人狼奇譚~そしてぼくらは蒼い夜のうたをきく~

さくら

s22奇譚

第1話 8月22日 誰も知らない遠吠え[三人称視点]※

 月が霞んでいる。

 黒々と夜空を行く雲が、ひとり煌々こうこうとたたずむ月をおぼろににじませている。


 獣が吠えている。

 彼方で、月に獣が吠えている。


 おーんおんおん。


 雲の隙間から、ときおり顔を覗かせるほの青い月に誘われたとでもいいたげに、遠雷のような獣の歌が低く夜を渡っている。


 おーんおんおん。


 この国には。

 人間の築いた鉄とコンクリートが充ちている。


 この国には。

 人間の作り出した光と歌が溢れている。


 森から来る湿った風の重さも、

 山から息をひそめて見つめてくる眼差しも、

 何もかもを忘れ去ってきた――


 この国には。

 夜に吠える獣は、何十年も前に絶えて久しい。


 だから。

 夜渡る声で朗々と歌うものは獣ではない。

 歌うものがあるとすれば。

 それは、あやかしだけである。


 墓所にも似たえた臭いが溜まっている。

 うち捨てられた廃工場である。

 がらんとした敷地跡に、不思議と取り壊されもせずに遺留した過去の残骸である。


 夜に浮かぶ亡霊のように。

 薄汚れた壁は、油ともなんとも知れない染みや虫食いめいた穴に飾られていた。

 かつてここにあり、もういない人間たちの残念が見えない澱となり、今もそこここにこびりついたまま、饐えた臭気となって鼻を突く。


 淀みに沈んだ奥つきの底。

 濁った臭気に別のものが混じっていた。

 熱く、湿った息づかいである。

 餓えきった狼が、ようやく巡り合った肉にむしゃぶりつくような、荒々しい息づかいである。


 廃工場の中、少女が陵辱されていた。

 怯えるその肌の匂いが、カビとホコリの濃密にとけた夜気に混ざり、興奮をいっそうかきたてる。


 獣の呼吸に身体を震わせているのは男である。

 廃墟の深い闇を切りぬく懐中電灯のたよりない灯が、男の影を壁に描き出していた。


 ゆらゆら。

     ゆらゆら。

         ゆらゆら。

             ゆらゆら。


 影絵の男は人ではない、何か得体の知れないバケモノのように踊る。

 踊る影はひとつ、ふたつではない。

 ざっと五人。

 近辺にたむろする札付きたちである。

 世の中に反抗した、そのくせ没個性的な、区別を曖昧にしてしまう流行ものの服装とアクセサリーを誇示するように身につけている。

 男たちは獲物をむさぼり食う肉食獣のように、少女の身体に群がっていた。


「やっ……ぃやぁ――」


 逃げようとあがく少女、日比谷ひびや薫子かおるこを、一人が後ろから羽交い締めにし、もう一人が足を押さえつける。


「いやぁぁぁ!」


 渾身の悲鳴への返答のように、ぱんっと薫子の頬が鳴った。


「……ぅっ、く」


 唇の端に血が滲む。

 怯えた目で、薫子は男たちを見あげた。


「……た、助けて……、やめ、て……お願い……」


 本能的な恐怖に、薫子は脚の震えが止まらない。

 虚勢を張る気力もなく、弱々しくかぶりを振りながら、押さえる腕から逃れようと身じろぎをする。


「へっ、へへへ、へへへへ」


 前後左右から響く男たちの野卑た嗤いが、廃墟にかたかたと不気味な反響を残した。

 羽交い締めにした男の、獣の熱い呼気が耳にかかり、薫子は身体をすくませる。


「あっ、あぁ――」


 羽交い締めの男は薫子を力まかせに組み伏せ、四つん這いのような恰好で床に押しつける。


「やぁ――っ!」


 薫子は羽交い締めが離れた隙に逃れようと、腕を振り払い、赤ん坊のように這いずった。

 その腰が、ごつい男の手にあっさりと捕まる。

