第13話 事件の結末[他者視点]

 結局、水宮三之流は不良どもの抗争に巻き込まれて、不幸にも命を失ったという形で片付けられてしまった。


 当然だが、真田や道倉たちの事故も明確な証拠があがるわけもなく、自殺や事故ということで片がついた。もしかしたら、それは誰も傷つかない結末だったのかもしれない。

 ……いや、正確には誰も傷つかないということはなかった。


「ったく、考えなしに戦いに行くからこっちが迷惑を被るんだよ。おまけに、周囲の確認もしないでスタンガンを使うってどーゆーこと? おかげでしばらく痺れて仕方がなかったんだからっ。さらにっ、夜属に目覚めてるくせに言わないってどういう神経してるのさ。言ってくれれば戦いようはいくらでもあったってのに!!」


 安土には散々文句を言われた。


 おまけに、こいつが不機嫌なのにはもう一つ理由がある。

 たいていどこの学校にも七不思議ってものはあるだろうが、めでたく加賀瀬高校の不思議に一つ加わったのだ。


 曰く「夜の校舎に鎌を持った女が現れる」というやつだった。

 しばらくこの噂は語り継がれることだろう。




「まあ、今では懐かしい思い出ですねえ」


 アルバムを閉じながらそんなことをつぶやいて、コーヒーを手に取りました。すっかり氷は溶けてしまって味が薄くなっておりましたが。


「そんなことがあったんですね。ところで、友切さまのそのお噂はまだ残っているのでしょうか?」


「さて、どうでしょう? 七不思議なんてものは頻繁に入れ替わるものですからねえ」


「狭山さまに聞いたらわかるでしょうか?」


「かもしれませんよ」


 そんなことを話しておりますと、背後の襖で小さな音がしました。


「おや、藍玉さんですか?」


 返事はございません。はて、たしかに気配があったと思ったのですが、おかしいですね。


「長々と話し込んでしまいましたね。それでは続きを始めましょうか」


 あたくしは紅玉さんにそう声をかけると、ゆっくりと腰をあげました。




 あらかた片付けが終わったところでお台所へ行きますと、藍玉さんがお夕飯の準備をされているところでした。

 今日はたくさん身体を動かしましたからおなかも空いています。藍玉さんの美味しいご飯をたくさんいただけることでしょう。


「藍玉さん、今日の献立はなんでしょうか?」


 くつくつと音を立てるお鍋からは甘い香りが立ち上っております。

 むむ、この甘さと醤油の交じり合った絶妙の香りはかぼちゃの煮付けですね。あたくしの大好物ではありませんか。そういえば、そろそろそんな季節なのですねえ。


 それに先ほどから漂ってくるこの食欲を刺激してやまない香りは、脂のたっぷりと乗った秋刀魚さんまではありませんか。

 これもまたあたくしの大好物。季節ものですから本当に美味しいのはそうそう食べられるものではないのですけれど、だからこそ旬の味覚と言えるのでしょう。


 それに、この鉢に並んでいるお漬物は赤かぶらの甘酢漬ではありませんか。

 夏が終わって冬の寒さの到来前に味わえるこれまたあたくしの好物です。


 ……はて、こうもあたくしの好物が食卓に並んだことなどかつてあったでしょうか? いや、ございません。それはもう、確実に。

 なにやら危険な気配がいたします。もしかして、自分で知らないうちに、藍玉さんになにやらしでかしてしまったのでしょうか?


「あの、藍玉さん、ちょっとよろしいですか?」


 返事もしないでコンロの前に立っている藍玉さんは、ちらりとあたくしの方を見上げるだけ。

 はて、なにやら瞳が潤んで、目元のあたりがほのかに赤く腫れぼったいようですが……。


「……さっきの話を聞いていたんですか?」


「い、いーえっ! 私はなーんにも聞いてません。ええ、聞いていませんともっ!」


 ぱたぱたと軽い足音ともに、紅玉さんがお台所に顔をお見せになりました。


「あら、姉さん。今日は余りものでおじやを作るんじゃなかったんですか?」


「いいのっ!」


 そんなお二人のやり取りを、あたくしは嬉しく眺めておりました。

 できれば、明日からもあたくしの好物が食卓に並ぶ日々であればいいなあ、などと思いつつ。






s87丁香花――完了


――――――――――――――――――――――


シナリオ/ 卯月桜

シナリオ補佐/ Nekko



真田隆[さなだ・たかし]

