第9話 9月22日 美空の追跡2

 ダメだ。どこにも見当たらない。

 気配を探ろうにも、まったく感じることができなかった。

 どこへ行ってしまったんだ。


 土手に腰掛ける。川面には丸い月が形を歪めながら浮かんでいた。

 僕が動き回るのをやめたからだろうか。部屋を出てからずっとつけている気配が近づいてくる。


 川面に人影が映る。

 顔を上げると、月明かりに浮かび上がる見知った姿があった。


「なんや、動き回るのはもうやめるんか? あんたの動きは速い上に一貫性がないから、ウチの者もかなり尾行には苦労しとったみたいやで」


 逆光で表情ははっきりとうかがえないけれど、なんとなく笑ったのだと思った。


「あんた、あの雌犬に捨てられたみたいやな」


「……そんなんじゃありません」


「なら、なんであんたはそんな情けない顔をしとるんや? ふられたんやないのやったらなんでそんな顔をしとるん?」


 この人と無駄話をして時間を潰している余裕はなかった。


「貴方には関係のない話です。放っておいてください」


 先輩はどこにいるのだろうか。あとは捜していない場所を順番に回ってみるか、あるいは足を運びそうな場所を予想してそこを張り込むべきか。


「しゃーないなぁ。特別サービスや。あの雌犬がおる場所を教えたろ」


 僕は顔をあげた。


「どこなんですっ!? 先輩はどこにいるんですかっ!」


「そんな慌てなさんな。場所はあんたらの通う学校や。後夜祭はうちらのほうで適当に終わらせといたさかい、学校はすでに無人になっとる。そこで、あんたは自分の決着をつけたらええ」


 信じる信じないは別にして、貴重な情報だった。他に頼るものがない以上、この人の言葉に従う以外に選択の余地はない。


「一つ、いいですか?」


「なんや」


「どうしてそんなに協力的なんですか。その、僕と貴方は互いに争うところに身を置いているのに」


 黒いシルエットの両肩が、ひょいとばかりに上がる。


「世の中、ギブアンドテイクが基本やろ。うちはあんたに無理を頼んだ。あんたが傷つくことを承知でな。だから、あんたが困っとるときにうちがあんたを助ける。それでチャラやないか。

 付け加えておくなら、うちがあんたを気にいっとる。それで十分なんちゃうん?」


「……ありがとうございます」


「ええて。ま、あんたが礼を言うほどのことでもないんやけど、そーゆーれーぎ正しいとこは、気にいっとるで、ほんまに。

 それより、本当に大切な相手なんやったらちゃんと捕まえとき。今度こそ、絶対に離さんようにな」


 僕は黙ってうなずいた。

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