第7話 9月4日 偉大なる漢・宮原

「……狭山」


「ん?」


 いつもと同じ青空の下。いつもと同じ昼休みを満喫していると、さっきまで遠い場所を見つめる目で煙草をふかしていた江草が、話しかけてきた。

 江草はおしゃべりなほうではない。というか、こうして僕らが屋上にいるときに、彼女のほうから話しかけてきたなんてことは数えるほどしかなかったはずだ。だから、正直なところびっくりした。


「狭山ならわかるだろう。何故、男にはあんな奴がいるんだ?」


「……あんな奴?」


「ああ」


 それだけ言うと、青空に消えていく白い煙をじっと見つめている。


「……なんの話?」


 江草はいかにもめんどくさそうな顔をして――僕のほうにそんな表情をされるいわれはまったくないはずなんだけど――僕のことを見た。


「わからないのか?」


「うん、まったく。だって江草の言う『あんな奴』がどんな奴なのかの説明がまったくないからね。それでわかったら僕は読心術の能力があるってことになるよ」


 残念なことに、人狼にそんな能力はない。


「そうだったな」


 そう言うと江草は無表情な中にわかりづらい苦笑いを作った。


「江草が言い淀むほどのことなの?」


「別にそんな意外なものじゃない……」


 煙草を一度吸って、ふぅ~っと煙を吐き出す。


「先日、告白された」


「――――――っ」


 思わず飲んでいた牛乳を噴出した。

 充分、意外過ぎることだ。


「ま、まさか告白されたとは……」


「意外か? もっとも、わたしも狭山と同じぐらい驚いたがな。世の中には物好きがいるのだと感心したものだ」


 自分で言うなって。


「それで、さっきの質問の意味は?」


「……まず、その時の状況を説明する」


 江草は吸い終わった煙草を踏みつけてから話し出した。


「あれは一昨日の昼休みだった」




 ――いつものように屋上で座っていると、扉を

   開けてそいつは来た。


「やあ、和泉ちゃん」


「…………」


「僕は宮原みやはら創太そうた。同じクラスなのにこうやって話すのは初めてだよなぁ、うん」


「…………」


「ああ、別に目線を一緒にしようとして立たなくてもいいよ。僕も用件が終わったらすぐ行くから」


 ――あの時は相手にするのが嫌だったから、も

   う帰ろうとしただけだったんだが。


「う~ん、そうだな。まず僕のことから話したほうがいいかな」


「必要ない」


「身長172センチ、体重68キロ、趣味は心に響くエロ漫画収集をしている17歳のどこにでもいる健全な男の子さ」


「……誰も聞いていない」


「おっと、だからと言ってスケベなんて思わないで欲しいんだ。僕は性に対してはあまり興味はないからね」


「…………」


「はっはっは、そんなに不安な顔をしなくてもいいよ。僕だって男だ。素敵な君から誘われたり、なんとなくそんな雰囲気になったり、理性が抑えきれずに押し倒しちゃったり、な~んて時はちゃんと機能するからさ」


 ――このとき、わたしはこめかみに血管がある

   ことを初めて実感することができた。


「なんか僕ばかりが話しているね。和泉ちゃんは意外とシャイなんだ。まあ別にいいや。ところで、僕のチャームポイントはこう見えてなかなかマッチョだってことかな。喧嘩は嫌いなんだけどね。ほら、もしもってこともあるだろう? そんな時、好きで大事なモノが壊されるのだけは絶対嫌だからね。そうそう、それから家族構成は……」


「さっさと用件を言え」


 ――あれだけ感情的になったのは久しぶりのこ

   とだった。世の中、どうしようもなく相性

   が合わない存在というのはいるものだ。


「うーん、そうだね。僕としてはもう少しお互いのことを理解しあった上でって展開を考えていたんだけど、和泉ちゃんがそういうんだったら仕方がないね。でも、もうちょっと気が長いほうが僕はいいと思うよ。じゃあ、ご期待通りそろそろ僕の気持ちを伝えようかな。というわけで和泉ちゃん。僕と付き合って欲しいんだけど」


 ――あの時ほど、わたしは自分を抑えることに

   苦労したことはなかった。




「………と、いう話だ」


 ……つまり、どういうことなんだろう?


「そこでさっきの質問だ」


 ああ、なるほど。ここまできて、ようやく質問の意図がわかったよ。


「江草、その前に一つ聞きたいんだけど」


 言ってみろという合図か、江草は視線を一度だけこっちに向けると新しい煙草を取り出す。


「どうして僕に聞くんだ?」


 ライターの火が煙草に移される。


「風が吹く理由は風に聞け」


「……どういう意味?」


「そのままだ。あの男に関してのことは、あの男と同じような奴に聞けばいいだろう?」


「僕と彼は全然違うだろ!」


 断固としてそこは否定したい。


「そうか? ちなみにさっきの続きだ。

『だが、恐らく風にも答えられまい』――その通りだったな」


 口元に意地悪な笑みを浮かべる。

 それは僕が自分で彼に似ていると認めたってことになるのか?


「悩むことはない。大丈夫だ。確かに狭山とあいつは違う」


「頼むからやめてくれ。もうちょっとで殺意が芽生えるところだった」


「そうか」


「はぁ、別にいいよ。ところで江草はその告白にどう対処したんだい? 今後の人生勉強のためにぜひ教えてくれないか」


 その質問に江草は無言で応える。


「減るもんじゃないし、教えてくれたっていいじゃ………」


 と、ピンときた。


「あ~、江草さん。その君に付き合って欲しいって告白をした宮原創太くんのことなんだけど」


「元気にしているか?」


「ああ。昨日の午後から学校を休んでいるよ」


「人は風になるべきじゃない―――ここはわたしの自作だ」


「……意味するところを聞いてもいいかな?」




     「死に急ぐなってことだ」

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