 額辺乎子の高校時代の同級生で、不運なことに芙貴初穂に惚れてしまった男の子。そのせいで生命まで失う羽目になるとは、誰も思っていなかったことだろう。



水宮三之流[みずみや・みのる]

 乎子様の高校時代の親友と書いて「マブダチ」と読む。性格は人懐こく物怖じしない。乎子様の高校時代において唯一とも言える『同性』の友人である。

 人懐こい割に一定の距離からは他人を踏み込ませないようなところがあり、これに踏み入ることができたのが乎子様であり、初穂であり、月子であった。この性格は次第に自分たちのテリトリーに他人を踏み込ませないようなものへと変質していき、その過程で彼は忌に目覚めたものと思われる。

 彼の忌としての能力は空間跳躍。自分たちのテリトリーを守るため、入り込む者は即座に排除するという思考が、このような能力の発現に繋がったようである。

 乎子様の手にかかった、最初で最後の忌でもある。



道倉広信[みちくら・ひろのぶ]

 額辺乎子の高校時代の同級生で、不運なことに芙貴初穂に惚れてしまった男の子。同じく不運な真田よりさらに不幸なことに、犯人扱いされた上に結局殺されてしまった。



道倉実奈子[みちくら・みなこ]

 額辺乎子の高校時代の後輩で、不運なことに芙貴初穂とやっぱり関わってしまった女の子。兄と同じく不幸なことに、不良たちに暴行されたことが原因で死亡。



七不思議[ななふしぎ]

 加賀瀬高校に伝わる七つの怪奇現象のことをいう。

 その世代や語る人物によって七不思議は入れ替わることもあって一定しないが、基本的には噂の域を出るものではないものばかりである。

 現在の七不思議の例は、「綾乃ちゃんが物理教師になれた理由」「誰も買わないのにラインナップから消えないラーメンパン」「存在するかしないか不明の飼育部」「夜の校舎に出現する鎌を持った女」などが確認されている。



スタンガン[すたんがん]

 乎子様に効果がなかったのは、彼の水蛟族としての能力によるもの。このことから、耐電能力が高いことがうかがえる。



鍵善[かぎぜん]

 江戸時代中期、享保年間より創業の京都市にある老舗の和菓子屋。もともとの屋号は「鍵善良房」で、一時期は「鍵善」と変更していたが、後に再び現在の名称に戻る。

 茶房で出される「くずきり」が特に有名。白蜜と黒蜜を選べるが、黒蜜が絶品である。氷の浮かぶ器に入った太めのくずきりは食感もよく、たいへんに美味しい。



水宮三之流(忌)

『楽園の番人』。

 ごく普通の大人しげな印象の高校生だが、物怖じしないという点で変わった少年。うるさがる乎子にしつこく話しかけ続け、結局親友になったという経歴を持つ。その後、初穂、月子とも気が合い、四人してつるむことが多くなった。

 彼は乎子と月子が夜の側の住人であることを薄々感づいており(自分とは違う生物である、ということをおぼろげに感じていた)、彼らと同じ立場に立てることを願い、そして忌に目覚めた。

 彼の望みは『四人の楽しい時間を永遠に続ける』ことである。四人の間に割って入る者は彼にとっては排除すべき要素であった。初穂が遊びで付き合っている男程度ならば問題はないが、心の中にまで入ってこようとしている道倉比奈子ひなこのような相手は排除対象となったらしい。

 彼の能力は『瞬間的に自らの身体を任意の場所に運ぶ』ことである。その能力は彼が抱えている物体にも及び、二人の転落者は彼によって屋上へ連れ出されて手を離されたものと考えられる。また、自動車事故については、助手席に姿を現し、ハンドルを無理やり切らせたものと推察される。

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