第6話 9月18日 ヤキソバ講座[他者視点]

 たっぷりとフライパンに油を引いて、掌をかざして熱を確かめる。うん、十分に温まってるわね。

 あらかじめ醤油をまぶしてほぐしておいた麺をざっとフライパンの上にあける。菜ばしであまりいじらないように、なおかつ過度に焦げ付かないようにたまにフライパンをくるくると回してあげる。


 30秒たったら、両手でフライパンの柄を持って麺をひっくり返す。力のない女の子の場合、左手一本ではなかなか上手く返せないから、こうすると失敗しないですむ。


 さらに30秒待って、軽く麺の表面に焦げ目がついたところでお皿に盛る。とりあえず、これで麺は完成。


 もう一度油を引いて、火が通りにくいお肉、お野菜の順番に炒めて、全体に火が通ったところで塩コショウで味付けをする。

 で、ここがポイント。この具にだけウスターソースをかけてあげるのだ。

 ソースがなじんだところで炒めた麺をもう一度入れて、具と混ざるようにしてあげる。最後に、お好みでマヨネーズをかけたり、やきそば用のとろっとしたソースをかけてできあがり。


 はい、これで「屋台風ヤキソバ」の完成っ♪


 ほかほかの湯気が上がっているお皿を紅玉ちゃんの前に置いてあげた。

 紅玉ちゃんは、さっきまでわたしがしてあげた説明を一生懸命ノートにメモっている。あれだけちゃんとメモを残しているのに、どうしてお料理が上達しないのか、ちょっと謎だったりするんだけど。

 ちなみに、このお料理ノートはすでに20冊を超えているはずだ。


「さて、熱いうちに味見してみてね」


 お箸を添えてあげる。

 紅玉ちゃんはなんだか真剣な表情をしながらお箸を取った。

 そ、そんなに緊張しなくっても大丈夫だよ。悪いものは入ってないんだから。


「いただきます」


「どうぞ。お醤油がちょっとこげているから、そのにおいが食欲をそそるでしょ? そこが屋台風のミソなのよ」


 つるつると小さなお口に麺が入っていく。


「どう? 美味しい?」


「……うん。屋台の味がする」


「でしょでしょ♪ って、紅玉ちゃん、屋台のヤキソバなんて食べたことないじゃない」


 またまたーって思いながらツッコミを入れた。


「ううん。この間、乎子さまにせっちゃんと一緒にお祭りに連れて行っていただいたから、そのときに食べたことがあるの。美味しかったですよ。でも、姉さんのがずっと美味しいかな」


 ふふふと微笑んでいる紅玉ちゃん。

 うーん、やっぱり紅玉ちゃんの笑顔は可愛いなー……じゃなくて!


 い、いったい、いつ、どうやって、このわたしの目を盗んであの乎子様が紅玉ちゃんを連れ出したのだろう。

 うーむ、これはちょっと対策を練っておかないといけないかもしれないわね。


「ごちそうさまでした」


 ぱちんと手を合わせて挨拶をする紅玉ちゃん。


「お粗末さまでした。じゃあ、今度は紅玉ちゃんが作ってみようか。メモした通りに作れば大丈夫だからね。頑張ろう!」


 おーって声をあげながら、二人で一緒に拳を突きあげる。


「おやおや、にぎやかですねえ。今日のお昼はヤキソバですか。お腹がすいているときに、この香ばしいにおいはたまりませんねえ」


 にこやかな笑みを浮かべて、乎子様が台所へと入ってこられる。


「ちょうどいいから、紅玉ちゃんは乎子様に作って差し上げてね。わたしはちょっと他の用事を片付けてくるから」


「わかりました」


 ぐっと両拳を握り締める紅玉ちゃん。


「え、いや、藍玉さん……そんなご無体な」


 わたしに黙ってお祭りに行ったバツです。


「まずは冷蔵庫から麺を取り出す。市販の麺は油が表面についているから、しばらくの間、常温に放置しておいてその油が溶け出すのを待つ。その間に野菜、お肉を刻んでおく。それが終わったら、麺をほぐしながらお醤油をまぶして……」


 さっきとったメモを復唱しながらお料理を始めた紅玉ちゃんと、椅子の上ですっかり燃え尽きて灰になってしまった乎子様を置いて、わたしはお台所を後にした。




 ちなみに、乎子様に出されたヤキソバは、ソバとはとても思えない、黒い炭化した固形物だったそうな。

 ……麺についた油を溶かすために、常温に15分ほど放置しておくというのと、熱したフライパンの上で1分間焼くという時間を勘違いしたのかな?

 そういうおっちょこちょいなところから直していかないと、紅玉ちゃんの作る料理はいつまでたっても乎子様専用なのかもしれないわね。






s81夜にまたたく星はしろ――完了


――――――――――――――――――――――


シナリオ/ 卯月桜

      VOID



雨宮奈津美[あめみや・なつみ]

 美星の同級生にして数少ない親友。社交的で元気印の性格で、美星とは正反対。宗哉に密かに(?)思いを寄せる。

 夏の終わりと共にその姿を消し、ほぼ全ての人間の記憶からも消えることとなる。



琴乃梓[ことの・あずさ]

 加賀瀬高校三年生。美空のクラスメイト。女子弓道部の主将を務めていた人物でもある。

 面倒見がよく、活動的。二年生の時は生徒会の役員もしていた。現在は美空のクラスの委員長をしている。おそらく、美空にとってはクラスにおいて唯一といっていい友人でもある。

 ざっくばらんな性格で頼りになるせいか、女子の後輩から告白されることが多い。本人はそのことを密かに悩んでいるらしい。

 同じく男子弓道部の主将だった百道とは同じ部活の主将同士ということで一緒にいることが多かった。しかし、恋愛感情というものはお互いにもっていなかった模様。

 この夏はいろいろと不幸な目にあっていたが、彼女は無事に学校を卒業し、おじさんの会社で元気に働いている。

 彼女の前向きな姿勢は賞賛されるべきものであろう。そういった意味では、このゲーム中においてもっとも強い人物の一人であると言える。



宿酔い[ふつかよい]

 8月29日の酒盛りで、芙貴の君はダウンしたらしい。ちなみに、摂取したのは焼酎二滴であった。この事実からわかるとおり、芙貴の君は下戸である。人生の半分を損しているといえよう。



委員長会議[いいんちょうかいぎ〕

 毎月の第一水曜日の放課後に行われる、各クラスの委員長と生徒会役員が集まって行う会議のこと。生徒の自主性を重んじるため、出席する教師は生徒会顧問のみとなっているが、基本的に発言は議長により指名されない限り許されていない。

 ここでは、学校行事の諸問題の話し合いや、決定事項の通達などが行われる。



貴方と一緒に堕ちる夢[あなたといっしょにおちるゆめ]

 最近始まったトレンディドラマ。

 人気の脚本家と、豪華な役者陣で前人気は高い。



ウワバミ[うわばみ]

 にしきへびなどの大きな蛇の総称。大蛇、おろちとも。または大酒のみのことをいう。人を飲み込んでしまうと言われる大きさの蛇が転じ、いくら酒を飲んでも大丈夫な大酒のみのことも指す。

 うわばみというヘビは『大言海』には大蝮おおはみノ転カと書かれている。

 乎子が水蛟であること、乎子がお酒に滅法強いという二つのことを指している。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る