。

 これは良い、とても良い雰囲気ですよ。

 ほら、ぴちょん、ぴちょん、と上から滴り落ちる水音が、何ともまぁ~いい仕事をしている。

 見て下さい、この岩肌なんか、ヌメ~っとして。それでほら、ベタつかないんですよ。

 見事ですねぇ~、とっても良く仕上がってます。

 どうぞ、大事になさって下さい。

 ええ、しますとも。


 懐中電灯の光をサーチライトのように巡らせる。

 細かく全体をチェックしながら、さらに奥へ。


「お、階段発見!」

 下へと続く階段を降りて行き、地下二階へ着いた。

 ラキモンは岩壁に流れる水をぺろぺろと舐めている。

「何か、モンスいなくね?」

『誰もいないラキ……』

 スライムが発生したって事は、他にもいるはずなんだが。

 職場放棄か?


「フロアは一階よりも広いな」

 初めて、瘴気香を置きに来た時よりも拡がっていた。

 うん、活性化に問題はなさそうだ。


 さらに進むと、何かが飛んできた!

『ラキ!?』

 バタバタバタと羽音を響かせて、俺の頭上に一匹の蝙蝠が舞う。

「いた! あれは、バババット!」

 最弱に部類する蝙蝠の姿をしたモンス。最早、蝙蝠なのかモンスなのか? よくわからないモヤーンとした、そんなモンスター。

 でも、構わない。

 ――俺は君に出会えた事に感謝を捧げるよ。


「この、ルシール+99でなぁ!! お疲れさぁぁぁん!!」

 フルスイングでバババットを打つ。


『ギギッ!』

 断末魔をあげて霧散する。(DP+1)

 復活までは少し時間がかかるかな?

 お疲れ様、君の熱意は受け取ったぞ。


『ダンちゃん、ナイスラキ!』

「まあ、沼時代にゃ石龍でさえ砕いたバットだからな」

 ぺしぺしとルシールを叩く。


 よし、モンスは湧いているぞ。

 これから日ごとに増えていくだろう。ククク。

 後はコアを地中に埋めて、さらなる活性化と定着だ!


 順調に三階層まで降りる。

「あれはもしかして……」

『ラキ?』

 少し先に扉が見えた。

 懐中電灯で照らすと、眩しそうにするモンスがいる。

「妖狐……?」

 近づいて見ると、尻尾は分かれていない。

 こ、これは……狐? 下位種かな?

 ダンジョンの中にいる時点で、モンスなのは間違いないのだが……。

『ぐるるるるるるる』

 毛を逆立てて威嚇を始める。

「ん?」

 見ると、ゲートキーパーの証である「G」の模様が背中に見えた。

「これは、うーん……。まあ、いないよりは……」

『フーッ! フーッ!』

 ちょっと猫みたいだな。

 これを倒すのには、やや抵抗があるが……。

「すまん、これもダンジョンのためだ、お疲れ!!」

『キャンッ!』

 狐が霧散した。(DP+1)


 ――同時に扉が開く。


 正方形の小部屋、中央に活性化したコアがあった。

 大きさはバスケットボールぐらいまで膨らんでいて、順調に活性化しているのがわかる。

 かつての折りたたみ椅子は石化して、地面と同化してしまっていた。


「あったあった」


 俺は部屋の隅に穴を掘り、慎重にコアを入れて土を被せた。

 ――これで完了。

 コアは直ぐに馴染んで、ダンジョンの一部に。

 活性化が進めば、ダンジョンも拡がっていくだろう。


『終わったラキ?』

「ああ、コアはこれでOKだな」

『ラキー!』


 俺はラキモンと二人で一階へ戻り、設備について考えた。

「暗いのも良いけど、少しは明かりが欲しいよなぁ」

 デバイスの照明リストを見ながら、手持ちDPと相談をする。


 ・松明……2000DP

 ・篝火……3000DP

 ・ウィルオウィスプ……38000DP

 ・ヒカリゴケ……200DP

 ・鬼火……17000DP


「うーん、ヒカリゴケにするかなぁ……。増えるし」

 階層毎にバラ蒔いておけば、勝手に繁殖してくれるのだ。

 何があるかわからないから、DPの無駄遣いは避けたい。

 よし、まずは、ヒカリゴケで様子見して、光量が足りなければ追加しよう。

 俺はDPを消化してヒカリゴケを三袋分手に入れた。

「600DPか……」

 ラキモンがヒカリゴケの入った袋で遊んでいる。 

「そうだ、ラキモン。それ、各階層にバラ蒔いてくんない?」

『良いけど……あれくれるラキ?』

「ああ、お礼はするよ、一本で良い?」

『うぴょっ! ダンちゃん行ってくるラキ!』

「お、おう。頼んだよ」

 ラキモンは嬉しそうに、ヒカリゴケの袋を頭に乗せて奥へ向かった。

 ぴょんぴょんと跳ねるたびに、少しずつヒカリゴケが漏れ、足跡のように続く。

「あれはあれで、効率いいな。うん」



「ねぇ、ちょっと」

「!?」

 突然の声に驚く。

 振り返ると、制服姿の女子高生が立っている。

「ここって、ダンジョン?」

「あ、はい。すみません、そうなんですけど、ちょっと準備がまだでして……」

「あなたは?」

 黒髪JKはショートボブの髪を手で後ろに払い、少し顎を上げる。

 きゅっと吊り上がった目尻が、気の強さを物語っているようだ。

「あ、管理者のジョーンです、よろしく」

 と、少し押され気味に答える。

「あなたのダンジョンなの?」

「そうなんです、これから頑張って良いダンジョンに……」

 黒髪JKは話も聞かずに、辺りを見ると鼻で笑い

「まあ田舎だし、こんなもんよね」

 そう言い捨てると、さっさと走り去っていった……。


「あ……」

 

 いやさぁ、わかるよ? でもさぁ、OPEN前じゃん?

 こっからだしぃ、頑張りますしぃ?

 何なの? 帰っちゃうしぃ。

 ったく……。まあ、気にしない気にしない。

 ダンジョン、ダンジョン。


『ダンちゃん、終わったラキ~』

 奥からラキモンが嬉しそうに跳ねてくる。

 見るとコケだらけになっていたので、丁寧にコケを払ってやった。

「ほら、綺麗になった。ありがとさん。じゃ、これ」と、瘴気香を渡す。

『うぴょー!』

 飛び上がって喜び、転がる様にダンジョンの奥へ消えていった。

 

 しかし、いくら美人だからって、さっきのは何なんだ?

 ったく、少し狡そうな感じがたまら……いや、けしからん!

「クッソ、あのJK……見返してやるからな。短けぇスカート履きやがって……ま、それはいいか。」

 ぶつぶつと呟き、帰り支度を始めていると

「ねぇ、それ私のこと?」と声がする。

「ふぇ?」

 顔を上げると、さっきの黒髪JKが仁王立ちでこちらを睨んでいた。

「あ……あれ? 帰られ……たんじゃ……」

「外の様子を見てただけよ! ふん、このDTが!」

「ダ、ダンジョントレーナー?」

「ち、違うわよ! ど……って、言わせんなこのバカッ!!」

 黒髪JKは思い切り俺の左頬をひっぱたくと、また、走り去っていった……。


「な……?」


 お、おのれぇ……。

 俺のほっぺが真っ赤に燃える。

 お前を倒せと輝き叫ぶ!

 テンプレ展開にしても痛すぎるぞ!


 逃げようとする太陽に向かって俺は叫んだ。

「途中でデレても、絶~対、許さねぇーからなぁぁぁぁああ!!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る