s51交差点
第1話 9月23日 美人のイメージ[他者視点]
「ありがとうございました」
ゆっくりと閉まる自動ドアの向こうへ去っていくお客さんの背中を見ながら、私はほっとため息をついた。
最近の私はよくため息をついているらしい。つぐみに指摘されて初めてため息をついていることに気がついた。自分のことなんて意外とわからないものだから仕方ないけど。
このため息は、天川祭が終わって気が抜けてしまったから……というわけじゃない。
たしかに、お祭り気分が抜けたらすぐに中間試験だと思うと気が重いけれど、それだけが原因だったらどんなにか楽だろう。
健全な高校生をやっていれば、憂鬱な気持ちの一つや二つあったって不思議じゃない。それが特に微妙な年頃となる乙女であればなおのこと。
だから、私――小泉真子はショーケースを拭きながらもう一度ため息をついた。
ふとあげた視線の先に、黄金色に輝く稲穂を見た気がした。
ケーキ屋の店内にあるまじき景色に目をしばたかせるとそれが人の頭であることがわかった。
ほんと、どうかしている。
それは綺麗な金髪だった。一本一本がまるで絹糸のようにしなやかで、おまけに柔らかそうだ。日本人の黒髪とは質が違う感じ。
もっとも、私の髪は癖があるからあまり好きではないんだけど。
彼女が顔をあげると、フロア中にぱっと灯がともったような感じになった。それだけ、無邪気で、明るい笑顔だった。
切れ長の瞳はサファイアブルーで、見つめていると引き込まれてしまいそうだ。ぷっくりと膨らんだ唇には赤いルージュ。肌の色は積もったばかりの雪のような白さだった。
一言で言い表すのなら、美人。
「なんや、嬢ちゃん。そんなにボケーとした顔しとってええのん?」
……私の幻想は一瞬で、完膚なきまでに、粉みじんに砕かれた。
勝手な思い込みではあると重々承知で、美人の関西弁っていうのはあまりいいものじゃないと思う。
「……いらっしゃいませ」
「あー、せやな。注文、注文っと。ケーキってここで食べていけるん?」
「はい、お持ち帰りもできますよ」
「さよか。さーて、どれにしようかな♪」
もみ手をしながら、その美人はウィンドウを覗き込んだ。
言動がどうであれ、美人であることには変わらない……と、思う。
けど、もう9月末だとはいえ、漆黒のスーツというのはどうなのだろうか。似合う似合わないで言えば、確かに凛凛しいし、カッコイイとは思う。もしかして、男装が趣味なのだろうか?
「どれも美味しそうやなぁ」
まるでトランペットを欲しがる子供みたいな顔をしている。意外に私よりも年下なのかもしれない。
「よし、決めた!」
「どれにいたしましょう?」
「ここからここまで、全部を3つずつ」
「…………ぜんぶ、ですか?」
「せや、全部。迷うぐらいなら、全部にしとこと思ってな」
お昼のピーク時を過ぎているとはいえ、ケースの中にはまだかなりのケーキが残っている。
カロリーを考えたらちょっと気が遠くなりそうだ。
「では、お席のほうにお持ちしますからしばらくお待ちください」
「さよか。ほな、よろしく」
トレーをケースから取り出しながら、私はもう一度ため息をついた。
正直なところを言えば、私も甘いものは好きだ。大好きと言ってもいい。
好きだけど、だからといってテーブルいっぱいに並んだケーキを端からすべて食べることはできそうもない。確実に胸焼けする。それはもう絶対に。
「いやー、ごっつ美味かったでぇ」
ポンポンとお腹を叩くしぐさがやけに似合った。もっとも、ベルトを緩めもしなかったウェストはきゅっと締まっているんだけど。
いったい、あれだけのケーキがどこに消えたのかと思う。美人には謎が多いものらしい。
「噂どおりの味やったな。ごちそうさん」
まるで日本人のように両掌を合わせている姿はミスマッチのはずなのに、なぜかはまって見える。邪気のない素直な印象を抱かせるからだろうか。
レヂでちゃんとお金を置いて去っていく彼女の背中はやけにカッコよかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます