第3話 8月22日 月下に佇む少女[三人称視点]
月がこぼれている。
十三夜。
真円に近い、ほの青い月が夜を浸している。
女がいる。
白染めの単衣に、緋袴。
まるで巫女のような
長い髪の女である。
夜気になびいた髪は、ぬばたまのよう。
袖からのぞいた肌は、白磁のよう。
口許に浮かんだ笑みは、宵待つ三日月のよう。
近寄りがたいほどに美しい
女は弓を手にしている。
女の細腕はおろか、大の男にも引けぬだろうと思える堅く長大な弓だ。
女は。
一軒家の屋根を足場と定め、闇を見据えている。
奇妙な微笑でふわりと笑った。
唇の右側だけが不思議につり上がる笑みだ。
微笑と無情。
獰猛と冷淡。
相反する二種の面の、それぞれ左右をあわせて一枚にしたかのような、矛盾した面貌である。
女は弓を引いた。
細腕には余る弦が、他愛もなく引き絞られる。
「
朱唇が凛と、独特の拍子で
女には見えている。
人の目が見及ばぬものが。
屋根から屋根へ飛び回る人外の怪物が。
月明かりだけを頼りに。
女は。
人ではない。
人ならぬもの。
人外の
女には。
宵闇を見通す目がある。
岩を裂く鋭い爪がある。
鋼を穿つ牙がある。
女は、けものだ。
夜を駆け、怪を狩る。
それが女の名である。
矢が、放たれた。
薫子の身体に突き刺さる。
突き刺さるだけではなく、貫いていた。
強弓といえど矢の重量など、知れている。
あり得ぬ力……
一本、二本、三本――。
ほとんど間をおかず、立て続けに矢は疾る。
狙う暇もないはずの矢が、正確にして無比。
薫子――忌は、体勢を崩し、落下した。
忌は、追ってくるものが、己と等質の存在であることを本能的に理解している。
人外のもの。
それは狩りを阻む恐るべき敵だ。
片腕と両の脚、不揃いの四肢を広げ、蜘蛛のように着地する。
ゆらりと、何かが行く手に立ちふさがった。
顔をあげて、忌は呻いた。
ぎぃ、とも、ぐる、ともつかぬ咆吼であった。
少年がいる。
忌の眼前に、ただ一人。
行く手を阻むように少年がいた。
死んだはずの少年である。
忌の爪が肩から胸を抉り、肺といわず心臓といわず血まみれの残骸に変えた少年であった。
少年の面には傷一つない。
惨劇をうかがわせる血の跡一つない。
少年は笑いはしなかった。
どこか哀しげに見下ろしているだけだ。
少年は。
人ではない。
人ならぬもの。
人外の化生だ。
少年には。
宵闇を見通す目がある。
岩を裂く鋭い爪がある。
鋼を穿つ牙がある。
少年は、けものだ。
夜を駆け、怪を狩る。
人狼と呼ばれる、けものだ。
それが少年の名である。
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