第6話 8月14日 イチゴの誘惑

 自動ドアが開くと、店の中からふわっとした甘い香りが、冷房の冷ややかな風に乗ってくる。

 店の中は白を基調としたデザインで、その雰囲気はいかにも女の子が喜びそうなお洒落な感じだ。駅前に最近できたケーキのチェーン店はかなり美味しいと評判だった。


「いらっしゃいませー」


 カウンターの中から聞こえてきた声に視線を向けると店員がお辞儀をしている。


「……えっ?」


「あっ……」


 顔を上げた店員のその顔に僕は一瞬の驚きを隠せなかった。それは相手も同じだったらしく、その結果、間抜けな顔をしながら二人して固まってしまった。


「狭山……君?」


 先に口を開いた店員の正体は委員長だった。


「い、委員長……」


「ああ、びっくりした。まさか狭山君がこのお店に来るなんて想像できなかったから驚いちゃって」


 驚いたのはこっちも同じだ。お堅いイメージのある委員長がこういう可愛い制服を着てアルバイトをしているなんて想像のしようがない。


「委員長の方こそ意外だね。まさか制服が気に入ってバイトを始めたなんて言わないよね?」


「あら、失礼ね。狭山君は制服でバイト選んだらダメって言うの?」


「……本気?」


「って言ったら信じる?」


 どうやら一本とられたらしい。

 気を取り直してショーケースの中を覗いてみると色とりどりなケーキが並んでいた。どれも綺麗にデコレートされていて美味しそうだ。


「やっぱり、女の子なら一度はケーキ屋とかお花屋っていうものに憧れるんだよ」


 頭越しに委員長の声が聞こえてくる。


「うーん、そうかもしれないけどさ、つぐみにその制服は似合わないだろうなぁ」


 同じバイトをするにしても、つぐみだったら引越しの手伝いとかしているほうがイメージ的にしっくりくる。うん、これはもうばっちりだろう。


「それ、つぐみに言ってもいいの?」


「……いえ、勘弁してください」


 ちょっと委員長を見上げてから、深深と頭を下げておいた。


「なら言わなきゃいいのに。狭山君って、つぐみに対しては結構無防備なところがあるよね」


「それはさておき、おすすめってどれ?」


 あまりこの話題が続くと命が危険で危なそうだ。


「やっぱり、ショートケーキじゃない? かなり有名みたいだしね。実際、美味しいわよ」


「うん、それは僕も知ってる。実を言うとその噂を聞いたから足を伸ばしてみたんだよ」


 僕はショートケーキが残っているのを確認した。


「ショートケーキでいいの? 数は?」


「とりあえず一つで。他におすすめがあったらもう一つぐらいは買ってみようかな。まだお財布に余裕はあるしね」


「そうねー。じゃあこのシフォンケーキなんてどうかな? ここのシフォンケーキは他ではちょっと味わえないわよ。個人的にはショートケーキの次におすすめ」


「委員長の一押しはショートケーキなんだ」


「生クリームとイチゴが嫌いな女の子はいないと思うよ」


 なるほど、そういうものかもしれない。


「でもね、人気商品だからなかなか売れ残ってくれないのよ。懐具合さえよければ、私なら毎日だって問題ないのに」


 ガラスケースがわずかに揺れた。


「……ひょっとして、お店の売れ残りを狙ってココに入ったとか言わないよね?」


「お客様、ご注文はお決まりでしょうか?」


「……ショートケーキとシフォンケーキを一つずつお願いします」


 委員長は手際よくショーケースから注文の品を取り出すと、慣れた手つきで箱に詰めていく。


「委員長、様になってるね」


「そう? まあ、やるからにはしっかりと仕事はこなさないとね」


 そういうところは委員長らしいと思いながらケーキを受け取り、代金を支払う。


「それじゃあ委員長、バイトがんばって」


「うん、ありがとう。もしショートケーキが欲しかったら言ってね。取り置きしてあげるから」


「ははっ、じゃあ今度お願いするかも」


「任せておいて。じゃあね」


 委員長に軽く手を上げながら、僕は自動ドアを潜り抜けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る