 四つん這いで、捕まえられた腰だけが高く高く持ち上げられた。

 スカートは腰の辺りまで一気にまくりあげられる。

 尻と秘所を隠す飾り気のない清楚なショーツが、太股の脚線と一緒に男たちの視線にさらされた。


「……あぁぁ、っ」


 吐息のような悲痛がこぼれる。

 死にたくなるくらい恥ずかしい恰好だった。

 力なくもがくたびに、白い下着に包まれた薫子の尻が、男の前で、まるで自分から突き出したようにゆらゆらと揺れる。


「やっ……やぁ!」


 そこだけは許すまいと、膝を重ねてかたくなに閉じられた少女の脚を、別の二人が左右から掴んで広げてしまう。

 強引にかき裂かれた太股の間に、背後の男が自分の膝を割り込ませ、さらに開く。

 もう、閉じることも許されない。

 薫子は顔を真っ赤に染め、俯いた。


「ふっ……くふぅ……」


 男たちの下品な嗤いが、薫子に、自分が恥ずかしい恰好を好きでもない異性の前で強要されていることを、否応なく知らしめる。


「お、おかあさ……ん……た、……けて……」


 悔しそうに唇を噛み、顔を伏せる。


「くっ、くく、ふくくくっ」


 嘲るような男たちの含み笑いが降ってくる。

 その意味するところに気がついて、薫子は恥ずかしさのあまり涙を滲ませた。


「ぃっ…………や、いやぁ…………」


 声を出すのにも耐えられないのか歯を食いしばって堪える薫子のショーツが、不意に、ぐいっと上に引き上げられた。


「っあ!」


 痛みがあげさせる声だった。

 薫子の敏感な亀裂に、ぎりぎりと下着の底布が食い込んでいる。


「ああぁ、い、痛っ――」


 声を殺すこともできなくなった薫子の胸のふくらみを、新手の男が服の上からもみしだいた。


「あ、あぁ……いや、いやです……いやなの、もうやめ――」


 喋る口を塞ぐように、三人目の男は薫子の頭を抱えるようにして唇を奪った。

 強い握力で顎をつかまれて割り裂かれた歯列の間に、男の舌が強引に侵入してくる。


「…………あ…………ゃ…………」


 絶え間ない衝撃で朦朧としながら、本能的に危機を察して、薫子は拒絶の言葉を呟いた。

 けれど、そんなものは何の役にも立たない。


 尻を抱えていた男が、秘部を隠す最後の布――清楚なショーツに指を絡め、羞恥心を煽るように、ことさらゆっくりとずり下ろしていく。

 男たちの注視する中、屈辱に泣き伏す薫子の、白く豊かな尻と慎ましい秘裂が剥きだしにされた。


 熱く固く兇悪な塊があてがわれる。

 ひぃっと喉の奥で悲鳴がかすれた。

 次の瞬間。


「つぁあああぁああああああ――――っ!!」


 どうやっても押さえることのできない甲高い悲鳴が廃墟中に響きわたり、幾重もの残響の尾を引いた。

 男たちは、欲望の赴くままに薫子の身体を陵辱し続けていた。

 抵抗の気力すら根こそぎ失っても、男たちは獣のように少女を玩び続ける。

 少女のそこかしこに何度も溢れるほどの欲望が注ぎ込まれていた。


 ぐる、と男がうなり声を上げる。

 もはや、それは人間の声ではない。

 男たちの目が血走っている。

 もはや、それは人間の目ではない。


「はっ、はっ、はっ、はっ――」


 獣の呼気を吐いて。

 一人が、吼えた。

 喉を反らし、背を弓なりにして。

 人の声帯から発したとは信じられぬ声で吼える。

 正気の者は誰一人としていなかった。

 むせかえるような淫臭に混じり、黒く、まとわりつく気配が夜に立ち上る。

 ここは、もはや人の世の常の場所ではない。


 人の世ならぬ、怪どもの場所――

 此処は異界であった。

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